2人の去る背中を視線の端に移しつつ俺は倒木に腰を下ろした。
「後を追わなくても大丈夫なのかい?気になっているようだけど」
「…正直、追おうとは考えた。まぁ、でもちゃんと帰ってくるだろうと思ってな」
「そうか…。そういえば、レンは此処の噂を知ってるかい?」
噂?俺は自分の記憶を頼りに思い出してみるが心当たりはなかった。
「じゃあまず、前提としてこの世界に人狼が居るのは知っているだろう?」
「それは知ってる。でも、既に狩られまくって人狼なんて名前も聞かないけどな」
人狼。嘗ての世界では「人狼ゲーム」の想像上の役職として知られているはずだ。
村人は投票して人狼を吊るし人狼は毎晩、村人を襲う…。恐れられている証拠だ。
そして、その畏怖はこの世界でも同じ…。まぁ、それはそうだろう。
人だと思ってたら実は人狼で自分を殺そうとしてました、なんて洒落にならない。
だが、今では人狼だなんてまず見ない。と言うのも先程述べたように族殺されている。
カンムルで大罪を犯し族諸共抹殺対象となった人狼。仮に別の国へ逃亡しても
捕まれば必ずカンムルへ送り返されると決まっている。それ程までに忌み嫌われている。
そういう状況だから人狼だなんて此処ですら歴史書に載るような伝説の存在なのだ。
「それで急に人狼の話を出したんだ。関連性があるんだろう?」
「御名答。実はその人狼が嘗てこの村に住んでいた、という記録があるんだ」
「それは知ってるが迷信だろ?仮にそれが本当なら城塞都市で間違いなく血祭りだ」
城塞都市にもカンムルから来ている者は居る。その者らが人狼を見逃す訳もないのだ。
「フラスト、残念だが俺もそう考えてる。可能性はあるかもしれんが…流石に薄いだろ」
隣で焚き火を見ていたネハイルもそう援護射撃する。
「だが、僕としてはその線しか考えられないんだ。逆に聞くがそれ以外に何がある?」
確かに人狼の仕業なら記録のような惨状を生み出せるだろう。だが、問題は_。
「仮にそうだとして…どうやってソレを証明するんだ?」
「あぁ。別に他の意見がある訳じゃないが証明出来なければ唯の机上論だ」
「あぁ、其処が問題なんだ。何しろ、人狼もその考えに至るだろうからね」
捕まれば死ぬと分かってて公に姿を出す
そんな前提に加えてあの村の惨状を生み出せば公になるに起こす前から決まっていると。
「つまり…証拠はないが他の意見もないってことを踏まえて矛盾を指摘したい訳だな?」
「あぁ、そういうことだ。分かって貰えたようで良かった。とはいえ…煮詰まったな」
そうフラストが溜息を吐いた時、リムがヨミを背負って帰ってきた。
「想像してたより、帰って来るの早かったな」
「想像してたって言うのもまた奇妙な話だけど」
そうクリストがネハイルへ突っ込むのを横目に俺は2人を出迎えた。
「ちゃんと戻ってきたようだな。…それとヨミはどうした、体調が悪いのか?」
「ヨミは疲れて寝てるだけだ。それと…進展もあった、森の中で変な感じがしたんだ」
「…変な感じって抽象的過ぎると思うんだが」
苦笑しながらそういうレンの隣でフラストさんも半ば呆れていた。
「レンの言った通り変な感じと言うのは抽象的過ぎる。見間違いじゃないのかい?」
「それはない。ヨミに透視魔法を使って貰って確認したんだ」
「透視、魔法…。それならまだ分かるけど」
ネハイルさんがそう唸る隣でクリストさんは黙ったままだ。
「仮にそうだとしよう。でも、その正体は掴めてないんだろう?」
フラストさんの言葉に対し俺は素直に頷いた。
「あぁ。残念だが気配のみで姿は見えなかった」
「…わざわざ嘘を言うとは思えないが如何せん、証拠もないものだしな」
ネハイルさんも同様に否定気味だった。…クリストさんは黙るばかりだ。
「まぁ、明日にでも森の中へ行ってみよう。何しろ、今日はもう暗過ぎるからな」
「そうだな。逸る気持ちは分かるが…逆に危険な目に遭うのは本末転倒だ」
レンの提案に俺もその意見には賛成だしそれが最善だろうとは思った。
翌日、事件は起きた。
「…そうか、そういえば野宿したんだったな」
見慣れない光景に首を傾げていたが昨日の出来事をゆっくりと思い出してきた。
「ヨミ、そろそろ起きないと。多分、出るだろうし」
うん。と頷きつつも寝ぼけてるヨミを連れ俺は隣の馬車で寝るレンを起こそうと外に出た。
「(フラストさん、馬車にもたれ掛かってるけど外で寝てたのか…?)」
馬車にもたれ掛かるように寝ているフラストさんを横目にレンの馬車へ乗ろうとし_
「…リム」
した途端、ヨミに勢い良く引っ張られその反動で倒れ掛ける。
「どうしたんだ?急に…って、おい。ちょっと…。嘘だろ?」
先程の訂正だ。寝ていると思ったフラストさんは別に寝ていた訳ではない。
ただ、そう。唯、襲撃されて正面に
「(そんな、馬鹿な…怪しいのはフラストさんだと思ってたのに…ってそうじゃなくて!)」
「ヨミって回復魔法を撃てたりする?」
「…出来ない、ことはない。…無謀だと思うけど。それでもやって欲しいなら…する」
駄目元でやってくれ!とヨミにその場を任せると俺は馬車へ飛び乗った。
「レン!フラストさんが襲撃された…って起きてる?」
「あ、起きたのか。まぁ、説明してやるからそう焦るな。それに彼奴は…手遅れだったんだ」
「説明…ってフラストさんが手遅れになる前に早く…。
「あぁ。そして、既に俺たち
どういうことだ?そう俺が聞く前にヨミが馬車へと戻ってきた。
「リム。やっぱり…私じゃ無理。というか…死んでる」
「だろうな。何しろ、俺とクリストで殺したんだ。既に死んでるに決まってるだろ」
「殺した…って何をやってんだよ!」
「急に大きな声を出すな。バレるだろ?それに彼奴は手遅れだったって言ってるだろ?」
そういうとレンは舌打ちをしながら説明してくれた。
「まず、お前らが森へ行って確認したあの気配自体は見間違いでもなく合ってたんだ」
「やっぱりそうだろ?でも、あの気配は何だったんだ?」
「あの後、クリストと見に行ったんだがアレは
そういうとレンは深夜のことを話し始めた。
「リムの言ってた奴を確認したいんだが来てくれるか?」
寝静まったであろう深夜。俺は屋根裏で月を見るクリストに声を掛けた。
「どうしてって聞きたいところだけど、わざわざ私を指名するんだし知ってるか」
「あぁ。だから、お前も月下の元に居るんだろ」
クリストは悪人を狩る殺し屋だった。今は引退してるが夜間の作業なら間違いなく最強だ。
「で、アンタは目星付けてるんでしょう?」
「それはそうさ。2箇所まで絞ったが大方、見当は付けてる」
「そう。じゃあ、昼間に彼に言ったのはブラフってこと?」
「半分正解ってトコだ。こういう危険な仕事は俺らだけで十分だって話だ」
「(あの感じを見てる限りだと信頼してると思ったけど_そうでもないのね)」
「…君が何を考えているかは知らないけど…それは間違ってるって言っておく」
そうして1箇所目を確認したものの成果は得られなかった。
「ハズレね。で、残り1箇所だけど…大丈夫なの?」
「あぁ。因みに正直な話、2箇所目が本音で此処は保険だったんだ」
可能性を0にする為にしたようなものだから唯の前座だ。と笑みを浮かべる。
2箇所目は2人の来た方向とは敢えて逆にした。
「それにしても2箇所目は方向的に2人の言った場所とは真逆だけど」
「そりゃそうだ。俺が相手だったら反対側に置きたくなるだろうし」
「相手って…人の仕業ってこと?」
「当たり前だ。そうじゃなきゃ、どうやって透視魔法ありじゃなきゃ見れないんだ?」
その言葉に彼女も納得したようだった。
「待て待て待て。全く理解出来なかったんだが。透視魔法で何で判断出来るんだ?」
「透視魔法は人間の生成物にしか反応しない。だから、自然や魔物関連は無反応なんだ」
「成程な。え、でサラッと出てきた単語なんだがぶさつ、って何なんだ?」
「簡単に言うと呪符のようなものだ。因みに効果は同じで今回の場合は喰らえば即死だ」
「それをフラストさんは喰らったのか?あんなに優秀そうだったのに…」
「そう死人を煽るな。彼奴は喰らわされたんだよ。勿論、ネハイルによってな」
「え、ネハイルさん?え、ネハイルさんが犯人だったの?さっきの相手の仕業ってのも」
そりゃ当たり前だろ…とレンに呆れられた。え、何でそんな呆れてるんだ。
「お前らが殺してたら別だけど俺とクリストで見に行って残ってるのは誰だ?」
「えっと俺とヨミを省けば…フラストさんと_。あ、そうか」
「あぁ。じゃあ、そろそろ状況を理解出来たようだし俺らも戦う準備をしないとな」
突然のカミングアウトに俺は再び困惑してヨミを見る。ヨミは無関心そうだった。
「え、ってか戦うってレンは殺しが出来ないってのは言ってたよな。ブラフなのか?」
「ブラフって訳じゃないが人以外は基本、殺せる。訂正すると俺は殺すのが嫌いなだけだ」
「じゃあ、あの時にあんな火力魔法をぶっ放す必要なかっただろ…」
「アレは…。そう試したかったんだ。最大火力魔法の威力を」
俺、それで死んだんだけど。とツッコミはしなかったものの苦笑するレンに俺は呆れた。
「因みになんだが…お前らは好きだったりするか?獣狩り」
「好きも何もやったことないんですけど。ってか俺、戦闘経験0だと思_」
「じゃあ、今から沢山楽しめるな。滅多にない経験だ。楽しんでくれ」
そういうとレンは馬車を降りた。俺も続き見えた光景は…沢山の狼の群れだった。
「アレって狼だよな?でも、狼に…なんか黒のオーラが纏ってある?」
「大きさこそ狼だがアレは魔獣だな。まぁ、十中八九ネハイルが呼び寄せたんだろう」
そういうとレンは剣をくれた。少し重かったが魔法を掛けてくれたお陰で楽に持てた。
「魔法に頼るのも出来るが未熟だろ?だから、重力軽減を乗せてやった」
それに加えて対魔獣特化のバフもオマケとして乗せてな。とニヤリと笑った。
「それにしてもこの数を俺らだけで捌くなんてな…気の遠くなることなんだが」
「クリストが都市に応援を呼んでるしそれまで生きれば俺らの勝ちだな」
「とは言ってもこの数だし多少は本気でやらないと駄目なんだろ?」
「勿論。人は死んだらそれまでだからな。だからこそ人生を賭けた最高の舞台だ」
そうだろ?レンは笑みを浮かべ刀を握り直した。