夜光に照らされたフラストさんがゆっくりと呟いた。
「そろそろだ。あの資料を信じるならこの時間帯で1度目の襲撃を受けたそうだ」
「そして、その襲撃はその日だけで6回。随分と凄惨だな」
「でも、それは魔物であって死の真相じゃないんだろう?」
「そうなんだ。時間帯の被りで警戒するだけで確定事項じゃないんだ」
そのことを前提に動いて欲しい。とフラストさんは言うと荷物を背負った。
「俺は単独で動いて色々と確認する。それ以外は…さっきネハイルに任せる」
俺は先に出る。そう言うとフラストさんは闇の中へと消えて行った。
「時間までまだ余裕はあるから休んどきな」
レンの言葉に賛同し俺も休むことにした。…ヨミも眠そうだし。
パチパチと燃える火を焚きながらネハイルは隣で眠るクリストを起こした。
「君はリムと居ろ。俺はレンと動く」
「…そう。それにしてもフラストが単独で動くなんてね」
「まぁ、彼奴なりの考えがあるんだろう。レンもそれを黙認してたしな」
「…そう。ところで、私の感覚が合ってれば9時前だと思うけど」
「あぁ。どうやら、昔のナリはまだ残ってるようだな」
「…その筋はとっくの昔に衰えてるよ。狩る指針は今も昔も変わらないけど」
「俺は小屋で寝てる3人を起こしてくるよ。クリストはどうする?」
「火の番をしとくよ。こんな時間だし消えたら面倒でしょう?」
「…そうね。因みに貴方はどう思ってるの?」
「あの死因だろ?魔物と人の仕業で正直、五分五分ってトコだ」
何しろ、あの死因は本当に謎だ。魔物なら酷だと思うがもっと凄惨だ。
此処ら辺で出るのはシトルとセヌ。シトルならまず間違いなく噛み砕かれてる。
セヌなら死体を残すようなことはしない。どちらも当て嵌まらないのだ。
残るは人間の仕業だが…人間だけの技量じゃ同時殺害なんてまず不可能だし
絵を見たが身体を貫通するような傷跡にはならないだろう。
「…それに、夜にしては静か過ぎる_。些か奇妙だな」
燃える闇の中でそう呟いた。
「あ、起きました?」
「痛ってて。…ってあれ?どうしてイリスさんが此処に居るんだ?」
「どうしても何も…全く覚えてないんですか?」
え?とイリスさんの言ったことが理解出来ず身体を起こして周囲を見渡した。
「もしかして_。俺、また…死んだの?え、本当に?」
「死んだことも覚えてないってことはよっぽど即死だったんでしょう」
「え、何それ。怖いんだけど…ってちょっと待て!」
まず、俺は死んだ…それも即死で。それはまだどうにでもなる。けど…。
「残りの仲間は…俺の側に居た…レンやヨミはどうなったんだ?」
「…詳細、聞きますか?聞きたくないなら…無理には言いませんが」
仲間の安否を聞いた瞬間にイリスさんが真顔でそう言ったことに怖気付く。
「あ、あぁ…。どういう状況だったのか…知っておきたいしな」
「リムさんの死ぬ直前に…まず2人襲われて…そのまま死亡しました」
「し、死亡…。…何でもない、続けてくれ」
「そうして、その現場へ2人ほど来て暫く戦った後に…死亡しました」
「…そんな馬鹿な」
俺が即死した時点である程度は読めていたが事実だと知るとまた辛く…。
「イリスさん、1人足りなくない?」
「…いえ、何度見てもリムさんを合わせて死者は5人ですよ?」
「(…俺を含めて5人。だけど、あの場に居たのは6人…だったよな)」
どうして1人欠けてるのだろう?いや、それよりももっと大事なことが…。
「イリスさん、俺って即死したんだよね?」
「死ぬ直前の記憶がないのならそうなりますね」
「(俺やヨミが寝てたのは小屋奥…魔物に簡単にバレるような場所じゃない)」
其処を知ってるのは6人だけ。差し詰め_。
「なぁ、イリスさん。時間を戻して復活出来たりしない?」
その言葉にイリスさんがポカンとした顔をすると溜息を吐いた。
「リムさんの要望通り戻すのは可能ですね」
「じゃ、じゃあ!そうしてくれ!早く戻らないと…!」
「でも、私の条件を守ってくれたらしてあげます」
「え、条件?」
「時間を戻せるのは2回まで。それ以上はどう説得しても断ります」
「…あぁ、それで良いから頼む。何が起きたのかを知りたいんだ」
「そして…時間を戻す際は必ず前の時と
何度も戻れないことに理不尽を感じつつも俺はその選択肢を選ぶことにする。
何もすることなく仲間を死なせるなんて出来るはずもないからだ。
「分かった、その条件を飲む。2回以上は使わないし問題も必ず解決する」
「…分かりました。絶対に守ってくださいね、
そうして半ば呆れたような顔のイリスさんの手で俺は「世界」への帰還を果たす。
「_っ!」
戻った場所は馬車の上だった。
「(皆、生きてる_)」
死んだ人物が目の前で喋るなんて絶対に有り得ないことだ。
それでも膝を枕代わりにヨミが寝ていてレンたちが作戦会議をしている。
「(俺は、戻ったんだな_)」
「フラスト、資料は読んでるよな?」
「あぁ。事件発生時は8日前の深夜だったよな」
「魔物にでも襲撃されたのか?」
「…鋭いな。まぁ、簡単に言えば此処で襲撃があったんだ」
リムには渡さなかった方だ。とレンが言う。
「(完全に同じ_)」
聞いた内容は違えど大体はさっきと同じように進んでいる。
言い換えれば分岐しなければ同じ運命を辿るということだ。
「襲撃…?ってことは魔物だな?」
「あぁ。だが、奇妙なんだよな…」
「大きい都市と違って人が少ないからだろ?」
「あぁ。独立するのは相当な実力があるのが前提なんだ」
夜にこの世界の勉強でもしたのか?とレンが囁いて来るが
「そして、この地域はそもそも魔物のレベルも低くなってる」
「あれだよね、初心者冒険者が多い地域だからだよな?」
「あぁ。でも…此処ら辺での魔物の平均レベルって低いはずだよな?」
「この資料を見る限りじゃ高くて8、9レベルだし低いと言えるだろうね」
「人が原因不明の死体を作り上げるのは不可能なんだよな?」
「そうだね。でも、魔物の仕業でもない。どういうことなんだろう」
「…だから、原因不明の死なんだろう。魔物でも人間の仕業でもないのだから」
「集団自決の線はあると思うか?もし、その線をない思ってるならどう考えてる?」
「…分からない。だが、被害者の特徴を見る限そう選択するほどではなさそうだった」
「そうか…。どうする?1度、戻るか?」
「…村に泊まってみない?魔物の出る危険性もあるが対価は得られるだろうし」
フラストさんのその言葉に俺は反応するとレンの方に視線を送った。
「…泊まるにしても村から少し離れた場所にしようぜ、レン」
「あ、あぁ。そうだな、村に泊まるのは少し危険な気もするんだ」
「…それもそうだね。じゃあ、そうしよう」
そうしてレンを救済しつつ死との分岐を果たしたのだった。
「この後だが…君らはどうする?何か予定でもあるかい?」
そう言われてどうするべきかと悩んでいるとヨミに服を引っ張られた。
「…暇だしヨミと少し歩いてくるよ。レンはどうする?」
「そうだな、まぁ。荷物整理でもしておくから2人で行きなよ」
「分かった。じゃあ、少ししたら戻るから」
そうして俺はヨミを連れてその場を離れた。
「(…取り敢えず、あの死亡パターンを消せたはずだ)」
確証こそ持てないがさっきと違う分岐を辿ってるのでまず安心して良いと思う。
問題は其処じゃない。俺が死んだ時は即死だったこと。
そして、近場に居た2人の死者は間違いなくレンとヨミだ。
つまり、残ったのはクリストさん。フラストさんとネハイルさん。
3人の行動は寝てた所為で全く追えてないからどうしようも言えない。
「(最も怪しいのはフラストさんだけど…)」
状況証拠だけで考えるならそうなるがそんな簡単なのだろうか?
「(理不尽な世界って言っててサクサク進展することはない、よな)」
考え過ぎと言われたらそれまでだが…何処か引っ掛かる。
とは言ってもクリストさんもネハイルさんにもそれ以上の決定打がない。
「(後でクリストさんと話をしてみよう)」
そう今後の予定を立て直そうとした時、ヨミが声を上げた。
「…リム。変な感じ_する」
「変な感じ?」
周囲を見渡しても特に変化はないしそれらしき気配もない。
「変な感じって具体的にどんな感じなんだ?」
ヨミにそう質問するとヨミは軽く目を閉じた。
「クアンティラシィ・ネクラヴィア」
そう唱えると視界にモヤみたいなのが現れ…微かな吐き気を覚えた。
「ヨミ…これ、何だ?変なモヤが出たんだけど」
「…透視…魔法_。変な_見える。便利_」
「(透視、魔法…。さっき、ヨミが『変な感じ』って言った奴の具現化なのか?」
ヨミに解説を求めたかったがそんな調子じゃなさそうだったので自分で噛み砕く。
「さっきヨミが変な感じって言って正体ってこれで合ってるよな?」
「…そう」
「成程な(報告したいけど…犯人の存在を考慮したらロクに言えねぇ!)」
俺らを殺した犯人候補が居る可能性があるのに情報を吐露するのは馬鹿だろう。
とは言ってもヤバイ状況らしいのを話さないのは明らかに自殺行為。となれば_
「(…話すならまずはレンだ。その後は俺自身で見極める)」
クリストさんたちが信用出来るかどうかは動きを見るしかない。
「取り敢えず、さっきのところに戻ろう。レンとも話したいし」
「…うん_分かった」
「疲れただろ?背負ってやるから、ほら」
そうして疲弊しているヨミを背負うと元の場所へと急いだ。