「(…なんか凄く綺麗になったな)」
風呂を終えた彼女の姿は綺麗という表現で収まるレベルではなかった。
ボサボサの汚れていた髪は淡い銀髪に包まれたサラサラの長髪に変わり
泥で汚れていた肌も綺麗な茶色の瞳に加えて肌色へと変わっていた。
「どうした?その女。まさかと思うが、さっき風呂に入れた奴じゃないよな?」
と彼女の髪を乾かす隣でスタリヤさんも疑ってしまう程の変わりようだった。
「な、なぁ」
部屋に戻り彼女を会話を試もうとするが想像の通り黙っているばかりで
進展は全くなかった。その後も挑戦はしたのだが_諦めた。そして、
「ほら、食べるか?これはクテットって料理で結構、美味しいんだぞ」
と買ってきたなけなしのクテットを彼女にやると不思議そうな表情を浮かべた。
そして恐る恐る齧り付き_無言で目を見開いたかと思えば全部食べてしまった。
「まだ、あるんだけど…食べる?」
「…食べる」
そうして買ってきた7個のクテットを全て食べた彼女は小さく喉を鳴らした。
「さっきは聞けなかったんだけど…名前はなんて言うんだ?」
「名前…。ヨミ…アイリス_。後は…分からない」
軽く俯きながら彼女はそう口にした。何か後ろめたいことでもあるのだろうか?
「(…名前に触れるのは余りしない方が良いな)」
ないとは思うが聞いた途端に殺される。なんて理不尽な展開だって考えられるし。
「…」
「別に大丈夫さ。それにヨミって名前なんだな。良い名前だと思う」
因みに俺はリム・アイビスだ。リムで良い。と軽く自己紹介をしておいた。
そうして、ようやく会話の成立する状況になり色々と聞こうとし_
「…今日_疲れた。…うぅ、ねみゅい」
と言うや否やヨミは膝の上に頭を乗せるとこてんと横になりそのまま寝てしまった。
「(これは…ちゃんと交流するまでに時間が掛かりそうだな)」
まともな会話をするのにも苦労するとなるとこの先が不安だが幸せそうな顔をする
ヨミの顔を見ているとその気持ちも薄れてしまうのであった。
「質問なんだけどさ…リムの自室でリムと寝てる子って誰?」
遅めに帰るとは言ってたものの念の為にと部屋を覗くとやっぱり寝ていた。
まぁ、それは別に想定内だ。だが、俺の知らない少女も居るのは予想出来なかった。
「ん?あぁ。彼奴が路上に座ってるのを見て連れて来たらしい」
「それはまた…。彼奴もお人好しなもんだな」
「お前はそれで良いだろうが俺からすれば手の掛かるもんだぞ」
言葉で表すなら知らん所のガキ3人を住まわしてるんだからな。と溜息を吐いた。
「(それは…確かに日本じゃ誘拐も立証するレベルの事案だな)」
スタリヤさんとは長い付き合いだが出身が全く違うように血縁もなしの
言ってしまえば赤の他人だ。最もその間には色々な関係性を築いているが。
「リムだって其処の弁えはしてるだろうし俺もリムに手を貸すよ」
そう言うとスタリヤさんは葉巻に火を点けた。
「そうお前は豪語するが_彼奴も…時間が経てば此処を出るんだろ?」
「…リムは俺と違って冒険に出るタイプだろうし_それは同感だ」
それに彼奴は才能がある。それも、この世界に立ち向かえるような才能が。
リムのスキルはリムにこそ黙っていたが結構な外れの〈スキル〉であると
スキル鑑定士のシュヴィアさんに教えて貰った。勿論、使い方では
活躍する場面でもあるがこの世界の前提として被弾する前に倒すのが定石だ。
此処ら辺の地域は初心者冒険者も多いが功を奏して被弾したら即死という
理不尽要素を持つ攻撃は殆どないが代わりに色々な効果を齎している。
「(聞いた話だし断定は出来ないが…シグリットでは日常茶飯事らしいしな)」
それでもリムなら上手く使えそうな予感がする。
基本的にこういうスキルは覚醒するものだ。俺のように初めから完成されている
〈スキル〉は後に活躍しないことも多いらしいから。
「まぁ、リムが旅立つまでは支えるつもりだ。ちゃんと生きれるようにな」
「…お前は
「リムに色々と教える役目だとは思ってるしそれは俺の責務だと思ってる」
そう、俺はあくまで
俺は教えることを教えてリムはそれを活かして生きて行く。
「元の…元々の立場が違うんだ。俺は既に手遅れの人間なんだ」
横で薪が燃える中、俺の言葉を聞いたままスタリヤさんは黙っていた。
…其処からどれくらいの時間が経ったのだろうか?去り際にこう口にした。
「…俺から見ればレンも現役だとは思うがな」
現役。その言葉の意味は流れで分かることだった。でも、俺は頷かなかった。
加えて否定もしなかった。どうして、そうしたのかは俺にも分からなかった。
目が覚めるとまだ
「(あの後、ちゃんと寝落ちしたんだな…)」
寝ているヨミの髪を梳きながら今日のことを考える。
特に予定はなかったしレンにも特には言われてなかったので
普通なら昨日のようにギルドをするつもりだったのだが…
「(怠いなんて言えない)」
正直、身体が重かった。原因は転生してからの疲労の所為なのは分かってるが
それをレンに言ってどうなるかは2通りあるが想像するのは止めておいた。
「(まぁ、後でレンを説得しておこう。…出来るかどうかは分からないけど)」
そうして今も膝の上で眠るヨミをベッドに寝かせてから俺は部屋を出た。
1階に降りると既に起きていたスタリヤさんが作業していた。
「おはようございます、スタリヤさん」
「おう、今日は早いな。まぁ、早目に寝た所為でもう起きちまったんだろ?」
と皮肉なのかそれとも褒め言葉なのか良く分からない返事が返ってきた。
「まぁ、昨日は初めてのギルドで疲れてたのもありましたし」
と返事をしたものの(とは言え言葉を濁したが)特に言及はして来なかった。
「そういえば、。あの嬢ちゃんのことは俺からレンに言った」
別にそれで良かっただろ?という顔をするスタリヤさんに俺は頷いた。
そうしてスタリヤさんの隣に並ぶと怪訝そうな顔をした。
「無言で隣に並んだがどうした?まさか、お前は飯が作れるのか?」
「…まぁ、多少は作れますよ。元々、料理自体は好きでしたし」
転生前も休みの日は料理当番だったし色々と作れる。勿論、この世界の料理だと
話は全く違って来るのだがちゃんと勘違いしたらしく_
「そうか。じゃあ、朝飯はお前に任せる。その方が俺も楽だしな」
と俺の訂正する間もなく朝食当番に任命されたのだった。
取り敢えず、材料だけ吟味しようと思い食材を眺めていると_
「…仮にだが、此処を出て冒険出来るならお前はそうするか?」
と昨日のように葉巻を咥えたスタリヤさんがそんな質問をしてきた。
冒険出来るのならそうするのか?それはどういう意味で質問したのか。
言葉通りに受け取るならこの街を出て色々な地方を巡るということだ。
実際、この城塞都市セラスティアは初心者冒険者の巣窟らしく毎年のように
新人冒険者がこの街を拠点として活動した後に旅立っているらしい。
中にはレンのように残る者も居るらしいが其方は少数派となっているそうだ。
「(…考えてなかったがそういう選択肢もあるんだよな)」
この世界が無駄に理不尽だと言うことを念頭に考えていたので
「(じゃあ、安全な此処で生涯終えても良くね?)」
みたいなノリだったが改めて考えてみれば流石にその選択肢は
人生を棒に振っている気がしてきたしそんな手段は流石に良くないはずだ。
「(何ならイリスさんにぶっ殺されそうだしな。そんなこと言ったら)」
そんなことを考えていた所為で無反応になってしまったからか
「…別にそうしろ。って意味じゃない。今後の話だ」
と俺が無駄に悩んでいるものだと勘違いしたような感じで言われた。
「(まぁ、実際問題それも考えてたし影響を受けてない訳じゃないけど)」
…それにスタリヤさんは
迫られる時期が来ると言うことだ。だが、追求することはしなかった。
そのことについて長く触れるのは不味い気がしたからだ。
それから謎の作業をし終えたスタリヤさんが腰を上げて言った。
「俺はもう出るから2人をちゃんと起こせよ。後、夜は遅くなるから」
「分かりました。レンには俺から伝えておきます」
「…今日も頑張りな」
そうしてスタリヤさんを見送った後、俺は朝食作りの作業に入るのだった。
スタリヤさんが家を出て暫くすると眠そうな顔をしながらレンが姿を現した。
「今日は早いんだな_まだ、
「おはよう、レン。スタリヤさんはもう行ったよ」
「ん?あ、あぁ_スタリ、ヤさんね。うん、スタリヤさん。ありがとう」
「後、今日の朝当番は俺な」
と言うと眠そうだったレンは急に神妙そうな顔つきをした。
「失礼なことだとは思うが…お前、料理出来るのか?」
「最初は食材を見て軽く混乱したが問題なく食べれるはずだよ」
初めてだし期待はするな。と前置きをしつつも自信はあった。
「それは期待しとけって前振りなんだろ?分かった分かった」
と顔を洗ったことで半ば本調子に戻ったレンが其処に居た。
…そういえば彼女のことを忘れてないかって?
昨日の今日に限ってそんなことない。だって彼女は_。
既に目を覚ましているだけでなく隣でツマミ食いしているのだから。
「あれ。お前、さっきまで居た?全く気付けなかったんだけど」
ふと視線を浴びたことに気が付いたのか不思議そうに顔を上げた。
「おい、其処でロンを突いているお前」
そのレンの声に驚いた表情をしながら俺の後ろに隠れた。
「…話は聞いてるけどさ、リム」
「あ、あぁ。スタリヤさんに教えて貰ったそうだな」
「まず確かめておきたいんだけど彼女、何歳だ?」
「…信じられんと思うがまだ何も聞いてないんだ」
「…じゃあ、お前に聞くが何歳だと思う?」
「え、それは_って何で俺に聞くんだ?」
「それは、俺がロリコンなお前も許容し_」
「違うけど!??」
それからレンを説得するまで俺はロリコン扱いされるのであった。