約束通り、君谷は林道に蛇目家の話をする決意をした。
だからこそ、林道をバックヤードへ呼んだのだ。
ハッキリ言って話すことに恐怖心がないと言えば嘘になる。
それでも『盞がスランプを抜け出したら話す』と約束したのだから、反故にすることはできなかった。
それに――話すことにより、林道自身が置かれている状況を理解できる、そう判断した。
「春花のこと、ありがとうございました」
「いえ……僕は何も。行動へ起こす前に向こうが動いてしまったので」
「それって――」
「松笠はもう動いた、ということです」
君谷にとって予想外の返答だった。
(マズい、松笠家の行動力を見誤った)
向こうが動き始めたのなら、林道――そして盞も時間の問題だ。
盞春花の蛇の目がバレてしまっては、君谷の行動は全て無駄になる。
「盞さんには、蛇の目がバレないよう強く言っておきましたけれど……僕が此処に居る以上、時間の問題でしょう。盞さんに予め警告をしていても、です」
林道が居る以上、いつかは盞の蛇の目も知られてしまうだろう。
それは、林道が旅をする目的――そして、林道の秘密に関わるのだから。
「まあ、松笠が僕の何処までを把握しているかは知りませんが……」
そう呟く林道の目は警戒の色をしていた。
「林道家――いえ、貴方の身に起きたことを向こうは把握しています。となると、貴方の旅の目的も知っているんじゃないですかね」
「……そう、ですよね」
重い空気が一室を支配する。
それほど、この場において林道玲と君谷影は無力なのだ。
敵にするべきものではない、そんなことは把握していた。
君谷は様々なことを知りすぎていたのだ。
「……ま、こうしていても何も変わりません。俺が話せることはすべて話しましょう」
「本当に……いいんですか? 相手は僕ですよ」
「林道さんだから話すんですよ。例えば――春花とかには一生言いませんし、言えませんよ」
知らなくていいことは、知らないまま生きるべき。
君谷はそう考えていた。
逆に言うのならば、知るべき人間は正しく知るべき、とも。
林道は君谷にとって後者に当たる。
「蛇目家の居場所、蛇目家がどう生きているか、その辺りの話でもしましょうか」
「待ってください。本当に僕に蛇目家の居場所を教えていいのですか?」
「林道さんが終着点に着くためには必要な情報でしょう? それに、知らないと一生旅は終えられない――違いますか?」
「……いえ」
君谷は林道の目的を知っている。
蛇目家にどんな感情を抱いているのかも、だ。
林道が旅を終えるためには、必要な情報だと――君谷は知っていた。
それは林道と話したから、というのが大きな要因だ。
林道との会話を重ね、過去に起きた事件と照らし合わせれば、その内容を考察するには十分だった。
「では、現在蛇目家が何処に居るか。表舞台から姿を消した蛇目家は、あるべき場所へ戻っただけです」
「あるべき場所?」
今まで表にいたのは『あるべき場所』じゃないような口ぶりに、違和感を覚える。
『居るべき場所』でもなく『あるべき場所』と来たものだから、林道は自身の認識より根深いのだと判断した。
「一時期表に出ていたのは、蛇の目持ちを増やすため。それを林道家に一任したんです。だから、あるべき場所に居られる」
蛇の目持ちを増やす、つまりは蛇目家にとって都合の良い手駒を増やす、ということだ。
その中から後継者を一人選ぶ――林道が知っている範囲はそこまでだ。
「今の蛇目家は一般的な家庭と同じく、長男に継がせているようですよ。あ、いや――第一子と言った方が正しいか」
「……それって、どういう?」
「例え第一子が娘であろうと、息子であろうと、後継者として選ばれるのは変わりないんですよね。というか、今の蛇目家って一人っ子しかいませんし」
「あの蛇目家が、ですか」
君谷は頷く。
林道からすれば、前は無駄に大家族だった印象があった。
よく考えれば、林道家も含めて後継者を選んでいたのだから、そう印象付いただけなのだろう。
「継承の儀で先代――つまり前当主は母であれ、父であれ、命を断つこととなっていますので、下に子供を……というのは端から不可能なんですよ」
「――は……?」
君谷はさらりと、とんでもない事を述べた――まるで冗談のような軽さで、非現実作品でありそうなほど無感情に。
そもそもが非現実的過ぎる。
継承に儀式が要る家系じゃなかっただろう、と林道は困惑の中にいた。
「意味分かんないですよね、俺だって詳しくは知らないですけれど……それでも正気じゃないと思います」
「そもそも、蛇の目って継承なんてないでしょう……生まれた時に持つものが、持っているだけで。まあ、生きている中で覚醒するケースも有るには有りますが」
「御尤も。でも、これが今の蛇目家の在り方です」
その後、君谷は表情一つ変えずに続ける。
「大体次期当主が四歳くらいの頃、かな。継承のために自ら命を断つそうで。専用の場所があるらしいですよ」
その後一言だけ付け足した。
「あ、これ以上は気分が悪くて調べてないので」
「それが正解かと……」
今の話を聞いただけで、林道も気分が悪い。
代替わりには早すぎる年齢で、全てを押し付けられるだなんて――どんな気持ちなんだろうか。
「とはいえ、同情するのもまた違うと思いますけれど。結局事の一件には蛇目家も関わってない筈がないんで」
「『伽藍朔事件』ですか?」
「真相は俺より詳しいはずでしょう? 態々聞く事ってありますかね」
そう、誰よりも――その事件を知っている。
盞に君谷が隠し続けた事件――それを知っている。
「蛇目家の生き方は相も変わらず、ってところですかね。邪魔な者は松笠に排除させて、外の蛇の目は回収して。変わったことと言えば、さっき言った通り蛇の目を増やすことに関しては、林道家が一任されていることです」
君谷にとっては無関係の話のように語るが、これほどの情報を手にしているとなると――残り時間は短く感じていた。
「後は、蛇目家の現在の居場所ですか――星見村です。地図にも乗っていない村で、信仰されているそうですよ」
そう言って君谷は地図を広げる。
林道も覗き込むと、一箇所だけ印のつけられた場所があった。
「俺の予想では、この辺りかと。次の目的地にするのなら、どうぞ。持っていってください」
「では、遠慮なく」
林道はその地図を受け取ると、既にどのルートで向かうべきか考え始めた。
「現在の蛇目家は信仰対象として崇められているみたいですから、色々気をつけてください――今でも、目的を果たしたいのなら」
「……それは、勿論」