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四節

「で、この間と正反対になっているのは……何故です?」

「拒否られた。影ちゃんに。まだどんな話かも言ってなかったのに」

 そうして、拗ねて机に突っ伏している盞の姿を林道はレンズ越しに見た。

(……また、下手な嘘を)

 ただ、その一言で済んでしまうほど、簡単で複雑な理由だった。


「もう、影ちゃんにどうやって会えばいいのか、わかんない」

「そんな拗ねないでください。ほら、数日後には担当編集の方にチェックされるんでしょう? 拗ねてる暇があれば、一コマでも良いので描いてください」

「うぅ……玲さんスパルタぁ……」

 机に這いつくばるようにペンを手に取った。


「――君谷さんに、聞いたんですか」

 その言葉にゆっくりと振り向いた。

「なんで、玲さんが……」

「いえ、あの日『今度聞く』と仰っていたので」

 そう、微笑む林道に盞は嘘は効かないと判断したのか、怒られた子供のように小さくなりながらも、呟くように話をした。


「影ちゃんには、聞いた。それで、ちょっと喧嘩しただけ、だよ」

「幼馴染でも、喧嘩をするのですね」

「そりゃあ、するよ。喧嘩が常、みたいなところあるから! だから……いつもはこんな悩まないんだけど」

 それは、自ら普段と状況が違う、と明言しているようなものであった。

「本当に君谷さんは拒否をしたのですか?」

「それは……」

「本当は、僕に話を聞きに行ったことを隠しておきたかった、違いますか?」

 林道の言葉に目を丸くしたあと、盞はため息を吐いた。


「そう、玲さんとの関係まで悪くしたくなかったし……影ちゃんは、結局何にも教えてくれなかったし……」

「それなら、話さない真意を僕が聞いてきましょうか?」

 少し悩んだあと、盞は頷き、ペンを手にする。

「じゃあ、お願いします。こうしていても、進むのは時間だけだし、仕上げないと見せられないからね」

 それは空元気からの笑顔。

 その顔を見るのは心苦しく思う自分も居たが、林道自身、何故伽藍朔事件を知られているのか聞かなければならなかった。

「それでは、また後ほど」

 そう言って、盞宅を後にする。


 向かう先は、君谷の居る書店だった。

 店の扉を丁寧に開くと、珍しく大人しい開閉音に君谷は驚いた様子だった。

「失礼します。君谷さん、いらっしゃしますか?」

「――いらっしゃいませ」

 すぐに普段通り、愛想のない表情に戻ったが、林道がやってくるのは予想外だったようだ。

「えっと……林道さん、春花の様子は?」

「一先ず、背中を蹴っ飛ばしておきました。暫くは漫画を描いていると思いますよ」

「比喩が乱暴……」

 気合を入れ直すためだが、荒療治のスパルタは自覚していた。

 そのため、やや乱暴な表現をしたが、実際林道がしたことと言えばスパルタと問い詰めだけだ……など言い出せなかった。


「君谷さん、この間の話ですが――」

「松笠の、ですか?」

「いえ、伽藍朔の方です」

 その言葉も、君谷にとっては予想外だった。


「そのこと、ですか……春花になんか言われました?」

「いえ、何故教えてあげないのか、そして――何故貴方が知っているのか」

 口調こそ、普段と変わりないが、その目は鋭く君谷を捕らえていた。


「――分かりました、順を追って説明しますので、どうぞ」

 数日前と同じく、裏へと林道を招く。

 そこで、二人だけで情報交換をするつもりなのだ。


 ――そうじゃなくとも、店内でできる会話では無かったからだ。


「林道さん、貴方は――」


 そうして、一つの情報を林道に渡した。

 しかし代償に、林道もたった一つの秘密を認める必要があった。


 数時間後、もう一度盞宅を訪ねる。

 インターホンを鳴らせば、二階の窓から身を乗り出し、盞は此方へ声をかけた。

「開けてるから、あがって大丈夫だよー」

「お邪魔します」

 盞にその声は届いていないだろうが、小さくお辞儀をすることで答えた。


 そのまま廊下を歩き、盞の居る部屋を開けようとしたときだった。

 「俺ねー、目良いんだ。とってもね。だから、扉の向こうに玲さんが居ることもわかる」

(正式な蛇の目、ということか……そうなれば今までの行動も納得できる)

 正式な蛇の目、それはピット器官の様な効果を果たす。

(何かが特殊に見えていたり、特殊な何かが見える、イレギュラーな蛇の目じゃない……)

 本来、代々受け継がれてきた『蛇の目』は壁などを隔てても、例え対象が遠くにいようとも見えるものであった。

 その蛇のような鋭い瞳孔と、ピット器官と近い性質から、蛇の目と呼ばれ初め……やがて蛇目家が生まれたのだ。


(でも、盞さんは蛇目家を知らない)

 百日のように、封鎖空間に置かれるわけでも、血筋の説明をされたわけでもないであろう蛇の目持ちだ。

 本来蛇目家は、その目を持った者たちが外部に居ることは好ましく思っていない。

 蛇の目が発覚し、ある程度育てば何処かへと問答無用で送り出される。

 そう考えると、幼少期から傍に人が居た百日鈴は幸運だったのだろう。


「やべぇヤツだと思った?」

「いいえ、僕の中では納得ができました」

「そっか」


 盞の嘘とも考えられるが、蛇目家を知らずして此処まで騙ることは不可能に近い。

 また、君谷からの証言もある。

 この場合、蛇目家は外にいる者たちは消しに行動するはずだが、現状盞春花は生きている。

 守るよう行動していた海堂の存在もあるが、百日でさえ生きているのだ。

(蛇目家内部でなにか……いや、それは関係ない。どんな理由であろうとも、目的は変わらない)


 君谷が一つ、引っかかったのは盞のスランプだ。

 一線級まで登りつめた漫画家の次回作、またその次回作……と、読者が離れること自体は普通である。

 けれど、彼のスランプは、打ち切りとそもそもネームが通らないこと。

 漫画に疎い林道にとって、これが何を意味するかは分からない。

 しかし、蛇目家が干渉できるのはその段階になってからだ。


「……盞さん、今の担当編集の方の名字をお伺いしても?」

「松笠、だけど……別に玲さんが探してる情報には関係ないんじゃない?」

「少し考える時間をください」

 林道はそのまま黙り込む。

『松笠家』という家は此処数日二度も耳にした名前だ。

 君谷から情報を得る前までは、一生関わることがないと思っていた。


 君谷が渡した情報、それは松笠家の話だ。

 本来、蛇目家と林道家――また、他に分散した蛇の目持ちを然るべき場所へ送る橋渡しをしている。

 君谷の話では松笠の家の仕事は蛇の目持ちを妨害することでは無かった筈だ。

(松笠家は……蛇目家から何らかの命を受けている、というのなら……可能性はある)

 もし、盞が既に蛇の目持ちだとバレていたら?

 その担当編集が、例の松笠家なのであれば、警戒するのも当然である。


「盞さん、その方は……本当に出版社の社員ですか?」

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