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三節 取材

 君谷と別れ、再び盞の家へとやってきた林道は、取材を受けることになった。

「さて、何処から初めたものか……」

 盞は自分のメモ帳と林道を交互に眺める。

 そのメモ帳は、盞のネタ帳でもあり、何代目か分からないネタ帳も七割が埋まっていた状態だった。

 そこには、林道と百日に関する疑問も書き記していた。


「まず、玲さんはなんで鈴ちゃんの面倒を見ていたの?」

「――とある人に、百日さんのことを任されたからです」

「それは、海堂洛先生? 先生の失踪と同時に玲さんがよくあの家に出入りするようになった印象がある」

 どう答えるか、少し悩んだがある程度の時期を把握されている以上、正直に答えるしか無いだろう。

「はい。海堂さんの頼みです」

 そこに嘘偽りはない。

 問題は、その海堂の失踪。その真相だった。

「先生はただの失踪では無かった。それは玲さんも知ってるよね?」

 既にニュースになっている以上、盞が知らないわけがない。

 そして、林道も。ニュースを見ないわけではない。

『旅する写真家』と呼ばれるほど、すぐにその場を去る林道が、此処に留まる唯一の理由がそこにあると、盞は踏んだのだ。


「確かに、その話は僕も知っています。でも、これでは取り調べでは?」

「それもそっか……何か、何かが掴めそうなんだけれど……」

「まさかとは思いますが、百日さん……或いは僕を題材にする気ですか?」

「まあ、元ネタ程度にはね」

 あまりにも命知らずだ。

(いや、百日さんが蛇の目持ちということは、限られた人間しか知らない。ならば、問題は僕の方だ)


『林道玲』を題材にする場合のリスクは、軽いものではない。

 一般人を、友人知人らを元ネタにするのとは訳が違う。

 君谷との会話を切り上げればならない程、今の林道は危うい状況に居る。

 そこに、蛇の目持ちとはいえ、一般人を巻き込むことは望んでいない。

 しかしこの事情を切り出すのは、ハッキリ言って難しい。


「玲さん? 難しい顔してどしたの?」

「どう、説明するか……それだけを考えていただけです。お気になさらず」

 笑顔を取り繕い、林道は取材を受ける姿勢へと戻る。

 盞も疑問には思ったが、時間が惜しかった。


「じゃあ、鈴ちゃんに関することから聞こうかな。あの火事の生き残り、ってので変な噂を流されているけれど、俺は鈴ちゃんは犯人じゃないと思う。と、すると――」

 そこまで言うと盞は急に黙り込む。

 そして、眼の前の林道の存在を忘れたかの勢いで、メモを取る。


「――だとしたら、こっちよりも、この方が……」

 すっかり集中してしまった盞に声をかけることは出来ず、その間林道は一人考えた。

 百日の目のこと、盞の目のこと――自分が追われていることを。

(何処で、立場が入れ替わった?)

 元々は、林道が追っていた筈なのだ。

 それが、いつの間にか立場が入れ替わっている。

(長く居すぎた、のは確かではあるが――)

 それだけではないだろう。

 長居が原因なら、もっと早く動きがあっても可笑しくないのだ。


(ただ、僕の居場所がバレた以上、百日さんに会えなくなった)

 そう、このままでは百日の目のこともバレてしまう。

 唯一情報を流す可能性がった、実家を海堂が消し去ってまで隠そうとした真相を、自分の存在で気づかれるわけにはならない。

 その場合、海堂が守り抜いた愛そのものが無駄になってしまう。


(じゃあ、どうすれば――)

「林道さん」

 唐突に口を開いた盞は、林道の顔を見ると真剣な声色で伝えた。

「俺、描けるかも。新作、一線級なやつ」

 自信がある、とは言っていたが此処までハッキリと自信を告げてくるとは思わなかった。

「多分、林道さんは止めると思う。でも、俺はこれが描きたい」

 そう言って差し出したのは、書き殴られたプロットだった。

 乱暴ながらもある程度は読める文字を一つ一つ解読しながら読んでいく。

 それは、林道と百日の間に起きた出来事を言い当てた内容だった。

 けれど、その出来事自体はスパイス程度のものだ。


 盞が描きたいもの、そして伝えたいもの、それはもう一人の話。

 海堂洛に憧れた、何処かの誰か。

「居たと思うんだ、洛先生に憧れた誰かが。きっと何処かに居たはずなんだ」

 きっと何処かに居た誰か。

 恐らくそれは、海堂が百日を託したもう一人の誰か。

(そういうえば、その人は未だこの地に現れていない……)

「でも、そういう人は鈴ちゃん以外に見たことがない。なら、此処に来られない……或いは、来たくない理由があると思うんだ」

 来られない理由は、遠方や多忙など色々想像はつく。

 ならば、来たくない理由だとしたら?

 その理由は、きっと――一つしか無い。

「嫉妬で鈴ちゃんに会いたくない誰かが、この世には、きっと居る」

 その時の盞は鋭い目をしていた。

 それもその筈。

 海堂洛は才能溢れる風景画家だった。

 ならば、嫉妬する人々と同じように憧れた人間が他にも居たはずなのだ。


 ――そんな画家に、たった一人弟子が居たとしたら?

 その弟子に全てを捧げたとしたら?

(そうだとしたら、会いたくないのも当然だ)

「俺は、そんな人にスポットを当てたい。実在の有無はこの際置いておいて、決して主役にはなれない人を描きたいんだ」

 まるで、自分がそうだったとでも言うように、盞は真剣な眼差しを向けた。

 林道は、何も答えられなかった。

 けれど、そこまで真剣に描きたいものがあるのだとしたら……林道は一つ、興味が湧いた。


「盞さんにも、居たんですか? そんな人が――」

「居たよ。大好きなイラストレーターが居た。でも、その人はある時を境に姿を消した。パッタリと投稿が止まっちゃったんだ」

 ああ、これは――知っている。

「影ちゃんに聞いても『知らない』の一点張り。アイツに限ってそれはないだろう、と思った」

 盞の表情は、一言ごとに暗くなる。

「その人はね、愛弟子がいるって話をよくしてた。その投稿を見る度に、悔しかった」

 知っている、そんなこと。

 誰よりもよく知っている。

 林道は、何も口を挟むことは出来なかった。


 そして、一呼吸置いて、いつもの明るい表情に戻ると盞は話を続ける。

「だから! そん時の俺をモデルにしようかとー……玲さん?」

「――あ、ええ。なんでも。良い案だと思いますよ」

「じゃあ、今日最後の質問――なんで、影ちゃんと伽藍朔の話をしていたの?」

 その目は、今までの盞とは違う。

 本物の嫉妬というのは、こういう目をするのだと、知らしめられた。

 持ちうる限りの負の感情が詰まった目。


「それは――」

「俺にも教えてくれなかった事件。なんで、玲さんには話したのかなって。……ただの、興味だよ」

 寂しそうに呟いた言葉に、林道はなんと返せばいいのか分からなかった。


「ごめん、玲さん。今度影ちゃんに聞くよ。その……また、後日」

 気まずそうに盞は笑った。

「……ええ、また後日。新作、応援していますよ」

 取り繕った笑顔で、林道は帰路についた。

 玄関まで見送った盞は、その背中を見ることが複雑だった。

「他に、居ないよなー……」

 一人、そう呟いた。

(誰よりも、俺が知りたかった事件を……影ちゃんが全くの他人に話すわけが無い)

 とはいえ、こんな八つ当たりで描く話が本当に通るのか、本当は自信がなかった。

(けれど、俺にしか描けない。俺が、描くしか無い。あのときの気持ちを、全部ぶつけるしかないんだ)

 その決意一つで、盞は机に向かった。

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