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第二節

 連れて行かれた場所は、とある小さな本屋。

 店ということもあり、遠慮なしに盞は大胆にドアを開けた。

えいちゃん居るー?」

 そう店内に響く声に対し、黒い髪が揺れ、ゆっくりと此方へ向かってくる。

 確実に盞を睨みつけながら。


「相変わらず……お前は、静かに来店すら出来ないのか?」

「急用なんだよ、影ちゃんの知恵が必要なんだって!」

「珍しく金をせびりに来たわけでは無い、と。というか――」

 その冷たい目は盞を捉え、真っ黒なその瞳で睨みつけていたが、背後の林道に気づき、ため息一つと引き換えに無表情へ変わる。

「影ちゃんって呼ぶな。特に、お客様がいらっしゃる時は」

「あ、玲さん。こいつが俺の漫画を酷評することで有名な幼馴染であり、目的の人物」

 『目的の人物』という言葉に疑問を覚えながら、林道に挨拶代わりに軽く頭を下げた。

君谷影きみやえいです。この度は春花が多大なるご迷惑を……」

「いえ、迷惑どころか、僕がお世話になる……というか……。僕は林道玲、貴方に聞きたいことがあり、此処に来ました」

 その言葉と名前を聞いて、君谷は数度頷くと、納得したかのように林道を裏へと案内する。


「どうぞ、此処でできる話ではありませんし……そもそも、この店自体俺一人で運営してるんで、春花に店番させとけば問題ないです」

「え、俺のこと放置する気?」

「店番だ、働け。情報料はそれでチャラ」

 不満そうは盞には目もくれず、君谷はそのまま裏へと進んでいった。


「えっと、お邪魔します……。盞さん、あの――」

「いいよ、いいよ。あとでたっぷり取材させてもらうからさ」


 裏側はバックヤード……というより、軽い居住スペースのようになっていた。

「ああ、楽にしていただいて」

「……失礼します」

 いくつかのファイルをテーブルに置くと、君谷の方から話を切り出した。


「聞きたいこと、って…………蛇の目関係ですか? それとも、?」

「――!」

 全てを知っている、直感がそう告げる。

(第一なんで、今朔さんの名前が……)

「それを聞きたいのは、憎いから? 復讐のため? 或いは、真実を知りたい……とか」

「そこまで分かっていて、なんで貴方は書店員なんですか……探偵でも食っていけそうですけれど」

「命は惜しいんで」

 あっさりとした回答、そして見透かされている事実に、林道は諦めて一つずつ聞くことにした。

 一見無表情に見える君谷だが、その目はこちらの顔色を伺っていることが分かった。


「……蛇目、という名字を持つ人物を……知っていますか?」

「知っている、と言うと語弊はありますが、まあ。この町には居ません。けれど、……と言うところでしょうか」

「では、蛇目は一体何処に……?」

 その言葉を聞いた君谷の目は、何かを見定めるように林道を眺める。

 少し悩んだ後、君谷は口を開いた。


「その前に。なんでそんなことを追っているか、林道さんの口から聞かせていただいても?」

「それは……」

 答えられなかった。

 林道がしようとしていることは、褒められたことではない。

 しかし、その生き方が決まってしまった以上変えることが出来ない。

 何より、林道の感情がそれを許さなかった。


「……なるほど。じゃあ、こっちから聞きましょうか。それは、林道家と関わりが? それとも、伽藍朔と? 或いは――」

「その両方、と答えたら……どうします?」

 林道の回答を咀嚼するかのように頷く。


「十分です。貴方が蛇の目持ち全員を敵視していないのであれば、此方としても問題はないので」

「蛇の目持ち全員を敵視していたら、百日さんは今頃この町には居ませんよ」

「それもそうですね」

 ファイルを一つ手に取り、それを眺めながら君谷は悩むような表情を浮かべた。

 告げるべきか、悩む情報がある。

 つまりはそういうことだ。


 「申し訳ない、今は……渡せる情報は殆ど無いと思います」

 「そうですか……」

 それは林道を信用していないことを意味するわけではない。

 ただ、『』の危険性もある。


「ただ、ちゃんと時が来たら伝えます。そうですね、アイツ……春花が、スランプから抜け出せた頃に」

「それって……」

 いつか分からない、と苦笑しようとして気付いた。

「――ただの、スランプじゃない?」

 君谷は深く頷いた。

(漫画家のスランプが、蛇目家と関係がある? そんな馬鹿げたことあるわけ筈ない……と言いたいけれど――)

 その話が否定できないのは、盞が蛇の目を持っていたからだ。

(何らかの妨害をしなければならない理由が漫画にある? それとも本人?)

 林道は思考を巡らせた。

 もしも、スランプが蛇目家の妨害だとしたら、自分が取材を受けることは――正しい選択だったのか?


「――林道さん」

「はい?」

「蛇の目に関する三つの家を何処までご存知ですか?」

 それは、自分の過去にも関係する話だと確信した。

「蛇目、林道、松笠……ですか? このどれかが関わっている……と?」

「蛇目はまだ伝えられない。林道は貴方のほうが詳しい。となれば――今日は第三勢力、の話でもしましょうか」

『松笠家』というのは耳にしたことがある気がする。

 まだ、実家に居た頃……何処かで聞いたはずなのだ。

 思い出そうと林道は、その提案を受け入れた。


「まず、松笠家は――」

 その時、君谷は言葉を止めた。

 完全、とまではいかないが、ここまで封鎖空間に近い場所で――視線を感じた。

(気の所為、なわけがない)

 出来る限り冷静に、しかしその場所は特定できるように、辺りに視線を送るも掴めずにいた。


「君谷さん?」

「林道さん、?」

「――何故、そんなことを?」

 この視線は、自分だけに向けられたものではない。

 林道にも向けられたものであり、その視線に含まれた感情を分析するに、林道は長く此処に留まるべきではない。

 君谷はそう判断した。


「――この町に長居することは、お勧めできません」

 その一言で林道は察した。

 かと言って、すぐに離れることも出来ない。

 盞との取引もあるが、百日も任されている。


「離れられない理由があるのなら、自宅の警備は厳重に。外にいる時は警戒を怠らない方が良い」

 真剣に目で訴える『追手は、この町にいる』と。

「――なるほど」

(追っていた、と思っていたけれど……いつの間にか、僕が追われていた、か)

 少し考えたあと、君谷の目に頷いた。


「今日は、失礼します。また後日、お話を聞きに訪ねても?」

「構いませんよ。……アイツを、よろしくお願いします」

 君谷は林道に頭を下げる。

 それは、盞がスランプから抜け出すには、林道の力が必要だということを意味していた。

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