連れて行かれた場所は、とある小さな本屋。
店ということもあり、遠慮なしに盞は大胆にドアを開けた。
「
そう店内に響く声に対し、黒い髪が揺れ、ゆっくりと此方へ向かってくる。
確実に盞を睨みつけながら。
「相変わらず……お前は、静かに来店すら出来ないのか?」
「急用なんだよ、影ちゃんの知恵が必要なんだって!」
「珍しく金をせびりに来たわけでは無い、と。というか――」
その冷たい目は盞を捉え、真っ黒なその瞳で睨みつけていたが、背後の林道に気づき、ため息一つと引き換えに無表情へ変わる。
「影ちゃんって呼ぶな。特に、お客様がいらっしゃる時は」
「あ、玲さん。こいつが俺の漫画を酷評することで有名な幼馴染であり、目的の人物」
『目的の人物』という言葉に疑問を覚えながら、林道に挨拶代わりに軽く頭を下げた。
「
「いえ、迷惑どころか、僕がお世話になる……というか……。僕は林道玲、貴方に聞きたいことがあり、此処に来ました」
その言葉と名前を聞いて、君谷は数度頷くと、納得したかのように林道を裏へと案内する。
「どうぞ、此処でできる話ではありませんし……そもそも、この店自体俺一人で運営してるんで、春花に店番させとけば問題ないです」
「え、俺のこと放置する気?」
「店番だ、働け。情報料はそれでチャラ」
不満そうは盞には目もくれず、君谷はそのまま裏へと進んでいった。
「えっと、お邪魔します……。盞さん、あの――」
「いいよ、いいよ。あとでたっぷり取材させてもらうからさ」
裏側はバックヤード……というより、軽い居住スペースのようになっていた。
「ああ、楽にしていただいて」
「……失礼します」
いくつかのファイルをテーブルに置くと、君谷の方から話を切り出した。
「聞きたいこと、って…………蛇の目関係ですか? それとも、
「――!」
全てを知っている、直感がそう告げる。
(第一なんで、今朔さんの名前が……)
「それを聞きたいのは、憎いから? 復讐のため? 或いは、真実を知りたい……とか」
「そこまで分かっていて、なんで貴方は書店員なんですか……探偵でも食っていけそうですけれど」
「命は惜しいんで」
あっさりとした回答、そして見透かされている事実に、林道は諦めて一つずつ聞くことにした。
一見無表情に見える君谷だが、その目はこちらの顔色を伺っていることが分かった。
「……蛇目、という名字を持つ人物を……知っていますか?」
「知っている、と言うと語弊はありますが、まあ。この町には居ません。けれど、
「では、蛇目は一体何処に……?」
その言葉を聞いた君谷の目は、何かを見定めるように林道を眺める。
少し悩んだ後、君谷は口を開いた。
「その前に。なんでそんなことを追っているか、林道さんの口から聞かせていただいても?」
「それは……」
答えられなかった。
林道がしようとしていることは、褒められたことではない。
しかし、その生き方が決まってしまった以上変えることが出来ない。
何より、林道の感情がそれを許さなかった。
「……なるほど。じゃあ、こっちから聞きましょうか。それは、林道家と関わりが? それとも、伽藍朔と? 或いは――」
「その両方、と答えたら……どうします?」
林道の回答を咀嚼するかのように頷く。
「十分です。貴方が蛇の目持ち全員を敵視していないのであれば、此方としても問題はないので」
「蛇の目持ち全員を敵視していたら、百日さんは今頃この町には居ませんよ」
「それもそうですね」
ファイルを一つ手に取り、それを眺めながら君谷は悩むような表情を浮かべた。
告げるべきか、悩む情報がある。
つまりはそういうことだ。
「申し訳ない、今は……渡せる情報は殆ど無いと思います」
「そうですか……」
それは林道を信用していないことを意味するわけではない。
ただ、『
「ただ、ちゃんと時が来たら伝えます。そうですね、アイツ……春花が、スランプから抜け出せた頃に」
「それって……」
いつか分からない、と苦笑しようとして気付いた。
「――ただの、スランプじゃない?」
君谷は深く頷いた。
(漫画家のスランプが、蛇目家と関係がある? そんな馬鹿げたことあるわけ筈ない……と言いたいけれど――)
その話が否定できないのは、盞が蛇の目を持っていたからだ。
(何らかの妨害をしなければならない理由が漫画にある? それとも本人?)
林道は思考を巡らせた。
もしも、スランプが蛇目家の妨害だとしたら、自分が取材を受けることは――正しい選択だったのか?
「――林道さん」
「はい?」
「蛇の目に関する三つの家を何処までご存知ですか?」
それは、自分の過去にも関係する話だと確信した。
「蛇目、林道、松笠……ですか? このどれかが関わっている……と?」
「蛇目はまだ伝えられない。林道は貴方のほうが詳しい。となれば――今日は第三勢力、
『松笠家』というのは耳にしたことがある気がする。
まだ、実家に居た頃……何処かで聞いたはずなのだ。
思い出そうと林道は、その提案を受け入れた。
「まず、松笠家は――」
その時、君谷は言葉を止めた。
完全、とまではいかないが、ここまで封鎖空間に近い場所で――視線を感じた。
(気の所為、なわけがない)
出来る限り冷静に、しかしその場所は特定できるように、辺りに視線を送るも掴めずにいた。
「君谷さん?」
「林道さん、
「――何故、そんなことを?」
この視線は、自分だけに向けられたものではない。
林道にも向けられたものであり、その視線に含まれた感情を分析するに、林道は長く此処に留まるべきではない。
君谷はそう判断した。
「――この町に長居することは、お勧めできません」
その一言で林道は察した。
かと言って、すぐに離れることも出来ない。
盞との取引もあるが、百日も任されている。
「離れられない理由があるのなら、自宅の警備は厳重に。外にいる時は警戒を怠らない方が良い」
真剣に目で訴える『追手は、この町にいる』と。
「――なるほど」
(追っていた、と思っていたけれど……いつの間にか、僕が追われていた、か)
少し考えたあと、君谷の目に頷いた。
「今日は、失礼します。また後日、お話を聞きに訪ねても?」
「構いませんよ。……アイツを、よろしくお願いします」
君谷は林道に頭を下げる。
それは、盞がスランプから抜け出すには、林道の力が必要だということを意味していた。