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第一節

 歪みの隙間、そこにきっと求めたものは有るのだと、手を伸ばした。

 別れの痛みと共に。


 日射しがすっかり暖かくなった頃、木々は緑に花咲かせ、それを写真に撮る人物が一人。

 林道玲は、あの秋からこの町に留まっていた。

「春の景色も、なかなか見応えのある町ですね」

 だが、林道には探し人が居た。


 それは百日との会話で聞き出したもの。

「何か……不思議な格好や、やたら視力の良い人は、この町にいませんか?」

 そう、問いかけた林道に、おにぎりを一口頬張り、青い着物を着た――百日鈴は咀嚼しつつ考えた。

「……ずいぶん限定的ですね」

 二口目を食べる前に、何かを思い出しかのように止まった。

「あー……一人、居ますよ」


 その人物は、法被を年中身に纏い、中はヒートテックという季節感がチグハグな人物だという。

「確か、名前は――」

さかずき盞春花さかずきしゅんか。俺のこと探してましたー?」

 背後の声に振り返ると、百日があげた特徴そのままの人物がそこには居た。

「おん? んー?」

「な、なんです……?」

 林道の返答を待たずに、林道に近づきその姿を観察する。


「ああ! 貴方が噂の旅する写真家さんか。そんな有名人が、どうしてまた」

「僕は林道玲。貴方に聞きたいことがあり、探していました」

 その言葉には盞は首を傾げる。

 自分にはなにもないと言わんばかりに。


、という名字を持つ人物を知っていますか?」

「知らない。少なくとも俺は知らないけれど――知ってる可能性がある奴なら、居る」

 では、と林道が口を開こうとした瞬間、盞は手を前に出し『待て』のポーズを取る。


「いくら貴方が鈴ちゃんのことで話題になっていようと、そう簡単に教えられるもんじゃない」

(なるほど、警戒心は高いタイプか)

 盞の分析をしていると、それに気づいたのか、手を下げた。

「……林道玲さん、だっけ? まずは互いのことをよく知るべきだと思うよ。何があったかは知らないけれど、玲さんの目は後悔に染まってる」

「……それは、どういった意味でしょうか」

「図星、っぽいね。玲さん、ついてきて。まずは楽しくお話しようじゃないですか」

 やりづらい人だ、と直感で思った。

 ペースを全て持っていかれる。

 それは林道にとっては、情報が引き出せないという点で不利に働く。


 春を詰め込んだように、明るい髪くふわりとした髪を揺らし、盞は笑う。

「そんな警戒しないでよ。こう見えてもホント、一般人だからさ」

 その目の瞳孔は、

(――蛇の目……! 百日さんに次いで、なんでこの町は蛇の目の遭遇率が高いんだ……?)

 警戒と疑問が頭を埋め尽くす。

 そんな林道を不思議そうに眺めたあと、盞はもう一度笑った。

「ほら、早く行きましょ。こんな外でする話じゃないでしょ? 多分、だけれどさ」

 その言葉に林道はぎこちなく頷き、一つ質問を残した。


「それで……何処へ行くのですか?」

「ん? 俺の家だけれど」

 先程までの警戒心は何だったのか、と思うほど、盞はあっさりと家にあげた。


「どーぞ、狭い家ですけれど。というか、鈴ちゃんのところが広すぎるんだけれど……ホント狭いでしょ?」

「いえ、僕も家そんな変わらな無いので……」

「そう?」

 明るさを絶やさず、盞は笑った。

 何故出会ったばかりの自分を、それも警戒していた相手を、家に入れるのか……林道は理解が出来なかった。


 案内された部屋には、紙の山が彼方此方にできており、盞は気まずそうに笑う。

「あはは……足元にも多分資料とか落ちてるから、転ばないように気をつけて……」

「……凄い数の資料ですね」

 素直に感心する量の山だ。

 しかし、此処まで――山を作るほど、資料を集める必要とは、何だ?

 林道の中にはそんな疑問が浮かんだ。


「全部が資料ってわけじゃないよ。ボツになった原稿やネーム、設定メモとかも有るから」

「はあ……そういえば、ご職業は?」

「何処にでも居る普通の漫画家。まあ、一時期は一線級までいけたけれど――」

 床に落ちている一枚の紙を拾い上げ、苦笑した。

「……最近はちょーっとスランプでね。まあ、心折れるくらいダメ出ししてくる幼馴染のおかげで、担当編集に何言われてもメンタル保てるようにはなったけれどね」

 そのまま林道に向き直ると、盞は強気に笑った。

「でも、次は自信あるんだよ。なんたって、貴方に会えたからね、玲さん」

「僕、ですか?」

「そう、俺は玲さんに取材をする代わりに……蛇目とやらを知ってそうな人を紹介する。他にも必要な情報があれば、手を貸すし……まあ、あいつも貸すだろう」

 そう、これは交渉だ。

 強気に出ている盞は交換条件を提示し、林道が最も求めるものを餌としている。


「どう? 悪い条件じゃないとは思うけれど。個人的に貴方にとても興味がある。作家人生が変わるって直感が言っているんだ」

 食らいつくのは簡単だ。

 罠である可能性など、何度も考えた。

「藁にも縋りたいと思うんだけれど、違った?」

「……よく、お分かりで」

「漫画家だよ? 人間観察はお手の物ってね」

 人間観察、それは林道に深く残っている言葉の一つ。

 それをここで出されたということは、乗るしか無いのだろう。


「分かりました、協力しましょう。盞さん」

「よっし、じゃあ取材は此処でするから、定期的に来てね。あとは――」

 例の蛇目を知っていそうな人間だ。

 全ては、そこに行って漸く動き出すのだろう。

「これから会いに行こうか」

 盞は、そう笑った。

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