数日、それも三日だけ預かる……ただ、それだけのこと。
けれど、百日と海堂の二人が再会することはない。
それだけが、林道の心には引っかかっていた。
「……うん。じゃあね、鈴」
抱きしめていた百日から離れ、そっと頭を撫でながら、名残惜しそうに呟いた。
「じゃあ……改めて。お掃除頑張ってね。洛さん」
最後まで、海堂は告げなかった。
もう――二度と会えないことを。
「それでは林道さん――鈴のこと、よろしくお願いします」
「はい……。それでは、また」
決意の宿ったその目には何も言えず、ただ林道の胸に悔しさが残る。
百日は、海堂が扉を締め、完全に姿が見えなくなるまで手を振っていた。
その表情は普段と変わらない。
(本当に気づいていないのか、それとも――)
「ねぇ、林道さん」
「はい?」
扉をただじっと見つめたまま、百日は呟いた。
「サンタクロース、って知ってますか?」
突拍子もない、季節外れの単語。
林道には――馴染みのない単語。
「いい子のところにはプレゼントを持ってきてくれる、って人」
「いえ……僕は……そういった事には疎くて」
「そっか」
困ったように笑う林道を百日は見上げ、笑った。
「じゃあ、一緒ですね」
予想外の言葉に困惑した。
それは百日にも伝わっていたようで、話を続けた。
「僕ね、来たこと無いんです。それに、僕がその存在を知ったのは、海堂さんの家でテレビを見てた時。偶然知った」
百日は林道の手を取ると、諦めたような微笑みを向けた。
「だから、一緒なんです。僕はいい子じゃなかったから……ってこれだと、林道さんも悪い人になっちゃうか」
「僕は……」
一呼吸置いて、言葉を続けた。
「僕は、悪い人ですよ。……少なくとも、良い子供ではなかったようですから」
少年時代を諦めた二人は、お互いの目を見て自然と笑いあった。
忘れたい、隠したい、そんな想いを胸に。
それを吹き飛ばすかのように笑った。
虚しい行為だとしても、欠けた心を抱えた存在同士で、ただ笑いあったのだ。
何かが満たされるわけでは無いけれど、それでも。
「……ホットミルクでも、飲みましょうか」
「林道さん特製の?」
「ええ、勿論」
暫く笑って、落ち着いて、寂しくなった。
百日が手は冷えてたが、理由にはしなかった。
ただ、懐かしい温もりに身を任せたい気分だった。
「じゃあ、お願いします」
その気持ちは百日も同じだと、言葉にしなくても伝わった。
(林道さんって……不思議な人だなぁ)
家から持ってきていたマグカップを手渡し、そんな想いが浮かんだ。
「楽にして待っていてください。数日は此処で過ごすわけですから、好きに見ていて構いませんよ」
(悪い人、ってほど悪意は感じないし、むしろ良い人だと思う)
ソファに腰を掛け、林道のホットミルクを待ったまま、窓から見える空をぼうっと眺めた。
(しっかり大人なのに、たまに僕と似たような……子供っぽさ、みたいな目をする)
まだ昼間だと言うのに、カーテンに当たる光は紅葉のような朱だった。
(……本当は、どんな人なんだろう)
自分は林道のことを殆ど知らないのだと、実感した。
ぼんやりと湧いた興味は、直感で踏み入ってはならないと思った。
けれど、もしも許されるのなら――きっといつか、本当に友人になれるのではないか、と淡い願望を抱いたのだった。
「お待たせいたしました。外、見ていたんですか?」
「あ、はい。まだ青空なのに、カーテンは夕日と同じ色、してたので」
「今日も見に行きますか?」
マグカップをテーブルに置く林道に対し、百日は首を振った。
「……今は、絵が描けないので……。見に行ったら、描きたくてそわそわしちゃうので」
「……そうですか」
その声は、海堂に似た暖かさを感じた。
(洛さんも、此処に居たら良かったのに……大規模な掃除なんて、そんなの、しないだろうに)
海堂が嘘を吐いた事には気づいていた。
けれど、目を逸らし続けていた自分が、今更視線を合わせることはできなかった。
そんな資格はないと、思ってしまったから。