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十五節 さいごの一日目。

 数日、それも三日だけ預かる……ただ、それだけのこと。

 けれど、百日と海堂の二人が再会することはない。

 それだけが、林道の心には引っかかっていた。


「……うん。じゃあね、鈴」

 抱きしめていた百日から離れ、そっと頭を撫でながら、名残惜しそうに呟いた。

「じゃあ……改めて。お掃除頑張ってね。洛さん」

 最後まで、海堂は告げなかった。

 もう――二度と会えないことを。


「それでは林道さん――鈴のこと、よろしくお願いします」

「はい……。それでは、また」

 決意の宿ったその目には何も言えず、ただ林道の胸に悔しさが残る。


 百日は、海堂が扉を締め、完全に姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 その表情は普段と変わらない。

(本当に気づいていないのか、それとも――)

「ねぇ、林道さん」

「はい?」

 扉をただじっと見つめたまま、百日は呟いた。

「サンタクロース、って知ってますか?」

 突拍子もない、季節外れの単語。

 林道には――馴染みのない単語。

「いい子のところにはプレゼントを持ってきてくれる、って人」

「いえ……僕は……そういった事には疎くて」

「そっか」

 困ったように笑う林道を百日は見上げ、笑った。

「じゃあ、一緒ですね」

 予想外の言葉に困惑した。

 それは百日にも伝わっていたようで、話を続けた。


「僕ね、来たこと無いんです。それに、僕がその存在を知ったのは、海堂さんの家でテレビを見てた時。偶然知った」

 百日は林道の手を取ると、諦めたような微笑みを向けた。

「だから、一緒なんです。僕はいい子じゃなかったから……ってこれだと、林道さんも悪い人になっちゃうか」

「僕は……」

 一呼吸置いて、言葉を続けた。

「僕は、悪い人ですよ。……少なくとも、良い子供ではなかったようですから」

 少年時代を諦めた二人は、お互いの目を見て自然と笑いあった。

 忘れたい、隠したい、そんな想いを胸に。

 それを吹き飛ばすかのように笑った。

 虚しい行為だとしても、欠けた心を抱えた存在同士で、ただ笑いあったのだ。

 何かが満たされるわけでは無いけれど、それでも。


「……ホットミルクでも、飲みましょうか」

「林道さん特製の?」

「ええ、勿論」

 暫く笑って、落ち着いて、寂しくなった。

 百日が手は冷えてたが、理由にはしなかった。

 ただ、懐かしい温もりに身を任せたい気分だった。

「じゃあ、お願いします」

 その気持ちは百日も同じだと、言葉にしなくても伝わった。

(林道さんって……不思議な人だなぁ)

 家から持ってきていたマグカップを手渡し、そんな想いが浮かんだ。

「楽にして待っていてください。数日は此処で過ごすわけですから、好きに見ていて構いませんよ」

(悪い人、ってほど悪意は感じないし、むしろ良い人だと思う)

 ソファに腰を掛け、林道のホットミルクを待ったまま、窓から見える空をぼうっと眺めた。

(しっかり大人なのに、たまに僕と似たような……子供っぽさ、みたいな目をする)

 まだ昼間だと言うのに、カーテンに当たる光は紅葉のような朱だった。

(……本当は、どんな人なんだろう)

 自分は林道のことを殆ど知らないのだと、実感した。

 ぼんやりと湧いた興味は、直感で踏み入ってはならないと思った。

 けれど、もしも許されるのなら――きっといつか、本当に友人になれるのではないか、と淡い願望を抱いたのだった。


「お待たせいたしました。外、見ていたんですか?」

「あ、はい。まだ青空なのに、カーテンは夕日と同じ色、してたので」

「今日も見に行きますか?」

 マグカップをテーブルに置く林道に対し、百日は首を振った。

「……今は、絵が描けないので……。見に行ったら、描きたくてそわそわしちゃうので」

「……そうですか」

 その声は、海堂に似た暖かさを感じた。


(洛さんも、此処に居たら良かったのに……大規模な掃除なんて、そんなの、しないだろうに)

 海堂が嘘を吐いた事には気づいていた。

 けれど、目を逸らし続けていた自分が、今更視線を合わせることはできなかった。

 そんな資格はないと、思ってしまったから。

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