曇り空の下、公園で一人空を見上げている姿を見かけた。
林道はすぐにその姿が百日だと分かった。
「夕日、今日は見られそうにありませんね」
「林道さん……」
「悩み事ですか? それとも……喧嘩したとか」
「そんなんじゃないですよ。ただ……」
百日は言葉に詰まる。
どう伝えたら良いのか、分からなくなってしまったのだ。
林道は百日に近づき、目線を合わせた。
焦らなくて良い、というように。
「……洛さんが、最近なんというか、変なんですよ」
「海堂さんが? それは――」
「こんなこと言ったら、洛さんに嫌われちゃうかも、なんですけど……昨日みたいなこと、しない人だったんです」
何故百日が嫌われる可能性があるんだ?
海堂が百日に嫌われるのならともかく、何故百日がそれを恐れている?
しかし、林道がどれだけ考えても答えは出ない。
「林道さん、洛さんは――」
その次の言葉が、林道に深く刺さり、言葉を失った。
「悪い人じゃないんだよ」
「……そう、ですか」
共依存、それが一番この二人には近い言葉だろう。
お互いがお互いを失うことを恐れている。
だから、百日は海堂を嫌えなかったのだ。
そうして、林道は海堂の今の状態を考える。
(まさか――)
たどり着いた答えは、最悪のものだった。
「林道さん、どうしたんですか?」
「いえ、なんでも……」
不思議そうな表情を浮かべる百日を見て、林道は焦りが加速する。
もしも、共依存状態にあった二人が、片方を失ったらどうなるだろうか。
その後を想像するのは容易い。壊れてしまうか、後を追うかの二択だ。
では、もしもそれを利用しようとしていたら?
林道が恐れているのは、その一点だった。
海堂がもし、百日が依存していることに気づいているのなら――利用するに違いない、と。
昨晩の様子から、その可能性を否定しきれなくなってしまったのだ。
「百日さん、一つだけ聞かせてください。何故、彼に嫌われる可能性を考えたのです?」
「それは……洛さんが、昨日のことは夢だって言ってたから……夢だと思えない僕は、きっと――」
「いえ、もう大丈夫です。百日さん、昨日のことは夢じゃない。海堂さんに何を言われようと、自己暗示をかけないでください」
林道の目はハッキリと百日を見つめている。
「えっと……」
唐突にそんなことを言われ、困惑するも、その目が嘘を吐いていないことは百日にも理解できた。
(じゃあ、僕は――誰を信じたら良いんだろう)
ずっと信じていた海堂は嘘を重ね、林道は海堂と正反対の事を言う。
もう、信じるべきものを見失ってしまいそうで、百日は俯いた。
「僕の言葉を信じろ、とは言いません。ただ、自分のことは、自分が見たもの、経験したもの、抱いた感情諸々……それは信じてあげてください。自分のために」
「林道さん……僕、僕は……」
どうしようもない程に、自分のことを信じられない。
それは百日が歩んできた人生によるものだった。
そう簡単に変えられるものではない。
けれど信じようともしないのは、此処まで真っ直ぐ伝えている林道に対し失礼になるのではないか。
百日は、そう考えた。そう考えると、自分を信じることに多少は抵抗も薄くなる。
「……ありがとう、ございます」
「僕は何もしていませんよ」
そう微笑む林道は、かつての海堂を彷彿とさせた。
(ああ、苦しいな)
海堂は、家で待っているのに、こんなに外に長居してしまった。
それも、初めて『帰りたくない』という感情を抱いて。
(あんなに、優しかったのに――今じゃ、その優しさが怖く感じる、なんて)
家族を疑いたくは無かった。
家族であること、それすらも疑いたくは無かったと言うのに。
(言えるわけ、ないよな)
感情に蓋をしながら、星空へと変わる空を見た。
「そろそろ帰らなくちゃ……」
「付き添いましょうか? だいぶ暗いですし」
「……お言葉に甘えて、良いですか?」
「勿論」
二人は歩幅を合わせ、歩いて行く、。
林道としても、海堂と直接話すべきだと感じていたからだ。
(この状況、洛さんにどう説明しよう……)
百日はそんなことをぼんやりと考えた。
しかし、答えは出ない。
今の海堂洛は、自分が知っている海堂洛では無いのだから。
何を言っても、その言葉に意味は持たないかもしれない。
それでも、今はまだ、海堂を信じたい気持ちが残っていた。
だからこそ、説明に悩む。
海堂を納得させるには、自分も、嘘を吐くしか無いのだろう。
しかし、それを海堂が許すだろうか。
それだけが、百日にとっての不安材料だった。
「百日さん、着きましたよ」
「あ、ぼんやりしてました。えっと、送ってくれて有難うございます」
「いえ、その代わり、と言ってはなんですが、少し海堂さんとお話させていただいても?」
「えっと……はい。呼んできます」
百日の目は一瞬恐怖の色を見せるも、それでも頷いた。
(悪いことをしたな……)
そんな姿に、林道も罪悪感を抱いていた。
駆け足で家の中に入り、そのまま海堂を呼びに行く百日の背中を見ながら、海堂に何処まで詰め寄るべきか悩んでいた。
「あの……林道さん、どうかなさいましたか?」
「ああ……ええ、海堂さん。少々お話したいことが有っただけです」
近くに百日の姿は見当たらない。
海堂も大体何の話か、予想は出来ていたのだろう。
百日に聞かせたくない話だと、気づいていたのだろう。
「――貴方は、何をしようとしているのですか?」