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十二節

 曇り空の下、公園で一人空を見上げている姿を見かけた。

 林道はすぐにその姿が百日だと分かった。


「夕日、今日は見られそうにありませんね」

「林道さん……」

「悩み事ですか? それとも……喧嘩したとか」

「そんなんじゃないですよ。ただ……」

 百日は言葉に詰まる。

 どう伝えたら良いのか、分からなくなってしまったのだ。


 林道は百日に近づき、目線を合わせた。

 焦らなくて良い、というように。

「……洛さんが、最近なんというか、変なんですよ」

「海堂さんが? それは――」

「こんなこと言ったら、洛さんに嫌われちゃうかも、なんですけど……昨日みたいなこと、しない人だったんです」

 何故百日が嫌われる可能性があるんだ?

 海堂が百日に嫌われるのならともかく、何故百日がそれを恐れている?

 しかし、林道がどれだけ考えても答えは出ない。


「林道さん、洛さんは――」

 その次の言葉が、林道に深く刺さり、言葉を失った。

「悪い人じゃないんだよ」


「……そう、ですか」

 共依存、それが一番この二人には近い言葉だろう。

 お互いがお互いを失うことを恐れている。

 だから、百日は海堂を嫌えなかったのだ。

 そうして、林道は海堂の今の状態を考える。

(まさか――)

 たどり着いた答えは、最悪のものだった。


「林道さん、どうしたんですか?」

「いえ、なんでも……」

 不思議そうな表情を浮かべる百日を見て、林道は焦りが加速する。

 もしも、共依存状態にあった二人が、片方を失ったらどうなるだろうか。

 その後を想像するのは容易い。壊れてしまうか、後を追うかの二択だ。


 では、もしもそれを利用しようとしていたら?

 林道が恐れているのは、その一点だった。

 海堂がもし、百日が依存していることに気づいているのなら――利用するに違いない、と。

 昨晩の様子から、その可能性を否定しきれなくなってしまったのだ。


「百日さん、一つだけ聞かせてください。何故、彼に嫌われる可能性を考えたのです?」

「それは……洛さんが、昨日のことは夢だって言ってたから……夢だと思えない僕は、きっと――」

「いえ、もう大丈夫です。百日さん、昨日のことは夢じゃない。海堂さんに何を言われようと、自己暗示をかけないでください」

 林道の目はハッキリと百日を見つめている。

「えっと……」

 唐突にそんなことを言われ、困惑するも、その目が嘘を吐いていないことは百日にも理解できた。


(じゃあ、僕は――誰を信じたら良いんだろう)

 ずっと信じていた海堂は嘘を重ね、林道は海堂と正反対の事を言う。

 もう、信じるべきものを見失ってしまいそうで、百日は俯いた。

「僕の言葉を信じろ、とは言いません。ただ、自分のことは、自分が見たもの、経験したもの、抱いた感情諸々……それは信じてあげてください。自分のために」

「林道さん……僕、僕は……」

 どうしようもない程に、自分のことを信じられない。

 それは百日が歩んできた人生によるものだった。

 そう簡単に変えられるものではない。


 けれど信じようともしないのは、此処まで真っ直ぐ伝えている林道に対し失礼になるのではないか。

 百日は、そう考えた。そう考えると、自分を信じることに多少は抵抗も薄くなる。


「……ありがとう、ございます」

「僕は何もしていませんよ」

 そう微笑む林道は、かつての海堂を彷彿とさせた。

(ああ、苦しいな)

 海堂は、家で待っているのに、こんなに外に長居してしまった。

 それも、初めて『帰りたくない』という感情を抱いて。

(あんなに、優しかったのに――今じゃ、その優しさが怖く感じる、なんて)

 家族を疑いたくは無かった。

 家族であること、それすらも疑いたくは無かったと言うのに。

(言えるわけ、ないよな)

 感情に蓋をしながら、星空へと変わる空を見た。


「そろそろ帰らなくちゃ……」

「付き添いましょうか? だいぶ暗いですし」

「……お言葉に甘えて、良いですか?」

「勿論」

 二人は歩幅を合わせ、歩いて行く、。

 林道としても、海堂と直接話すべきだと感じていたからだ。


(この状況、洛さんにどう説明しよう……)

 百日はそんなことをぼんやりと考えた。

 しかし、答えは出ない。

 今の海堂洛は、自分が知っている海堂洛では無いのだから。

 何を言っても、その言葉に意味は持たないかもしれない。

 それでも、今はまだ、海堂を信じたい気持ちが残っていた。


 だからこそ、説明に悩む。

 海堂を納得させるには、自分も、嘘を吐くしか無いのだろう。

 しかし、それを海堂が許すだろうか。

 それだけが、百日にとっての不安材料だった。


「百日さん、着きましたよ」

「あ、ぼんやりしてました。えっと、送ってくれて有難うございます」

「いえ、その代わり、と言ってはなんですが、少し海堂さんとお話させていただいても?」

「えっと……はい。呼んできます」

 百日の目は一瞬恐怖の色を見せるも、それでも頷いた。

(悪いことをしたな……)

 そんな姿に、林道も罪悪感を抱いていた。


 駆け足で家の中に入り、そのまま海堂を呼びに行く百日の背中を見ながら、海堂に何処まで詰め寄るべきか悩んでいた。

「あの……林道さん、どうかなさいましたか?」

「ああ……ええ、海堂さん。少々お話したいことが有っただけです」

 近くに百日の姿は見当たらない。

 海堂も大体何の話か、予想は出来ていたのだろう。

 百日に聞かせたくない話だと、気づいていたのだろう。


「――貴方は、何をしようとしているのですか?」

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