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十節

 家族なのだから、大事にするのは当然だと思う。

 少なくとも、海堂の常識の中ではそうだった。


 林道と別れたあと、海堂はというべきか、百日家に向かった。

(鈴があんな状態になっていた――と、いうことは)

 もしや、といくつか百日を追い込んだ要因を考える。

 そのうちの一つは――海堂自身だ。

 自身が原因、というのは一番に考えた。

 だからこそ、他の可能性を探っていたのだ。


 もはや家しか残っていない百日家を見て、海堂は呼吸を一つ、まるで安心したかのように吐いた。

 否、安心したのだ。


「これなら――生き残りなど居るはずもあるまい……とか、考えていたりしません?」

「っ! 林道、さん……? 何故此処に……」

「百日家……いえ、もう家の形を成していませんから……旧百日家、とでも言うべきでしょうか、僕の家の帰り道にあるんですよ」

「……え?」

 それは思わず口から溢れた言葉だった。

「おや、不思議な反応をしますね。やましいことでもあるかのようです」

「……そんなわけ、無いじゃないですか。ふ、はは、林道さんったら、そんな不謹慎なこと思うわけがないじゃないですか」

 ああ、思う筈など無い。

 真実はすべて知っているのだ。

 確認することはあれど、疑うことなど無い。

 問題はそちらでは無いのだから。


「――鈴は、此処を通ったのですか?」

「何故そんな事を気にするのです? 百日さんも思春期ですから、過保護は嫌われますよ」

「そうですね、でもこの確認は必要なことなんです。過保護だとしても……いや、嫌われるとしても、ね」

 海堂にとって重要なのは、今後のことではない。

 今とこれまでのことであり、それは全て百日が関係するものだ。

 つまり、百日が此処を通ったとするのならば――自分は嫌われて当然だと分かっている。

 それ以上に彼に何かがあった可能性を失くしたかったのだ。


「そりゃあ勿論、通りましたよ」

「……そうですか」

「明らかに不機嫌そうですが――いつまで誤魔化しているつもりなんですか?」

 林道のその問は、海堂にとっては不愉快そのものだ。

 しかし、誤魔化し続けているのもまた事実であった。


「百日さんに対しても。自分自身にも」

「林道さんは、何処まで知っているんですか?」

 感情のこもらない冷たい声音。

 林道は表情一つ崩さずに笑ったまま答える。

「さあ? どこまででしょう」

「――っ、どうやら此処で貴方と会ったことが運の尽きのようだ」

「そうかもしれませんね。ですが、僕はただだけ何処にも話すつもりはりませんし、手を出す気だって……ねぇ?」

 林道のその言葉、その表情は、海堂の不安を煽る。


「鈴には何もしていない、んですよね」

「ええ。まあ、僕が正直に話しているのか否か、判断はお任せします」

 林道は笑みを崩さない。

 あの時、最愛の家族と似ていると感じた人物は、今こうして笑顔のまま自分を追い詰める。

(いや、きっと――鈴の代わりなんだろう)

 百日の代わりに林道という人物が、隠していた罪を責めるのは、百日にそれは出来ないからだろう。

 そう、判断した。

(鈴が、怒るべきことを、林道さんは――)

 それは逃避の思考と分かりながらも。


「自分で踏み出さないことには、誤魔化し続けた幕引きになります。それは――百日さんに失礼では?」

「鈴、は……何処まで知っていますか?」

「それは、百日さんしか分からないでしょうね」

 当然の回答ではあるものの、海堂にとっては不安材料が増えるだけだった。


「私は……手放したくないんですよ、まだ」

 海堂の弱音は心の底から溢れ出たものだった。


「まだ、あの日の答えは出ていない……と。百日さんへのプレゼントも、お別れもきちんと出来ていない。そうでしょう?」

「鈴のことを、手放したくない。林道さん、貴方も……鈴によく似ているから……」

 そう言って海堂は林道の頬に手を伸ばす。

 海堂の目は、愛に満たされていた。

(この人……!)

 だから、林道のことも手放したくない。

 その事実に、林道の本能が恐怖を覚える。


「鈴のこと、貴方だから任せられるんですよ。林道さん」

 そんなことを言いながら、海堂が離れる気配はない。

「ちゃんとお別れをするために、林道さんは……お手伝い、してくださりますか?」

「……なら、離れてください。僕は、貴方の愛する百日鈴ではない」

 海堂の手を掴み、引き剥がす。

 睨みつけても、海堂のその表情が揺らぐことはない。


「ふふ、失礼しました。ねぇ、林道さん」

「なんですか?」

「なんで、私達の家の場所、覚えていたんですか? 貴方がやって来たルートも、鈴が教えた道とは違った……一体何故です?」

 海堂の笑みは、林道の目よりも冷たい。

 笑っているのに、笑っていない。

 ドロドロとした複雑な感情が纏わりついてくる感覚を、林道は覚えた。


「写真家を見くびらないでいただきたいですね」

 それは林道の精一杯の虚勢だった。

「最短ルートくらい、導き出せますよ」

「写真のおかげ、でしょうか。それともカメラの?」

「どちらも、でしょうか」

 逃げ場がない、林道の直感が告げる。

 海堂がこの場を去るまで、林道は身動きがとれない。


「だから、そのカメラが相棒なのですね」

「それ、は――」

 違う、そう言いたかった。

 けれど、この人にそれを伝えてはならない。


「何故言葉に詰まるのですか?」

「……貴方には関係がない話です」

「おや、寂しい」

 そう告げる海堂は、微笑みかけたまま。

 林道が距離を取るも、それさえ気にせず百日家だった場所を背に、笑っている。


「林道さん、今日は月明かりもない静かな夜――あの日と同じですね」

「貴方が、それを言うのですか」

「林道さん貴方は――もう少し警戒心を持ったほうが良い」

 海堂はそう囁いた。

 それは、海堂の警告。

 ――しかし、一体何に対して?

 林道は思考を巡らす。

 その際も、警戒心は解いていない。


「私は貴方には何もしませんよ。鈴のことを任せたいと思ったのは、貴方だけなので」

「では、どうするおつもりで……?」

 海堂はその言葉に答えない。

 ――何故なら、口を開こうとした瞬間の話だ。

 「洛、さん……?」

 そこには肩で息をする百日の姿があった。


「鈴? こんな夜中に出歩くなんて……一体何があったんだい?」

 海堂は百日に近づき、そっと背を撫でる。


「だって、起きたら洛さん、居なかったから……。なんで、林道さんと……一緒に、此処に、居るの……?」

「……海堂さんが、僕にお礼を言おうとしてたんですよ。僕の家に行くには此処を通る必要がありますから」

(――そうだとしても、こんな夜中に行く必要はない……)

 百日は理解していた。

 それ以前に、海堂が夜中に出歩かないことも――自分に一言も言わず、外に出ることがないことも。

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