家族なのだから、大事にするのは当然だと思う。
少なくとも、海堂の常識の中ではそうだった。
林道と別れたあと、海堂は
(鈴があんな状態になっていた――と、いうことは)
もしや、といくつか百日を追い込んだ要因を考える。
そのうちの一つは――海堂自身だ。
自身が原因、というのは一番に考えた。
だからこそ、他の可能性を探っていたのだ。
もはや家
否、安心したのだ。
「これなら――生き残りなど居るはずもあるまい……とか、考えていたりしません?」
「っ! 林道、さん……? 何故此処に……」
「百日家……いえ、もう家の形を成していませんから……旧百日家、とでも言うべきでしょうか、僕の家の帰り道にあるんですよ」
「……え?」
それは思わず口から溢れた言葉だった。
「おや、不思議な反応をしますね。やましいことでもあるかのようです」
「……そんなわけ、無いじゃないですか。ふ、はは、林道さんったら、そんな不謹慎なこと思うわけがないじゃないですか」
ああ、思う筈など無い。
真実はすべて知っているのだ。
確認することはあれど、疑うことなど無い。
問題はそちらでは無いのだから。
「――鈴は、此処を通ったのですか?」
「何故そんな事を気にするのです? 百日さんも思春期ですから、過保護は嫌われますよ」
「そうですね、でもこの確認は必要なことなんです。過保護だとしても……いや、嫌われるとしても、ね」
海堂にとって重要なのは、今後のことではない。
今とこれまでのことであり、それは全て百日が関係するものだ。
つまり、百日が此処を通ったとするのならば――自分は嫌われて当然だと分かっている。
それ以上に彼に何かがあった可能性を失くしたかったのだ。
「そりゃあ勿論、通りましたよ」
「……そうですか」
「明らかに不機嫌そうですが――いつまで誤魔化しているつもりなんですか?」
林道のその問は、海堂にとっては不愉快そのものだ。
しかし、誤魔化し続けているのもまた事実であった。
「百日さんに対しても。自分自身にも」
「林道さんは、何処まで知っているんですか?」
感情のこもらない冷たい声音。
林道は表情一つ崩さずに笑ったまま答える。
「さあ? どこまででしょう」
「――っ、どうやら此処で貴方と会ったことが運の尽きのようだ」
「そうかもしれませんね。ですが、僕はただ
林道のその言葉、その表情は、海堂の不安を煽る。
「鈴には何もしていない、んですよね」
「ええ。まあ、僕が正直に話しているのか否か、判断はお任せします」
林道は笑みを崩さない。
あの時、最愛の家族と似ていると感じた人物は、今こうして笑顔のまま自分を追い詰める。
(いや、きっと――鈴の代わりなんだろう)
百日の代わりに林道という人物が、隠していた罪を責めるのは、百日にそれは出来ないからだろう。
そう、判断した。
(鈴が、怒るべきことを、林道さんは――)
それは逃避の思考と分かりながらも。
「自分で踏み出さないことには、誤魔化し続けた幕引きになります。それは――百日さんに失礼では?」
「鈴、は……何処まで知っていますか?」
「それは、百日さんしか分からないでしょうね」
当然の回答ではあるものの、海堂にとっては不安材料が増えるだけだった。
「私は……手放したくないんですよ、まだ」
海堂の弱音は心の底から溢れ出たものだった。
「まだ、あの日の答えは出ていない……と。百日さんへのプレゼントも、お別れもきちんと出来ていない。そうでしょう?」
「鈴のことを、手放したくない。林道さん、貴方も……鈴によく似ているから……」
そう言って海堂は林道の頬に手を伸ばす。
海堂の目は、愛に満たされていた。
(この人……!)
だから、林道のことも手放したくない。
その事実に、林道の本能が恐怖を覚える。
「鈴のこと、貴方だから任せられるんですよ。林道さん」
そんなことを言いながら、海堂が離れる気配はない。
「ちゃんとお別れをするために、林道さんは……お手伝い、してくださりますか?」
「……なら、離れてください。僕は、貴方の愛する百日鈴ではない」
海堂の手を掴み、引き剥がす。
睨みつけても、海堂のその表情が揺らぐことはない。
「ふふ、失礼しました。ねぇ、林道さん」
「なんですか?」
「なんで、私達の家の場所、覚えていたんですか? 貴方がやって来たルートも、鈴が教えた道とは違った……一体何故です?」
海堂の笑みは、林道の目よりも冷たい。
笑っているのに、笑っていない。
ドロドロとした複雑な感情が纏わりついてくる感覚を、林道は覚えた。
「写真家を見くびらないでいただきたいですね」
それは林道の精一杯の虚勢だった。
「最短ルートくらい、導き出せますよ」
「写真のおかげ、でしょうか。それともカメラの?」
「どちらも、でしょうか」
逃げ場がない、林道の直感が告げる。
海堂がこの場を去るまで、林道は身動きがとれない。
「だから、そのカメラが相棒なのですね」
「それ、は――」
違う、そう言いたかった。
けれど、この人にそれを伝えてはならない。
「何故言葉に詰まるのですか?」
「……貴方には関係がない話です」
「おや、寂しい」
そう告げる海堂は、微笑みかけたまま。
林道が距離を取るも、それさえ気にせず百日家だった場所を背に、笑っている。
「林道さん、今日は月明かりもない静かな夜――あの日と同じですね」
「貴方が、それを言うのですか」
「林道さん貴方は――もう少し警戒心を持ったほうが良い」
海堂はそう囁いた。
それは、海堂の警告。
――しかし、一体何に対して?
林道は思考を巡らす。
その際も、警戒心は解いていない。
「私は貴方には何もしませんよ。鈴のことを任せたいと思ったのは、貴方だけなので」
「では、どうするおつもりで……?」
海堂はその言葉に答えない。
――何故なら、口を開こうとした瞬間の話だ。
「洛、さん……?」
そこには肩で息をする百日の姿があった。
「鈴? こんな夜中に出歩くなんて……一体何があったんだい?」
海堂は百日に近づき、そっと背を撫でる。
「だって、起きたら洛さん、居なかったから……。なんで、林道さんと……一緒に、此処に、居るの……?」
「……海堂さんが、僕にお礼を言おうとしてたんですよ。僕の家に行くには此処を通る必要がありますから」
(――そうだとしても、こんな夜中に行く必要はない……)
百日は理解していた。
それ以前に、海堂が夜中に出歩かないことも――自分に一言も言わず、外に出ることがないことも。