おはようございます、と言いながら、コンビニのゲージ裏に入った。
ん? そうだ。俺は退職したはずだ。
だが今朝になって、その話が上手く通っていないことを知った。それは一本の電話から。
フェアとの狩りでクタクタになり、布団の上でいつものようにいびきを豪快にかいていると(多分)、同僚から連絡がきた。
「山田さん? ねぇ、聞こえてますか? ぐーすか寝てましたか?」
その聞きなれた声が、頭に響く。
こいつは同僚の男だ。いつも不躾な態度で距離感がよくわからない。
あんまり好きじゃないので、何をしているのかも知らない。
「はい? なんですか?」
「今日、シフト入ってますよ」
ん? おかしいな。俺は退職したはずだ。
ちゃんと伝えたし、書き置きもした。
更に言付けも頼んだはず。
「そうでした? 忘れてました。後、書き置きは捨てたかもしれません」
……なんてことだ。
ちなみにここの店長はとても良い人で、こんな俺でも雇ってくれていた。そう、ラインエイジがはじまるまでは。
というか、今も働いていることになっているみたいだが……。
このままぶっちすることもできたが、それはさすがに悪いと思った。この男にではなく、店長にだ。ちなみに店長は、若くしてフランチャイズのオーナーなり、非常に頑張っている。
迷惑をかけるのは、さすがの俺でも……気が引ける。
今日はフェアも仕事でログインが出来ないといっていた。
バイトよりラインエイジでお金を稼ぎたいと思ったが仕方ない。これで最後にしよう。
その思いで俺はコンビニに出勤した。そもそもこいつも……先月辞めたとかいってなかったか? 出戻りか? よくわからんやつだな。
「やっと来たか……。もう搬入とかもたまってるから、宜しく頼むよ。僕は一旦休憩するね」
そう言いながら、俺と入れ違いで裏に入っていった。お前の感謝も言えないそういうところが、俺の気に障るんだ。フェアを見習え。少しはもじもじして、その身体をくねらせろ!
まぁそこまでは……思わないが……。
俺はしぶしぶ、半ば強引にレジに入って仕事を頑張った。朝方になると、店長がきて、退職のことを伝えた。
「ええ!? 聞いてないよ!?」
やっぱりあの野郎、ホウレンソウもできないのか、社会人として常識だろう。
まあ、直接伝えなかった俺も少し悪いか。いや、結構悪いか?
「そうか……うーん、あと一ヵ月だけ。一ヵ月いてくれないかな? ちょうど、四月になるし、今辞められると……困るんだよね」
店長の悲し気な表情が心に突き刺さった。今はラインエイジが一番大事だ。そしてフェアが大事だ。
しかし……こんな俺を今まで支えてくれた店長を悲しませたくはない。俺にも人の心はある。
「わかりました。でしたら、一か月間働きます」
ありがとう、ありがとうと、店長は俺の手を強く握った。まぁ仕方ない。これも人助けだ。それなら時給も上げてくれと思ったが、この際はもういいだろう。
そして――。
「ういーす、お疲れ様です」
帰り際、バックヤードでまたもやこいつを顔を合わせた。
もとはといえば、こいつのせいで俺はこんなややこしい目に合ってる。
お前がちゃんと連絡を怠っていなければ、俺は……。まぁいい。ラインエイジにログインすれば、俺はすべてを忘れることができるだろう。
「じゃ、さいなら」
なんだかビールの匂いがする。もしかすると、バイト中にお酒を飲んでいる可能性がありそうだ。
しかしこいつともすぐにおさらばだ。俺はラインエイジで、お前と違う人生を歩む予定だ。
自宅に戻ると、廃棄処分される予定だったお弁当をレンジでチンをした。ビールも用意して腹ごしらえだ。
しかし、段々とむかっ腹がたってきた。あの野郎、あの、
俺と同じ年齢だったか? 見た目も……ちょっとだけ俺に似てるか……。まぁ俺のがいい男だがな。
何もかも忘れて夢を追いかけよう。あいつはきっと今頃、汚いベットの上でごろごろしてるだけだ。
ヘルメットを被ると、すぐにラインエイジにログインした。
それからほどなくすると、フェアも現れた。
「遅くなってごめん~。実は急に仕事が入って……もう辞めるっていったんだけどね。あんまり言われちゃったから、もう少しだけ続けてほしいって」
なんだ、まさに俺と同じじゃないか、さすがフェアだ。
「そうなの? 実は……僕もなんだ。奇遇だね」
「ええ~! びっくり! それでね……なんかすごい嫌な人がいて」
「嫌な人?」
「おじさんなんだけど、というか……もういい年なのかな? あ、でもアズアズは違うよ! 素敵だから!」
いい年……ちょっともやもやしたが、まぁいいだろう。
「それで?」
「凄い……なんというか、臭いんだよね……挨拶もまともにできないし……」
「それは嫌だね……あんまり、関わらないようにしなよ」
「うんっ! やっぱりアズアズは素敵だね!」
ニッコリと笑うと、俺の腕をぎゅっと掴む。ああ、これだ。これが幸せってやつだ。見てるか? 聞いてるか? 山内次郎。
独身のお前にはわからない、これが恋愛ってやつだ。
「ねぇ」
「なんだい?」
「今日はどうする?」
「そうだなぁ……島のクエストは終わったけど、忘れられた神殿にいってみようか」
忘れられた神殿とは、この島にある小さなダンジョンだ。もうここにいる必要はないが、たまにいいアイテムが手に入ることが出来る。
「わかった!」
「よしじゃあ、行こうか」
俺は手を差し出した。フェアはそれを掴むと、ぎゅっと握り返した。
「はぐれないでね、フェア」
「うん! アズアズ!」
そして俺たちは、忘れられた神殿に向かって、歩き出した。