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第3話 もじもじクネクネ幸せゲット

「おはよう、アズライト」


 ログインすると、可愛くフェアが声をかけてくれた。

 朝早くからケルピーを狩り続けていたらしく、よりいい装備になっていた。

 さすがだ。俺と一緒にパーティーを組んでいただけあるな。


 俺と彼女は、もちろん前作から一緒のギルドだ。盟主はアズライト、そして副盟主としてフェアが就任していた。

 最強と名高いペアで、その仲の良さも相まって、微笑みの爆弾ありがとうございますと呼ばれていた。読み方はよくわからんが、とにかくそう呼ばれていたのだ。


「おはよう、遅くなってすまない」


 俺は少しだけ恰好をつけた。この『ラインエイジ2』では、俺はイケている男なのだ。というかもう、2を付けるのがめんどくさい。これからは、ラインエイジと呼ぶ。何かあれば。


「今日は、この島のボスを倒しにいくんでしょ?」


 フェアの言う通り、俺たちはこの島の卒業クエストである、ケルピーの大ボス、ビックファングを倒しに行く予定だ。

 二人とも8レベルになり、魔法使いと戦士のスキルを覚えてきている。


 俺は渾身の一撃というスキルで魔物の急所を突くのが得意だ。

 フェアは回復魔法とかまいたちによる風の攻撃を使う。

 俺たちならボスもまるで紙のようにペラペラと倒せるだろう。何の根拠もないが。


「ああ、だが、出現方法が違うみたいなんだ」


 ラインエイジは、前作と違う同じと銘打っていたが、実は違うところも存在するとわかった。それはこのリアルVRMMOということもあり、時間に合わせたようにモンスターが出現する。

 もちろん、夜中にも沸くようになってはいるが、昼間のほうが当然のようにプレイヤーのIN率は高い。そのため、ゲーム内の時間はリアルと固定されている。

 これはわかりづらいかもしれないが、本来ゲームでは時間の進み方が違う。一日は四時間だったり、六時間だったり、少し早く設定されているのがほとんだ。


 これは少し誤算で、裏技のようなモンスターを狩る方法を、一つ制限されてしまった。まぁこのくらいのハンデは仕方ないか。


「そうなの……でも、私たちなら簡単ね」

「そうだな。その前に、いくつか装備を購入しておこうか」


 俺たちは、ケルピーをほどほどに狩り終わると村に戻った。

 村の武器商人に声をかけ、いらないアイテムを売って、レベルにあった装備を買う。

 すると、フェアが可愛い上目遣いをした。


「あの……」

「なに?」


 俺は知っている。このもじもじは、何か買ってほしいときの、フェアの合図だ。この恥ずかしがり屋め。


「実は……装備が壊れちゃって……」


 このゲームでは、あまりに使いすぎると装備が破壊される。また、特殊なシールのような呪符を張り付けることで、武器を強化することができる。だがそれは一定確率で破壊されるリスクを伴う。これは諸刃の剣で、あまりのいい武器を強化してしまって壊れてしまうと、引退をせざるを得ないこともあるのだ。


 だが、フェアは狩りを続けた結果だろう。それは仕方ない。


「わかった。僕はクエストで余裕があるから、買ってあげるよ」


 リアルマネーに換算すると、300円程度。少し惜しいが、これも先行投資だ。それにフェアの頼みは、聞いてあげたい。


「ありがとう!」 


 俺に感謝の印として、フェアはぎゅっとハグをしてきた。ういやつめ、くるしゅうないぞ。


「後、これとこれも買うか……」


 ついでに道具商人でポーションもいくつか購入した。これで準備万端だ。負ける要素はどこにもない。


 そして俺とフェアは、ビックファングが出現する場所で待機した。芝生の上に座って、空を眺めた。


 これは……もう、デートじゃないか? あのとき叶うことなかった青春が、今俺の中で取り戻すかのように動きはじめている。

 このままいけば、ゴールインも間近ではないか。きっと、このゲームが終盤に差し掛かる前に、俺たちはリアルで結婚してるだろう、そうだ、そうに違いない。


「なんか……素敵だね」


 フェアが、ぷるっとした口元をふるわせながら、夕日を眺めた。俺と同じ気持ちなんだろう。

 ずっと、その気持ちを抱いて生きてきたんだな。

 いやまてよ、俺と同じ……。20年前だとしたら……何歳になるんだ……?



 俺は……考えるのをやめた。



 ほどなくすると、ビックファングが現れた。

 すぐさま剣を取り出すと、前線でフェアを守る。ダメージをいくつか受けたが、愛と勝利のためだ。それは仕方ない。

 フェアも間髪入れずに回復魔法と風魔法を詠唱している。

 さすが俺のフェアだ。初心者ではこうもいかない。


 一時間、いや二時間ほど戦った。何せこのモンスターは、本来なら討伐に数十人を要する。

 それを二人で戦っているんだ。そのくらいの時間は仕方がない。


 だがその分メリットがある。それは報酬だ。

 卒業クエストもそうだが、このボスはいい武器やアイテムを落とすことがある。高く売れるし、装備すればより強くなることができる。

 これが少人数討伐の最大限の魅力だ。


 今回は……。


「おお! ウルトラの爪だ!」


 ウルトラの爪。何がなんだかわからないが、とにかく高値で売れる。なんで、ビックファングの爪、という名前じゃないのかわからないが、売却する以外に使い道も特にないので、誰もそのことに触れる者はいない。そして俺も、その一人だ。


 おそらくこれは……リアルマネーで3万、いや5万はくだらないかもしれないぞ。

 俺はよだれを垂らした。これで……今月は……ステーキだ。


 そう思った矢先、フェアがまたもじもじとしはじめた。


 おいおい、嘘だろう。さすがにそれはないぞ。せめて分配だ。俺はそこまで甘くない。

 例えフェアが可愛くて仕方ないとしても、そんなこと許すことはできない。


「ねぇ……アズアズゥ」


 手をもじもじとさせて、くねくねを身体をひねらせて、俺に距離を詰める。

 ああ、なんてういやつだ。VRMMOというのは、魅力で溢れている。そのぷるっとした唇に控えめな胸。

 俺の好みをわかっているかのような、幼い顔立ちのキャラメイク。


 さらにはエルフで白い肌! たまらん!


   ◇


「ありがとう~! じゃあ、また明日ね~!」


 フェアはその日、元気な声でログアウトした。

 ウルトラの爪はすでに売却済みで、すべてプレゼントした。


 仕方ない、最初だ。まだこれからなんだ。それにそのお金は、これからの装備に当てるといっていた。

 ちょっとだけ換金するかもしれないが、それはリアルでちょっとだけ困っていることがあるとことだ。


 それは……仕方ない。俺だって人の心を持っている。


 「よし、寝るか」


 ログアウトすると、冷蔵庫に残っていた豆腐を醤油にかけて平らげた。うーむ、まだまだこれからだ。


 だけど、やっぱりラインエイジはおもしろいな。

 お金がなくとも、幸せだ。


 そして俺は眠りについた。


  ◇


 同日、同時刻、東京都内の六畳半で、山田太郎こと、アズライトこと、とにかくそれにそっくりな男、山内次郎が近くのコンビニで大量にビールとおつまみを買い込んでいた。


「あ、すいません電子カードあります」


 『ラインエイジ』で蓄えたカードで支払い、家に帰ると、ポテトチップスとホットチキンを平らげた。


「ああ……最高だ。この生活が、毎日続いてほしい」


 満足気に表情を浮かべて、お腹いっぱいのまま、布団に寝っ転がった。

 そう、大体そう、山田太郎と、ほとんど境遇は同じだ。


 だけど、最近は幸せそうだ。

 ほんのちょっとだけ、山内次郎のほうが。


 そしてフェアは、深い眠りについた。

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