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第2話 キャラクタークリエイトと奇跡の再会

 ああでもない、こうでもない。

 俺は非常に懐かしい、そして悩ましい出来事に遭遇していた。


 それはキャラクター作成だ。


 『ラインエイジ2』では前作と同じように、キャラクターの細部に渡ってクリエイトすることができる。

 鼻の高さから、目の位置、ホクロの有無まで、なんというか、パワーアップしすぎで困っていた。


 性別はもちろん『男』だ。ネカマなんてするやつはぶち殺してやる。理由は言いたくない。


 一時間ほど頭を悩ませながら、大きな鏡を持っているアンドロイドの女性の前で”顔”を作った。

 黒髪サラサラのミディアム、身長も鼻も高く、おめめは二重ぱっちり。まつ毛もピンピンと伸び、ほっぺがほのかに赤い。これがチャームポイントだ。


 ちなみにリアルの俺は真逆である。

 具体的な事を言わないのは、このご時世だ。何があるかわからない。


 一番重要なのは種族と職業だ。

 前作では人間族の戦士だった。それが最強とは言わないが、もっともバランスが整っていて、どんなモンスターとも戦うことができる。

 ほかには、獣族、オーガ族、小さなポポン族、ダークエルフ、そしてエルフ、俺はエルフが大嫌いだ。理由は言いたくない。特に”女性”が嫌いだ。


 しかし前作と違うところもあった。

 俺の知らない様々《さまざま》な種族が網羅もうらされていたのだ。

 特徴も違う。魔法に特化していたり、モンスターを従わせて戦うことが出来るテイマーというのもいる。

 俺の選んだ人間族は特徴がほとんどない。だが、魔法も使えるし、戦士として前線で活躍することができる。

 今作からはモンスターを従わせて戦うこともできるとのこと。


 これだけ聞けばどう考えても最強職に思えるが、実はこれが一筋縄ではいかない。 魔法を使うにはそれなりにレベルを上げないといけないし、前線で活躍するにもプレイヤースキルが必要だ。

 モンスターを従えさせるにも特殊なアイテムを入手しないといけないという制約がある(今検索で知ったけどわかってた風)。


 大半のプライヤーはそんな上手くいかない。器用貧乏でそこそこ使えるが、どれも専門職には劣ってしまい、結局は中途半端なままプレイヤーになってしまう。

 そのため前作の『ラインエイジ』では不遇職とされていたが、俺だけは違った。


 才能もあり、努力もあり、ああ、ここでの努力はほとんどログイン時間のことだが、それは置いておこう。他にもいろいろあるが、俺はすべての職業の特徴を理解している。

 俺なら、そう、あの『アズライト』なら、すべての特徴を備えた最強プレイヤーとして名をはせることが出来る。


 事実、俺は前作で……おっと、ここはまだ秘密にしておこう。最初から何でも話すと、面白みがなくなっちまうからな。


 『アズライト』と名前を付けると、人間族を指定してついにゲームを開始することが出来た。


「結局、二時間もかかっちまったな」


 後頭部をぽりぽりとかきながら、最大限かっこつけながら、目の前にいるカワイイNPC女性に申し訳ないと肩を叩いた。


「大丈夫デス! それでは、おたのしみくださいね!」


 カワイイNPC女性は、地面に大きな穴をあけると、俺をそこに突き落とした。

 大きな悲鳴をあげながら下降していく。やがてそのスピードは緩やかになっていくと見慣れた景色が見えてきた。


 ここは……。


 そう、この景色、空から降ってくる大勢のプレイヤーの一人になった俺は、地上を眺めて懐かしさに浸った。

 緑が生い茂っていて、そんな自然な場所かとおもいきや、突然氷河が現れたり、火山が噴火していたりする。そしてたくさんの魔物。


 ここが、これこそが『ラインエイジ』だ。


 姿かたちはアップグレードされて、洗練されていても、何も変わっていない。あの時ままだ。俺は眼に涙を浮かべながら、はじまりの街である『心が通う島』に降り立った。


 様々なクエストや初心者について優しいアドバイスをしてくれるNPCの前には、すでにたくさんの人だかりがある。その光景はとても懐かしい。

 俺が15歳のころ、サービス開始と同時にプレイした光景だったのだ。

 右も左もわからない俺は、この島の付近の狼の魔物にやられて、何度もここに戻ってきていたな……。


 おっと、懐かしさに浸るのはちょっとだけにしておこう、スタートダッシュは、MMOでは大事なことだ。油断しちゃいけねぇ。

 キャラクターメイクで予想以上に時間がかかってしまった。遅れを取り戻さないと。


 この日のために過去のことを毎日思い返していた。

 アイテムやクエスト、色んな出来事をメモして、すべての記憶を。


「まずは……狼を狩るか」


 ここで忘れちゃいけないのが、クエストの受注だ。無駄に狼を狩るのではなく、同時にクエストを行うことで効率をあげる。さらに無駄がないように、別の依頼も受けておく。

 NPCに声をかけ、三つほど同時に依頼を受けた。


 すると、画面の右上、というか、俺から見て右上に内容が表示される。


 そのときようやく気が付いた。地面に降りたってから、視覚、聴覚がまるでリアルのように感じていることに。

 何の違和感もなかった。

 木々の匂いや人々の騒めきが、まるでその場に本当にいるように感じる。


 これが……本当の『ラインエイジ2』か……。


 またもや感傷的になっていたので、頭をぶんぶんと振って気持ちを切り替える。これはゲームであっても、遊びではない。

 俺はその言葉を復唱しながら、島の外の魔物を狩るために歩きはじめた。


 街の様子はとても賑やかで、すでに武器商人や魔法商人、アクセサリー、そして食料商人といったNPCが並んでいて、その前にも人だかりが出来ている。

 こんなことになるなんて以前なら考えられなかった。もし、この世界が20年前にあれば、俺はリアルを捨てて、この世界で生きてみたいと思っていただろう。

 だが今は違う、リアルで金持ちになるため、成功するためにこのゲームをしている。

 初期武器の剣をイベントりから取り出すと、俺は右手を天に掲げた。


「よおし! やってやるぜ!」


 そして、島の入り口から出ようとしたとき、とあるエルフが目に入った。

 その姿はとても懐かしく、俺が毎日一緒に遊んでいた魔法使いによく似ていた。


「エルフか……」


 そう、あの・・フェアだ。

 初期村は大体どこも同じスタートになる上に、種族被りなんて珍しくはない。しかし、みんな事前に情報を仕入れていたらしく、人間族の戦士は少なかった。

 視線を合わせるだけで、そのプレイヤーの種族と名前が表示されるため、誰が何をしているのかが一目瞭然だ。


 エルフは、魔法使いと表示されていて、フェアに似ていて可愛い女の子だった。


 しかし思い出したくはない。あの野郎、絶対に許さねぇ。


「あ、あの……」


 俺が島の北口から出ようとしたとき、そのエルフが声をかけてきた。


「なんですか?」

「ええと……もしかしてなんですが」


 もじもじと手を交差させる。こいつ、ゲームなのにこんなに恥ずかしがってるのか? まったく……。


「はい?」


 そして、そのエルフの女は、ものすごく間を空けてから――。


「あず……らいと……だよね?」

「ええ、そうです」


 何を言っているんだコイツは。名前なんて、視線を合わせれば上に出ているだろう。さらに俺は「アズライト」とカタカナで表記している。初心者か?


「そうですが、何か?」


 俺は急いで街を出て狼を狩らないといけない。こんな無駄な会話はさっさと終わらせたいんだ。


「……アズアズ、私だよ」

「……?」


 そして俺は、ようやく気が付いた。そのエルフの名前が「フェア」と表示されていることに。


「ふぇ……ふぇあああ?」


 キリっとした感じで呼ぶつもりが、ふぁああといったまるで朝の寝ぼけ声のような声を出してしまった。このネカマ野郎、俺を恥ずかしがらせやがって。


「えっと、久しぶり」


 なんだこいつ? 偉そうに! 俺はあの恨みを忘れたことは、一度もねえんだぞ!


「……誰だ君は? 知らないよ」


 俺はもう二度とこいつと関わりたくない。それどころか、姿も見たくはなかった。この世界に来る前から、嫌というほど思い出していたからだ。

 10年間も騙され続けた俺を嘲笑あざわらいにきたのか。


「実は……」

「……?」

「最後のチャット、覚えてる?」


 ああ、覚えてるさ、このネカマ野郎。忘れるわけがない、このネカマ野郎。


「……どうだろう、なんだったかな」


 なんだったかな、しまった、これでは俺が、アズライトと認めたようなもんじゃないか、まぁいいか、なんとでも誤魔化せるだろう。


「実は……あれ、嘘だったんだ。寂しくて寂しくて……嘘をついちゃったの」


 ……な、なんだって!? じゃ、じゃあお前は……。いや、彼女はやはり女だったのか!? だったら話は変わって来るぞ。女の子だとしたら、俺の良い思い出じゃないか

 つまり俺は、良い青春を過ごしていたってことなのか!?


「……本当に? じゃあ、君は……女性なのか?」

「うん……ごめんね。嘘ついて」


 顔をぽっと赤面させながら、くるりと顔をそむけた。この可愛らしい仕草は……やはり、本当だ。女性だったんだ。


「もう一度会えるなんて……思っても見なかったよ」

「ええ、私も……ねぇ、アズアズ」


 アズアズ、俺は20年ぶりに名前を呼ばれて、ドキッとした。もちろんその声は、このゲームの声優だ。とても可愛らしい声で、なんだったら俺の好きな中の人だ。


「もう一度……私と……一緒にこの世界で遊ばない? 二人……だったら……私たちなら……この世界で天下を取れると思うんだ」


 天下……。もしやこいつも、俺と同じで……辛い思いを過ごしてきたのか……。いいだろう、おとこアズライト。最後までは聞かない。

 今までのことは水に流して、すべてを受け入れよう。


「……ああ。俺も、ちょうど君のことを考えていた。フェア、また一緒にこの世界を支配しよう」


 俺は笑顔で握手を求めた。そして、パーティー申請を飛ばした。もちろん、フレンド申請もだ。

 まさかこんな、こんな素晴らしい出来事になるだなんて、俺の『ラインエイジ2』の生活は、そう! バラ色だっ!

 こうなったら、リアルで大金持ちになって、俺はっ! フェアと結婚しようではないかっ!


「ありがとう!! これからも……よろしくね!」

「ああ! 行こう、フェア、まずは……ケルピーを狩るんだ。わかってるな?」

「もちろんよ、私たちなら、この世界の誰よりもお金を稼ぐことが……じゃなかった。楽しむことが出来るわ!」


 そして俺たちは、この島の外のケルピーを狩りつくすと、その場にいた誰よりもレベル上げた。

 アズライトとフェア。その名前は一日で知れ渡り、最強のカップルとして知名度をあげた。


 10時間ほどプレイしたあと、俺たちはリアルで休息を取ることにした。


「それじゃあ、またねアズアズ」


 心が通う島の安全な場所で、フェアはログアウトした。


「よし、俺も落ちるか」


 そして俺も右下のログアウトボタンを押した。すぐに遮断されると、視界は元の俺に戻った。

 ああ、ちなみに俺の名前は、山田太郎だ。少し遅いが、覚えておいてくれ。忘れることはないだろう。


 汗だくだったが、俺は今日だけで8000円もの大金を稼いだ。コンビニのバイトで得られる金額より、甚だ大きい。ああ、俺の時給は、とても低い。


 そして俺は、テーブルに残っていた冷凍ピザの残りを一枚たいらげると、泥のように眠った。

 明日はもっと稼いでやる。


   ◇


 同時刻、同日、同じ東京の小さなアパートで、山田太郎と全く同じような姿形をした男、いやおじさんが、汗だくでシャワーを浴びていた。


 ふんふんとご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。

 それは『ラインエイジ2』のOP曲で、最新のものだった。


 身体を洗い終わると、バスタオルでぴゃっぴゃっと拭いて、同じく六畳半の中心にひいてあった布団にダイブした。まだ乾ききっていない身体の水分で、布団がびちゃっと濡れる。


 その体躯たいくは山田太郎とほとんど同じだ。


「ふぅ~、まさか、アズアズがいるなんて思わなかったぜ。よっしゃ、これで俺の『ラインエイジ2』生活! いや、リアルマネーは安泰だ!」


 ビールをゴクゴクと飲み干すとそのまま深い眠りについた。


 アズライトこと、山田太郎35歳。フェアこと、山中次郎35歳。

 似ているようで、どこか似ていない、そんな二人の人生を変えるMMOが始まった。

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