『それでは皆さま、MMORPG「ラインエイジ」のサービスを終了させていただきます。長い間、本作品を楽しんで頂き、誠にありがとうございました』
左下のチャット欄に最後の公式アナウンスが流れていく。
同時に、完全終了まで一分前のカウントダウンがはじまった。
俺の青春の全てを費やした命のような存在が、もうすぐ終わる。
15歳から、25歳の今まで、こんな俺を支えてくれてありがとう。
そして、こんな俺についてきてくれた仲間たちに感謝を。
「アズライトさん、今までありがとうございました! またいつか……!」
「また……最強の剣技見せてくださいね!」
ルチルにロック、お前らも、最高の仲間だったぜ。ギルド内のチャットが、俺への感謝で埋まっていく。
ちなみにアズライトは俺の名前だ。
「団長っ! こんな俺を……拾ってくれてありがとうございました!」
ワッソは、死の森で魔物にやられていたところを、俺が間一髪で助けてあげた。それから俺のことを団長と呼び、いつも後ろにちょこちょこ着いてきた可愛いやつだ。
「あちきもいつか! アニィみたいになりたかったんでさぁ! またぁ出会いてぇもんです!」
アンガートン三世四世。こいつはいつしかギルドに勝手に加入していたよくわからないやつだ、喋ったこともほとんどない。元気なのが取り柄だが、ログインとログアウトの挨拶は一切しない。正直どうでもいいが、最後になるとこんなやつでも名残惜しくなる。
そして――。
「アズアズ、今までありがとうね。楽しかったよ。」
エルフ族のフェア。彼女は俺の……仲間であり、親友であり、そして嫁だった。勘違いするな、もちろんゲーム内での話だ。
俺はギルドリーダーとして、最後のメンバーへの言葉をタイピングした。
「お前ら、こんな俺についてきてくれてありがとうな。またいつか、どこかで会おうぜ」
そして最後、フェアから
個人間のやり取りができるゲーム内でのチャットのことだ。これは不特定多数に見られることなく秘密の会話が出来る。
俺とフェアはこのゲームで出会ってから、毎日のようにパーティを組んでいた。俺は戦士で、フェアは魔法使いだった。
フェアはとても可愛いやつで、そしておっちょこちょいなところが特徴的だった。そのくせおねだり上手で、高額な課金アイテムを何度かプレゼントしたこともある。
まぁ、彼女へのプレゼントだ。誰だってそんな経験の一つや二つあるだろう。
間違ってフェアが自分の主力武器を破壊してしまったときは、三日は寝ずにダンジョンに潜ってプレゼントしてあげたっけな。
フェアは相当喜んで、飛び跳ねていたことを思い出す。勘違いはするなよ、これもゲーム内の話しだ。
だがギルドメンバーには俺との関係は秘密にしていた。言っても良かったんだが、あの「アズライト」と付き合ってるとなると、周りから疎まれるかもしれないと、気を
そんな恥ずかしがり屋なところも好きだった。
正直に言えば、このゲームのサービスが終了することよりも、フェアと離れ離れになるほうがさみしい。もちろん、「ラインエイジ」以外にも、沢山のMMORPGは存在する。
だが俺は硬派だ。他のゲームを一緒にやらない? なんて、無粋な真似はしたくない。
MMOは一期一会。どれだけ悲しくても、この別れは仕方ない。
そう思っていた。このカウントダウンがはじまる前は……。
フェアも同じ気持ちだろう、恥ずかしがり屋の彼女は、他のゲームを一緒にしようなんて、そんなことは言えないはずだ。それなら、俺から言ってあげるのが男ってやつだ。
そして最後の数秒前、次に出る新作のゲームを一緒にやろう、と打ち込んでいたんだ。
そんなとき、フェアから囁きが飛んできた。
「アズアズ、いや、アズライト。今まで、10年間? ずっと黙ってたけど、実は男でした。なかなか言い出せないままズルズルと日がすぎちゃって……。でも、本当に楽しかった! 武器とかプレゼントとかありがとう! 嘘ついてもらっちゃってたけど……サービス終了だし、時効ってことで許して! またいつかどこかで!」
俺はチャット欄を眺めながら、「フェア、大好きだよ。ほかの新さ」と打ち込んだまま固まった。
画面はフリーズし、サービスは正式に終了したマークが中心に現れた。
こうして俺の、青春の全てを費やした、10年間の集大成とも言える、MMORPG「ラインエイジ」は終わりを告げた。
それから……さらに10年の月日が流れた。
俺は35歳になった。今は大切な家族がいる。美人な嫁さんと、笑顔の可愛い娘と息子が二人。ローンだが、小さな一軒家を都心で建てることができた。
先月、家族でペットショップに立ち寄った際に、娘と息子がおねだりしてきたので、俺はチワワを迎え入れた。思ったより高い家族だったが、これも皆の笑顔のためだ。
そう俺は……。こんな妄想をしながら、日々を過ごしていた。
あれから、10年間「ラインエイジ」がサービスを終了してから、俺は何も変わっていない。そして、何も成し遂げてもいない。
いや、変わったこともある。それは実家ではなく、一人暮らしをしていることだ。大人として当然のことで、特にえばれることではない。というか、実家を追い出されたのだ。いい年したおっさんが、いつまでも親のすねをかじるなと、勘当されてしまった。
さすがに俺も路上でホームレス生活はできなかった。実家近くのコンビニでアルバイトをしながら、なんとかほそぼそと一人暮らしをしている。
家族はいないし、当然子供もいない。もちろん、チワワもいない。日々の楽しみは、コンビニ帰りの生ビールと廃棄処分になった賞味期限切れのお弁当だ。
もちろん、今の生活に満足はしていない。いつか大企業とは言わないが、それなりの会社に勤めたいと思っている。
こんな
そんな俺に、転機が舞い降りた。
ある日の朝、寝る前にニュース番組を見ていたときだ。
ああ、ちなみに俺のコンビニバイトは、21-7時の深夜帯なのだ。そんなことはどうだっていいが……。
とある田舎のお米がおいしいだの、今年は海老がよく獲れました、だの、どうでもいいニュースが続いたあと、突然に画面が切り替わった。それは俺にとって、俺の人生ですべてだったあのゲーム。
「ついに来週! 最新VRMMO「ラインエイジ2」開始されます!」
アナウンサーの綺麗な声と共に、洗練されたプレイ画面が映った。ここ数年で、ゲームが進化したとは聞いていたが、あの”一件以来”トラウマになっていて、とんとそういうのに
そして再び画面が移り変わると、次はプレイ方法についての実技説明がはじまった。
まず、全身を覆うピッチリとしたスーツを着込む。これは全身にフィットするように作られていて、レザーのように身体のラインが丸わかりになっている。
テストを行っているのは、アナウンサーの女性で、その豊満な胸は朝のニュースでとても耐えられないような映像になっていた。これはうらやまけしからん。
そして次に、ヘルメットのような物を頭に装着する。それから、「ラインエイジ2 スタート」と呟くと、音声認識が働いてゲームが開始される。
そこからちょっと怖い話だが、この装置は脳に直接映像を送り込むことができるらしく、スーツを通してすべてをリアルに感じることができるらしい。視覚、聴覚、味覚、現実と変わらないというのが、このゲームの特徴だそうだ。
これが本当なら、もの凄い発明品だ。そして極めつけは……。
「なんと! この世界ではお金を稼ぐことができます!」
そう、このゲームでは、倒したお金を全てリアルマネーに変換することができる。現金化というよりは、電子マネーだが、大手スポンサーがありえないほど付いているので、都市部であれば何ら問題はない。というか、電気も通っていないような田舎でなければ、このゲーム一本で生活することもできるとのことだ。
しかしながら、やはりそれは大変なことで、ゲーム内で圧倒的な強さや秀でているアイテムをコンスタントに集めないといけないとのことだった。
そんな甘い話はないか……。と、思っていたが、次のアナウンサーの言葉で、心臓がバクバクと音を立てるほど驚いた。
「ちなみにですが、この『ラインエイジ2』は、前作の『ラインエイジ』を元に作られており、中身はほとんど変わっていないそうです! なので、前作をプレイしていた方は、是非! と、製作者からお言葉を頂いております!」
「うそ……だろ……」
俺は思わず――。
笑みをこぼした。前作の「ラインエイジ」で青春のすべてをかけていた。
モンスターの出現方法から、効率的なレベルアップの方法、そして幻のアイテムの入手までありとあらゆる裏技まで網羅している。
最強のプレイヤーと呼ばれた俺なら、
俺なら……。あの、アズライトなら。 この世界で天下を取ることができる。
コンビニでアルバイトをしているこの生活から、抜け出すことができる。
◇
一週間後。
すべての貯金を使い果たして、VRMMOラインエイジ2のフルコンプリート版を購入していた。
季節は夏真っ盛りの8月。セミがミンミンと鳴いて、エアコンではなく、部屋では扇風機がボウボウと音を鳴らしている、六畳半の中心で、黒いピチピチのスーツを身にまとっていた。あ、ちなみに風呂はない。いつも近くの銭湯に行っている。週に2日だがな。
お腹はビールでパンパンに膨れあがっていて、すでに汗は尋常じゃないほどかいている。 だが、辛くはない。このゲーム、いや世界「ラインエイジ2」で、最強のプレイヤーを目指す。そして、リアルでも金持ちになってやる。
ボロボロのせんべい布団で横になりながら、ヘルメットを被ってスイッチを入れた。
そして、
「ラインエイジ2 リンクスタート!」
35歳、コンビニアルバイト(退職した) 、ニート。
俺の人生を変える物語が始まった。