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第19話 最終話

「祈!走ったら危ないよ!」


ちょこまかと芝生を駆ける小さな宝物を晃が必死で追いかける。


子供と侮ってはいけない。

思ったより俊足で予測のつかない方向に向かったりするものだから、道路に出る前に捕獲するのは至難の技なのだ。



今年六歳になる祈は子供らしい丸みの中に抜きん出た記憶力や理解力を持ち、検査をしてないにも関わらず早くも周りからアルファに違いないと太鼓判を押されている。


大人のような眼差しを見せる一方でこんな風に晃を困らせるようにはしゃぐ姿はとても可愛く赤ちゃんの頃から何も変わってない。



「ほら!捕まえた!」


きゃっきゃと嬉しそうにパパに抱えられベンチに戻って来た祈に、冷たいジュースを手渡した俺は柔らかな黒髪を何度も指で梳く。



ここは年に一度訪れる病院の中庭だ。

いわゆる難病と呼ばれる病だけを専門に研究し治療に貢献する施設を併設している特殊な病院。


直人が送ってくれたお金を全てこの病院に寄付したのがきっかけで俺達も継続して支援を行っている。


だから年に一度研究の進捗説明という名目で毎年この時期に招待されるのだ。



「見学はどうだった?」


「難しいことは分からないけど今研究している薬が早く出来上がったらいいなって思った。」


もちろんそんな簡単ではない。

ラボの人達はとても丁寧に分かりやすく薬の効果を説明してくれたけどまだ臨床試験の成功率は五分五分で先は長いと言っていた。


1日も早くその日が来ればいいと思う。




ここは優斗が入院していた病院でもあるのだ。




「お腹すいた!」


祈の元気な声が芝生の海を薙ぐ。


その力強い生命力でこの建物を包みこみ臥せった人達の気持ちを奮い立たせるように。




「そろそろ帰るか?ユキとメシ食う約束してるんだろ?」


「めしー!」


「ご飯だよ、祈」


晃をやんわりと諌めると祈からご飯!と元気な声が返って来た。




「ところでユキのとこ飼ってる犬がまた子供産んだらしいぞ」


晃がそういうと祈が目をキラキラさせて抱っこしたい!とはしゃぐ。


「まだ生まれたばっかりだからもう少し大きくなったら見せて貰えるようにお願いしようね。」


「うん!」


「祈は聞き分けが良くて賢いなあ」


晃が誉めると得意そうな顔をして小さい間にあんまり触るとお母さんが赤ちゃんを嫌いになるから!とユキに言われた事を伝える。


祈は一度聞いた事を忘れない。


言われた事を全て噛み砕いて飲み込んで吸収するので納得いかない事を言われた時は理解出来るまでとことん相手を質問攻めにする。


「誰に似たのかなあ」


思いつく限り近しい人にそんな性格の人はいなかった。


「そりゃずっと血は繋がってるんだからご先祖のどっかにそんな人がいたんだろ」


「そうだね。子供って面白い」


そう言って笑う俺に晃は寄り添ってそっとお腹に手を当てた。



「この子はどんな子になるのかな。どんな人生を歩くんだろう。」


「さあ?幸せになってくれるならどんな性格でもどんな人生を歩んでも大事な我が子である事に変わりはないよ。」



2人目が産まれるまであと3ヶ月。



どうか健やかに産まれて自分の生きたい人生を送れますようにと願わずにはいられない。




それがどんな形でも

例え失敗に終わっても

その経験が人生の一部になる。



そんな子供たちを少し離れて見守りながら晃と2人、いつまでも一緒に生きていく。







人生の幕を下ろす最後の日まで。













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