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第16話 いよいよ二人で

「結婚決めたの?!おめでとー!!やっとだね!」


ユキはそう言うと飛び跳ねて俺と晃を抱きしめてくれた。


「いや本当にぐずぐずとネガティブな晃を見ててもう無理なんじゃないかと思ったよ」


「悪かったなグズグズで」


「アルファなんだからもっとこう押していけばいいのにね」


「匠には弱いんだよ」


そう言って眉を下げる晃が可愛くて俺は声を上げて笑った。



「そうだ匠、お前の家にも挨拶に行かなきゃな」


「あーそっか。まあ昔から晃の事は知ってるけど。でもなんか嫌味とか言われそう」



最近両親からは不気味なくらい連絡がない。

直人からの援助が止まったはずなので何かしら言って来ると思ってたんだけど。


唯一心配なのは資産家のアルファと再婚させようと準備をしてないかって事だ。

それによっては実家と縁を切る事も考えている。


「晃の家にもいかなきゃ。俺再婚だしおじさんとおばさん許してくれるかな」


明るく優しい晃の家族に嫌われるのはつらい。


「うちは大丈夫。俺が匠を好きだってみんな知ってるし喜んでくれてる」


それなら安心だけど……知られてるのか恥ずかしいな。


「明日休み取るから匠の家に挨拶に行こう。子供の事もあるし早い方がいい」


「それにしたって早すぎない?」


そう言った俺に「匠の気が変わったら困る」と笑う。


そんなはずないだろと反論するもののしばらく忘れていた賑やかで幸せな時間に心がゆったりとほぐれる。


「じゃあ寂しいけど匠との同居も終わりかな。晃が不甲斐なかったら僕が匠を貰っちゃおうと思ってたのに」


「何言ってんの。ユキにも素敵な人がいるんだろ?」


俺がそう言った途端ユキはびっくりしたように真っ赤な顔をして押し黙った。


「ユキ……そんな顔も出来るんだ。本当にその人のこと好きなんだなあ」


揶揄う晃に食ってかかるユキが可愛くて部屋にはまた笑い声が溢れた。





翌日。


晃は予定通りの時間に迎えにきてくれた。

きちんとスーツを着て手土産に花と地酒を持っている。


「さすが晃。うちの両親のツボを心得てるな」


「だろ?」


夕べ実家には結婚の挨拶に行くと連絡は入れたけど印象は良いに越したことはない。

電話の感じだと機嫌は良かったが何しろ今までの事もあり両親とは言え心の底から信用していない。


車で約20分、実家に到着すると両親が玄関まで出迎えてくれた。


え?そんなことある?

どうしてこんなにご機嫌なんだ?


裏があるのではとドキドキしつつ居間のソファに座ると父親が嬉しそうに口を開いた。


「いやー晃くん!結婚が決まって本当に嬉しいよ!」


「そうよねえ。匠も幸せねえ」


続けて楽しそうな母の声。

何があったんだ?


「ところで晃くん、先日は助かったよ。急な出費で……」

「お父さん!!」


慌てて晃が父親の言葉を遮った。


出費?


「晃、もしかしてうちに援助してくれてんの?」


驚いて晃を見上げるとバツが悪そうに目を逸らした。


「ちょっと前に匠に結婚を申し込みたいって挨拶に来てくれたのよ」


まさかそれを許す条件に?

そんな事までしてたのかと頭に血が上る。


「いい加減にしてよ!金金って!俺は物じゃない!そんなことしなきゃ継続できない会社なら廃業すれば良いんだ!」


立ち上がって怒鳴った俺を両親は驚いた顔で見上げる。


こんな事今まで言ったことは無い。

オメガは希少種で大事にされているとは言えどこの家庭も金持ちに嫁がせて一攫千金を夢見てるから。


でも


政略結婚でも無い本当に好きになった人と結ばれる時にまで取引のようにお金を請求するなんて酷過ぎる!


興奮する俺を宥めるように指先に晃の指が絡む。


「落ち着いて匠」


「だって!」


「一度会社を起すと経営者は全社員の家族の事も考えなきゃならない。簡単に廃業なんて出来ないんだよ。匠の事は関係なくご両親の話を聞いて俺が納得して融通したんだ」


その言葉に両親が項垂れた。


「黙っててごめん。匠をお金で買ったみたいに思われたら嫌だなと思って話せなくて」


晃にそう言われたらもう何も言えない。

けれどやっぱり両親を許す事は出来ない。


「もう2度帰らないから。晃行こう」


「匠?!」


呆然とする両親を置いて俺は晃を連れさっさと家を出て車に戻った。


「晃ごめん。それに両親の無理を聞いてくれてありがとう」


ハンドルを握る彼にそう言うと俺の方こそ黙っててごめんと言われた。


「もしかして最近仕事が忙しかったのはお金の工面?」


晃が曖昧に微笑む。


アルファとは言え晃の実家は普通の家庭だ。

仕事こそ一流企業だが資産家のように簡単に高額の一時金を支払えるはずがない。


改めて晃に申し訳ないと思った。


「匠、さっきも言ったけど俺が納得して出したんだ。その点に関してはご両親を責めないで」


俺は黙ったまま俯いた。


「でも家族の事は本人たちしか分からないしそれぞれ理由があって今の関係があると思うから俺は口は出さない。匠がもう会わないと決めたのならそれでいいと思う」


「うん、ありがとう」



俺はほっと肩の力を抜いた。


子供の頃から両親は仕事で忙しくゆっくり会話した事もない。

それでもここまで育ててくれたんだから言いすぎたとは感じるが許せないのは事実だ。

そんな気持ちを晃は頭ごなしに責めずちゃんと汲んでくれる。



理解出来なくてもいい。

お互い考え方は違っても価値観を押し付けるのではなく黙って寄り添って欲しい。


晃とならそんな風に生きていけると思った。






安定期に入ってしばらくしてから新居に引っ越しをした。


少し広めでユキの家ともさほど遠くない一軒家だ。


小さい庭があり周りを低い塀と果樹に囲まれた可愛い家。

借りたのではなく購入したと聞いた時は驚いたけど。


晃の家族はみんな2人の結婚を歓迎してくれたので子供のイベント事に招待するにも丁度いい大きさでとても住みやすそうだ。


「冷蔵庫はどこに置く?」


「手前の壁側がいい。両開きだからどっちの壁でも良いよ」


子供の事があり軽い作業しか出来ないけど何もなかった家にどんどん荷物が運び込まれるのは楽しい。


ユキも手伝ってくれたのであっという間に片付き、一緒にご飯でもと誘ったらデートだと断られた。

幸せそうで俺まで嬉しくなる。



ユキには誰よりも幸せになって欲しいと思う。


そんな事をぼんやり考えていたらいつの間にか晃が側に来ていた。


「匠、体調悪くないか?」


「全然問題ないよ。コーヒーでも淹れようか」


そう言って立ち上がりかけた俺をそっと押さえて自分もソファに座った晃は大きくなった俺のお腹に向かってゆっくり話しかけた。


「早く生まれておいでー」


「あと3ヶ月は無理かな」


俺は笑いながら言う。


男性オメガの出産は全て帝王切開だ。

その為に入院や予定日も予め決められている。


「もう少し早かったら匠の誕生日に合わせられたのにな」


「そうだね。でも・・」


俺は晃の頬に口付けをしてにっこり笑うと

2人きりの誕生日が嬉しいと伝えた。


晃は笑って唇にキスを返すと優しく俺を抱きしめる。


妊娠中はヒートが来ないのでまだ番にはなってないけれどすっかり新婚の気分だ。


もう一度キスをしようと近づいた時、俺の携帯が鳴った。

知らない番号だ。


出ると金融機関を名乗る男性の丁寧な声がする。


「本日は定期預金のお勧めでして・・」


セールスか。

そう思って不要だと伝え切ろうとすると相手が慌ててこれだけの金額を普通口座にそのままにするのは勿体ないと言い募り切らせてくれない。


預金?

何の話だろう。


聞けばひと月ほど前に振り込まれたお金の件だと言う。

覚えがないと言うと振り込み金額と振り込み人の名前を言われ俺は息が止まるほど驚いた。


久しぶりに聞く直人のフルネームだ。



そういえば何かのお金を振り込むと最後に会った時に言われた事を思い出した。


それにしてもとても受け取れないような額に晃に相談しようと一旦電話を切る。


「なんだその大金」


案の定晃も驚愕の表情を浮かべている。


俺は慌てて直人の携帯に電話をかけるがもう使われていないと冷たいアナウンスが流れるばかりだ。


しばらく考えてまだ残っていた大久保さんの番号にかける。


しばらくすると懐かしい声が聞こえた。


「お久しぶりですね。どうされました?」


穏やかで優しい、けれど直人が実の親よりも頼りにしていた芯の強い人の声だ。


「直人と連絡が取りたいんですけど」


事情を話しそう伝えると大久保さんはしばらく黙ってから謝罪の言葉を紡ぐ


「私ももう連絡が取れないんです」


「どうして・・」


「ずっと憧れていた場所で今は2人で幸せに暮らしておられます」


ああ、直人にも愛する人が出来たのか。

そう安心はしたがお金のことは引き下がれない。


「何とか一度だけでも連絡をつけて欲しいんです」


「匠様」


大久保さんの声は更に優しくなる。


「金額については一切苦情は受け付けないと了解を取った。いらないのなら寄付でも何でも好きにすればいい。それは匠への最後の気持ちだ」


「えっ」


「・・そのように言付かっております」


困惑する俺に大久保さんは晃に変わって欲しいと言った。


言われた通りにすると晃は話しながら言葉を詰まらせ慌てて部屋を出ていく。


俺には聞かれたくないのかな・・そう思ってキッチンで暖かいお茶を淹れていると話が終わったであろう晃が俺を後ろから抱きしめた。


そして肩近くまで伸びた髪をかき分けうなじを出すとそこに口付ける。




あまりにゆっくりと優しい仕草に

まるで何かに祈るみたいだなと思った。




「どうしたの?返金させて貰えそう?」


「どうしてもダメだって。落ち着いたら寄付を考えよう。直人さんも喜んでくれるような所に」


「うん?晃がそう言うならそれでいいよ」


その後も晃は言葉少なにずっと俺の側で体のどこかに触れていてこんな風に甘えるなんて珍しいと揶揄うと少し寂しそうに笑って見せた。




結局その顔の理由も大久保さんと話した詳細もわからないまま忙しく月日は流れ出産予定日が迫ってきた。





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