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第13話 ユキの過去

「匠ー!ご飯だよ」


ユキが暖かそうなお粥を手に俺の側に来た


「熱い冷たいは分かるよね?火傷しないように食べて」


「ありがとう」


せっかく作ってくれたのに。

俺の舌は愛情いっぱいのこのお粥がどんな味か教えてはくれない。


「どう?やっぱり味しない?」


俺は少し曖昧に頷き、申し訳なさに僅かな食欲が消えていくのを感じる。


「ふふっ」


けれどユキはがっかりするどころか楽しそうに笑った。


「そのお粥カラフルでしょ。野菜沢山入れたんだ」


「うん。」


確かに手の込んだ栄養のありそうなお粥だ。


「匠の嫌いな椎茸もたーーっくさん刻んで入ってるよ」


「えっ」


思わず皿を凝視するとそれらしき茶色のカケラが……。


「味覚ないって便利なこともあるね。妊娠中は塩分もよくないから野菜のダシのみで実は何の味もしないお粥なんだ。さっき味見してゲンナリしちゃった」


その笑顔にホッとして自然にスプーンを口に運ぶ事が出来た。

時間はかかったがお碗いっぱいのお粥を完食出来て自分でも驚く。


「えらいね!少しずつ食べようね」


「世話かけてごめん。ありがとう」


「全然大変じゃないよ。味付け必要ないし」


そう言ってまた笑うユキに不安で怯え固まっていた心が優しく溶かされていった。





「そうだ、晃に退院したこと連絡しといたよ。夜顔見に来るって言ってたけど疲れてるなら断るよ?どうする?」


「うん大丈夫。ありがとう」


晃ともちゃんと話をしなければいけない。

まだなんの覚悟も出来てはいないけれど。








「匠」


晃はドアを開けるなり出迎えた俺を見ていつもと同じ笑顔を見せた。


「お帰り。ご飯出来てるよ。入って。まあユキの家だけど」


そう言って先を歩く俺に付いてリビングに来た晃はダイニングテーブルを見て目を丸くした。


「どうしたのこの料理。ユキ作れないよな?」


「失礼しちゃう。僕だってやる時はやるんだよ?……と言いたいとこだけど全部匠が作ったんだ」


「えっ?だって……」


「安心して。味見は全部ユキがしてくれたから」

俺も笑って応える。


それだけでは無い。

ユキは動かない左手の指の代わりもしてくれた。



「めちゃくちゃ腹減ってたんだ。食って良い?」


「まずは手でも洗ってきなよ」


「はーい」


そんな俺たちのやり取りをニコニコと見ていたユキはテーブルに色とりどりの取り皿を用意して食卓を飾ってくれた。






「あー美味かった!」


満足そうにソファで寛ぐ晃。

そんな彼を呆れたように見ながらユキはちょっと出て来ると言って玄関に向かった。


「どこ行くの?」


「アイス食べたくなったからコンビニ!すぐ帰ってくるよ」


俺が行くと立ち上がった晃を制してそう言うとさっさと部屋を出ていく。

もしかして2人で話をしやすいようにしてくれたのかな


晃も同じ事を思ったのかソファに座り直して横においでと俺を呼ぶ。


「体調は?」


「元気だよ」


3人で囲む食卓は楽しくて味は感じられなくても同じように食べる事が出来た。



「ところでさ、落ち着いたらまたこの前の水族館行かない?」


「いいね」


「穴場だよなあ。設備凄い割にそんな混んで無いし。クラゲまた見たいなあ」


「あっ!俺もクラゲ好き」


あの時は楽しかったな。


直人と優斗の幸せを願いながらいるかも分からないお腹の子供と晃との将来に少しだけ思いを馳せたんだっけ。


直人には愛想を尽かされたけどそれでも大事な人に変わりはない。

ましてや1人になった彼がこれからどんな気持ちで生きていくのか心配でたまらない。


その気持ちは愛だと思っていたけど


直人が幸せでいられるなら相手は自分じゃなくても良いと思う。


これが直人の言っていた違う形の愛情なんだろうか。



そんな事をぼんやり考えていたら晃が複雑な顔をして俺を見ていた。


「どうした?」


「いや、直人さんのことを思い出してる顔してたから」


「すごいね。分かるんだ」


「そこは嘘でも晃のこと考えてたって言って欲しかった」


ふざけた口調で拗ねたように俺を責める晃に思わず笑ってしまった。


それを見て晃も笑う。


これからの事を話したいだろうに

のんびりと世間話を続ける晃。

追い詰めないでいてくれる

その気持ちに救われる。





「そういえばユキ遅くないか?」


「そうだよね……」


気を遣って2人にしてくれたんだとしてもそろそろ1時間だ。

流石に遅い。


携帯に連絡してみるが繋がらないしメッセージに既読もつかない。


「探してくるから匠はここにいろ」


晃は険しい顔で立ち上がり外に飛び出していく。


希少種のΩは法律でも手厚く保護されていて昔のように理不尽に性的な暴力を受けるような事はない。


けれど希少種が故に人身売買目的で誘拐などもあると聞いた事がある。

特に俺と違いΩの特徴である際立った美しい容姿のユキは学生の頃から男女問わず色々な相手に付き纏われていた。


最悪の想像が頭をよぎり血の気が引く。



無事でいて欲しい


震える手で携帯を握りしめ

俺はひたすらユキに連絡を取り続けた。




連絡を待つ俺の携帯に着信があったのは晃が部屋を飛び出して30分ほど経った頃だった。


「ユキ?!」


「心配かけてごめんねー。今から帰るよ!じゃあね」


それだけ言うとさっさと切れてしまった携帯は安心して膝から崩れ落ちた俺の足元に音を立てて転がった。


良かった本当に。


キッチンを少し片付けようと思っていたのに腰が抜けたように立ち上がれなくなってしまい、仕方なく床にへたりと手をついたまま2人の帰りを待つ。


程なく玄関ドアの開く音がして俺は視線だけをそちらに移動させた。



「おかえり……えっ?!」


「ただいま」


気まずそうに苦笑いをしたユキの上着は泥で汚れ頬には打たれたのか赤い跡が付いている。


何があったのか聞こうと隣の晃に目をやるとその彼の口元にも殴られたような痕と滲んだ血が見えた。


「何があったの……」


また心臓がバクバクと音を立てる。


「ごめんね、なんでもないよ。ちょっと知り合いに会ってね」


知り合い?

こんな暴力を振るう知り合いってなんだ?



「従兄弟なんだけど仲が悪くてさ。まあいつものことだから気にしないで。今後は会わないように気をつけるよ。汚れたからシャワー浴びてくるね」


ユキは早口にそれだけ言うとバスルームに飛び込んだ。


詮索されたくないらしいその様子にそれ以上は聞けず、代わりに晃をソファに呼び寄せ傷の消毒をした。


「これはユキの従兄弟って人にやられたの?」


「ああ」


仏頂面で晃が短く返事をする。


「何があったか聞いても良い?」


「事情は知らないけど」


そう前置きをして晃は今起こった出来事を俺に話してくれた。


ユキを探してコンビニまでの道を走っていた時、暗がりから悲鳴が聞こえ、駆けつけるとユキが知らない男に掴み掛かられていたらしい。


すぐに引き剥がして取り押さえようとしたが激しい抵抗にあい殴り合いの末その男は逃げ出した……。


「それだけ?」


「それだけ」


ユキはその男を従兄弟だと言いそれ以上は何を聞いても答えなかったと言う。


「あいつがどんな理由でユキを襲ったのか知らないけどちゃんと解決しないと今後もこんな目に会う」


俺も同感だ。


「でもユキが話したくないのなら無理には聞けないよ」


ユキはやたらと秘密を持つような性格じゃない。


話したくないのか

話せないのか……。


「ユキとは出来るだけ一緒に行動する」


「そうだな。何かあったら匠はすぐ逃げろ。周りの人に助けを求めて俺にもすぐ連絡をくれ」


「わかった」


切れた口の端にテープを貼って手当てが終わったと同時にユキが髪を拭きながらリビングに戻ってきた。


「晃、ごめんね。良かったらシャワー浴びて」


「いや、もう今夜は帰る」


「わかった。気を付けて」


2人で晃を見送った後俺はユキにソファに横になるように言った。


「なんだよー。病人じゃないんだから」


そう言って唇を尖らせるけどいつもの勢いはない。


そんなユキの頬に氷の入った袋を当てて痛々しい赤みを消そうと寄り添った。


「可愛い顔が台無しだなあ」


「これくらいで僕の魅了は損なわれません」


減らず口は健在らしい。


「本当に大丈夫なのか?」


「うん。心配かけてごめん。今日はちょっと油断した」


綺麗な琥珀の瞳が揺れたのは気のせいではないだろう。


「ユキいつかさ」


「ん?」


「その荷物が持ち切れなくなったら半分ちょうだい」


ユキは俺を凝視し唇をキュッと結んだあと手で大きな目を覆い隠してしまった。


「冷たくて気持ちいい」


「そうだね」



俺も

晃も

ユキも

世界中のすべての人が必死で生きてる。


何かを掴む為に

何かを捨てる為に


自分を超えて高く飛ぶ為には

荷物は軽い方がいい。

ユキがそうしてくれたように俺も彼の荷物を引き受けたい。



そのうち大人しく頬を冷やされていたユキから規則正しい寝息が聞こえ出す。


俺は細い肩に毛布を掛け、いい夢が見られるようにと柔らかい髪を優しく撫で続けた。


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