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第10話 晃視点 

晃視点







「匠が目を覚ました?すぐ行く!」


ユキからの連絡に俺はすぐさま上着を掴んで玄関に向かった。


「待って!まだ先生の診察も終わってないし、なんか話があるみたいでしばらく病室に入れないんだ。」


「でも近くにいたい」


たとえ顔が見られなくても。


「もうちょっと待ってて。診察終わって面会出来そうなら改めて連絡するから。とにかく無事に目覚めたからもう大丈夫だよ」


「分かった……ありがとう」



俺は電話を切るとその場に座り込む。


「良かった……本当に」


1人でそう呟いて昨夜の惨状を思い出し匠を失うかもしれなかった恐怖に体を震わせた。








昨夜、匠の様子がおかしいとユキから連絡を貰ったので2人で彼の住むマンションまで駆けつけた。

するとエントランス前に救急車が停まっていたのだ。

嫌な予感がして足速に入り口に向かうと、廊下の先から直人さんが走って来た。

救急隊員に先導されて血塗れで意識のない匠を横抱きにして……。


「匠!!」


思わず叫び駆け寄ると直人さんはハッとしたように足を止め泣きそうに顔を歪めて俺たちを見た。


「直人さんどう言うこと?!匠は……ああそれより早く病院に運んで!」


ユキは声を震わせながらも直人さんを急かす。

横たわる匠は元々白い肌を更に白くさせてピクリとも動かなかった。


バスタオルを巻かれた左腕から滲む血は止まる気配が無いし、だらんと垂れた脚は記憶の中の匠よりずっと痩せ細っている。


頭の中で様々な感情が溢れ言葉の出ない俺を横目に、匠の血でシャツを真っ赤に染めた直人さんがユキに縋るように声を絞り出した。


「ユキくん、あの子に付き添ってやってくれないか。俺は怖がられてるから意識が戻るとパニックを起こすかもしれない。すぐ車で追いかけるから」


「……わかりました」


そう言うなりユキは何も聞かずさっと救急車に乗り込み隊員と言葉を交わした。


「ユキ!俺も……!」


「後で直人さんと一緒に来て!」


話は終わりとばかりにバックドアが閉まる。


静まり返った夜更けの街に耳を塞ぎたくなるようなサイレンを鳴らして匠を乗せた救急車は闇に消えていった。






「驚かせてしまった。すまない」

そう呟いた直人さんは憔悴しきっていた。


「何があったんですか」


「首の……噛み跡が」


「え?」


直人さんはどこを見ているか分からない虚な目でそう言った。


「噛み跡?」


「そう。噛み跡が消えそうだったんだ」


直人さんはエントランスにある来客用ソファに崩れるように座り込み、吹き抜けを見上げて独り言のように続けた。


「噛み跡が消えたら優斗はどこかに行ってしまう。だから噛もうとして……怖がらせた。そしたら優斗は刃物で自分の腕を……」


……優斗じゃない。あれは匠だ。そう言いたい気持ちを堪えて唇を噛んだ。


けれどあれだけの怪我を自分でやったと言うのか。

一体どうして……。


それに噛み跡が消えるなんておかしい。

確かに番になったΩも最近はお互いの気持ちが離れれば頸の噛み跡は消えていくと聞いたことがある。

消えれば他のαと番う事が出来るので絶滅に瀕しているΩの進化の形だとテレビで言っていた。


でも匠は直人さんを心から愛してる。

何故噛み跡が消えるんだ?


そこまで考えたところでそれどころじゃないことを思い出した。


「直人さん早く病院に行きましょう」


「ああ。車を呼ぶ」


……この人も随分と痩せてしまったな。

それにしても彼らに何があったのだろう。


俺は色のない匠の顔を思い出し、焦燥に駆られた。







程なくして到着した迎えの車に乗り、病院に着いた俺たちは救急の入り口から案内されて手術室の前にたどり着いた。


ユキが小さな体を更に小さく丸めてベンチにうずくまっている。


「どんな様子だ?」


「手首を刃物で何度も切り付けたみたいで神経がちゃんと繋がるか分からないって」


「何でそんな事……」


ユキは何も考えたくないとばかりに更に小さく丸くなった。



俺は茫然自失の直人さんを促しソファに座った。

この状態では何があったのか聞き出すのは無理だろう。


「直人さん」


俺の呼びかけに直人さんは黙って虚な目だけを俺に向ける


「匠は俺の運命の相手です」


何も映してなかったその目が徐々に大きくなり、ようやく視線が噛み合った。


「一生大事にしたいと思ってます。」


最後まで言わなくても俺の意図は伝わったのだろう。

そうかと小さく呟いて彼は下を向いた。

静かな廊下に時計の音だけが響く中でそれぞれがただ1人の人にそれぞれの思いを馳せる。






直人さんは俺が匠と呼んだことに気が付いただろうか。






手術室のドアが開き、医師が姿を見せたのはもう空が明るくなってからだった。


「匠は!」


「大丈夫ですよ。出血が酷かったので回復に時間はかかりますが」


「ありがとうございます!」


「血圧や心拍が安定したら病室に移します。今後のリハビリについてはまたご相談しますので」


俺たち三人は、匠を救ってくれた若い医師に何度も頭を下げてお礼を伝えた。




その後、担当看護師から付き添いの話があり、手を挙げたユキが診察室に消えた。


「……直人さん、付き添わないでいいんですか?」


俺の言葉に彼は黙って頷いた。


「でも、匠は待ってるかもしれませんよ」


違う名前を呼ばれても愛していた相手だ。

目が覚めた時、側にいて欲しいんじゃないだろうか。


「……さっきも言っただろう。俺がいると怖がらせる。それに俺は彼のそばにいる資格がない」


「それはどういう……」


俺が最後まで言い終わらないうちに直人さんは立ち上がり、ふらふらと出口から姿を消した。



記憶は戻ったんだろうか。


それならきちんと匠に伝えた方がいい。

そして匠を愛してると伝えれば2人は仲良く暮らせるだろう。

優斗さんがいなくなった今、昔よりずっと寄り添って生きていけるはずだ。


こんな風に匠を苦しめるのはどうしてなのか。

いくら考えても分からない。





……そんな風に昨夜のことを思い出していると、再度ユキから連絡が入り、俺は急いで部屋を飛び出し、病院に向かった。





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