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第9話 助けて

直人が一人で出かけてしまったので食欲もなかった俺はシャワーだけ浴びて自室で横になった。

ストレスなのか最近どうにも体調が悪い。

家に2人で閉じこもりきりなのも良くないのだろうか。




そんな事を考えながらいつの間にかうとうとしてると玄関で物音がする。

直人が帰ってきたんだ。



飛び出して行きたいけどまたあの冷たい声で拒絶されたらと思うと脚が竦む。


どうしたらいいのか考えを巡らせていた俺の耳に不意にノックの音がして直人がドアの隙間から顔を出した。


「起きてるか?」

「あ、うん」


慌てて上体を起こしながらもいつもの優しい声に戻っていてホッとする。


「起きなくていい。体調はどうだ?」

「もう大丈夫。ごめんなさい」


そう伝えると直人はゆっくりベッドに腰掛けて大きな体で俺を優しく包んだ。


嬉しい。


嬉しいはずなのに。


また気持ち悪くなって直人の機嫌を損ねたらと思うと怖くて体が強張る。


「なあ優斗」

「はい」



「誰か他に好きな人出来た?」




言葉の意味を理解するまでに時間がかかる。


「え?なに言ってんの?そんな訳ないよ」


突然なにを言い出すのだろう。



黙って首筋に顔を埋めるように抱きつく直人はまるで大きな犬のようだ。


「直人……くすぐったい」


拒絶と取られないように軽い口調でそう言ってゆっくり胸を押すと突然首の後ろ、噛み跡のある場所に歯を立てられた。



「!!」


ゾクゾクと背中から駆け上がって来るのは快感ではない。

強いて言うなら捕食される小動物の恐怖。


俺はとっくに直人のものなのに

この反応は一体なんだ?


「やめ……やめて」


囁くような小さい声でガタガタと身体を震わせる俺を驚いたような顔で見つめる直人。


沈黙の後


直人は小さな声でごめんと呟いて部屋を出て行った。




もうダメだ。

いくら心で直人を愛していても身体はこんなにも拒絶してる。


思い通りにならない自分にパニックを起こしそうで涙が止まらない。


震える手で電話を手に取り馴染んだ名前をタップする。

こんな遅い時間に、なんて事さえ考えられない状態だった。


「ユキ……」


「匠?どうしたの?大丈夫?」


最後にあった時に喧嘩別れのように家を飛び出したのに。

変わらず心配そうな声で名前を呼ばれ、その名を捨てようとした事が取り返しのつかない事だったと思い知る。


「俺……直人が好きだ。一緒にいたい」


「うん、知ってるよ」


「でもダメなんだ。触れるだけで気持ち悪くなって。結局直人のこと傷付けてる」


「……落ち着いて。今夜は遅いから明日会おう?話聞くから」


「ありがとう。また連絡する」


短い会話を終え再びベッドに横になるが、先程の吐き気と不快感がまたじわじわと体を蝕む。

こんな状態で直人のそばにいたいなんて図々しいにも程がある。

あんなにつらい思いをしてる直人を更に傷付けるなんて……


ため息をついて目を閉じ直人の優しい笑顔を思い出した。


優斗になりたいと思った。

あんな風に愛されてみたいと。

その望みが叶ったのに

こんなに苦しいなんて俺はなんて自分勝手なんだろう。







……俺が死ねば良かったのに。


ふと頭にそんな思いが浮かんだ。


そうすれば直人は優斗と一緒に幸せに暮らせた。


もしかして



俺が死んだら



俺の代わりに優斗が生き返るかもしれない。

そうだどうしてコンナ簡単な事に気付かナカッタんだろ



俺の命をツカッテ……


ユウトガイキカエレバ


ソウダ




おレが……シネバイインダ……







        ...................................






目が覚めた時

見える景色がすべて白くて何が起こったのか分からなかった。


頬にふわふわしたものが当たってくすぐったくて仕方ないのに、体が重くて腕も動かせず払うことも出来ない。


仕方なく少し顔を動かしてふわふわから逃れようと試みた


その時


ふわふわしたものが突然俺の名前を呼んだ。

呼んだというより叫びに近かったかもしれない。


そのふわふわはユキだった。


「何馬鹿なことしてるんだよ!会おうって言ったじゃん!待てないならそう言えよ」


ばかなこと?

俺何かしたっけ


しゃくり上げて泣くユキをぼんやり見ながら記憶を手繰り寄せる。


確かに電話で明日会おうって約束して



そのあと確か


良い方法を思いついて


俺にも直人にも一番良い方法……なんだっけ


俺が死んだら優斗が生き返るから死のうって……。


あ……そうだ







自室に戻った直人に気付かれないように

キッチンから包丁を持ち出した。


いつも大事に研いでいる切れ味のいい包丁。


それでお腹を刺そうとしたのに何故か出来なくて。


切り落とす勢いで手首に刃を当てた。


すごい量の血が出たけどすぐに硬いものに当たって。何度も何度も刃を当てたが、それ以上切れなくてそのうち意識を無くしたんだ。



ふと手首を見ると包帯が分厚く巻かれベッドに固定されている。



「手……ちゃんとある。」


「当たり前だ馬鹿!」


ユキが怒鳴る


「腱も神経も滅茶苦茶ですごく長い時間の手術だったんだよ!何してるんだ!本当馬鹿だろ!」


「ごめん……」


確かにどうかしてた。

でもあの時は確かにそれが一番いい方法だと思ったんだ。



「直人は?」


「近くのホテルにいる。目を覚ました時に自分がいたら怖がらせてしまうって」




直人にまた迷惑をかけてしまった。

どうしてうまく行かないんだろう。




「先生呼んでくるね。目覚めたら話があるって言ってたから。直人さんと晃にも連絡入れておく」


「ありがとう」


ユキの後ろ姿を見ながら俺は泣きたい気持ちを堪えて目を閉じた。





しばらくすると医師らしき人が1人で病室に来てひとしきり検査をしてから、椅子に座り俺に向き合った。


まだ若い男性。

恐らく直人と同じくらい。


「手遅れにならなくて良かったです」


優しい声も直人に似てる。

俺は迷惑をかけた事を謝った。


「大事な時期ですしストレスもあるかと思いますがもうこんな事しちゃダメです。良ければうちのメンタル外来で診察受けますか?」


「いえ……あ、大丈夫です」


昨日の俺はおかしくなってた。

もうあんな事しない。


「しっかりしている人ほど怖いんですよ。月並みですが1人の体ではないので話だけでも聞きに行かれた方がいいです。」


押し付けがましくない本当に俺を心配してそう言ってくれてるのが分かる、誠実で真摯な話し方だった。


「ありがとうございます。でも今は無理です。確かに番にも迷惑かけましたが今は彼の方が大変なので俺が病院にかかってる場合じゃないんです」




「いえ、そうじゃなくて……。もしかしてまだ気付いてないんですか?」



気付く?

何に?




「お腹の赤ちゃんのことですよ」


「えっ?」


赤ちゃん?

誰のお腹?


言われた言葉の意味が理解できず俺はぼんやりと医師の顔を見上げた。






















































































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