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第7話 愛の巣と呼ぶべきもの

「おいしい?」


持参したパエリアを口に運ぶ直人にそう問いかけると、複雑な表情で見つめ返された。


「え?美味しくないとか?」


いつもと同じ作り方なんだけど久しぶりだから何か間違えたかな。


「美味しいよ。すごく美味しい。……でも」


「でも?」



「これは匠の味だ」


……しまった。

味を変えれば良かった。


「レシピなんてどれも同じようなもんだから誰が作っても同じ味になるんだよ」


早口で慌てて言い訳をする俺に「そうか」と呟いて視線を外し食事を再開する直人。




納得してくれて良かった。



美味しいと言いながら食べる直人の眉間にはとてもそうは思えないような深い皺が刻まれているけれど。




……俺のこと思い出しているのかな。




悲しいような嬉しいようなそんな気持ちで綺麗な横顔を見つめた。


これからずっと

直人を見るたびに


何度も何度も、同じ気持ちになるんだろう。









直人が完食した丁度のタイミングで、ノックと共に担当看護師がドアから顔を出した。


「神宮寺直人さん

レントゲンですが今からでも大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


直人が体を起こすとすぐ車椅子を近づけて介助をしてくれる。

若いけれどいつも細やかな気遣いをしてくれるとてもいい人だ。




「しばらく戻らないけど待っててくれる?」

俺は直人の問いかけにこくんと頷いた。


車椅子が遠ざかっていくのを見送ってから、俺は自分の鞄に目当ての物がある事を確認し、トイレを目指す。




朝はバタバタしていて出来なかった妊娠検査。

もし子供が出来ていればそろそろ結果が出るだろう。


体調にも変化はないしそもそも出来にくい身体なんだから……そう思いながらもソワソワしてしまう。



数分経って現れた結果は案の定 陰性。



分かっていたはずなのにがっかりしている自分に驚いた。



子供がいたら時期的にも間違いなく晃の子供だ。

直人のそばに居ると決めた自分にとってその子は重荷でしかない。

これで良かったはずなのに。



一瞬でも晃と子供と3人での暮らしを想像してしまったから。


それはとても幸せに思えたから。





けれど子供はいなかった。

それが俺の運命なんだろう。




しばらく考えて晃に結果の連絡を入れ病室に戻り携帯の電源を切った。




気落ちした返事を見たくなかったし今は晃の声も聞きたくなかった。






俺は直人を愛してる。

今までもそしてこれからも

直人だけを愛して生きていくんだ。





1時間ほど経って検査から戻ってきた直人が来週退院できると言った。


俺には全く馴染みのない優斗と2人の家に『帰ろう』と嬉しそうに笑う直人に、俺も嬉しそうに笑って見せる。




直人から香る嫌いだったよその家の匂い。

それがこれからは俺の家の匂いになる。





「じゃあそろそろ帰るね」


日も暮れて面会時間終了のアナウンスが流れる。帰り支度をする俺に直人が今度はローストチキンが食べたいと言った。


パエリアと同じ俺の得意料理だ。


「どうして?」


「好物だから」


至極真っ当な答えだけど。


本当にそれだけ?

俺を忘れたいの?

それとも思い出したいの?

直人の考えている事がまるで分からない。


「じゃあ明日ね」


俺がそう言うと直人はゆっくり頷いて目を伏せた。







病院の帰りスーパーに立ち寄り鶏肉を見ていると携帯が鳴った。


……ユキだ。


「どこにいんの?」


「駅前のスーパー」


「すぐいく!」


……なにしに?

そう思ったが誰かと話したい気分だったので待ってると伝えて電話を切る。


一緒にご飯でも食べようかな。

でも生肉買ったら早く帰らないと傷んじゃうよな。

どうしよう。


けれどそんな迷いはユキの登場によってあっさり解決に導かれる。


結果、俺は今一番会いたくなかった晃の家で晩御飯にするべく、チキンを焼いている。



「僕賢いでしょ?鶏肉は傷まないし一緒に晩御飯食べられるし!」


「あはは本当だね」


俺はカラ元気を装い、笑った。

ちなみに晃とは会った瞬間から目を逸らし続けている。


「なんか空気変じゃない?2人とも」


……ユキにも言っとかなきゃいけないよな。


俺が口を開こうとしたその時


「匠子供出来てなかったんだってさ」


晃がなんでもない事のように明るい声でそう言った。


「そうなんだ。出来てると思ったのにな」


「残念そうだな?子供嫌いって言ってたくせに」


「なんだよもう!嫌いだよ!ついでに晃も大嫌い!」


笑いながらユキを揶揄う晃。


大事にしてくれる人に大事なものをあげられなかったことに胸がぎゅっとした。


「ごめんな。晃」


目を合わせずにそう言う俺に、晃が立ち上がって顔を覗き込んでくる。


「なんで匠が謝るんだよ」


「そーだよっ!ちゃんと妊娠させられなかった晃が無能なんだよ!」


「おまっ!覚えてろよ」


ユキの酷い言いように思わずくすっと笑ってしまった。




これで良いんだよな。







「喧嘩はやめて。ご飯出来たよ!ローストチキン切り分けてあげる」


「わーーい!!凄い良い匂い!匠のチキン大好きー!」


そう言うユキの皿に多めにチキンを盛ってやった。

直人が一人で食べる量なんてたかがしれてるしこんな美味しそうに食べて貰えたら鶏も本望だろう。



「そうだ。来週退院だから直人が優斗と住んでた家に俺も引っ越すよ」


俺がそう言うと2人のフォークの動きが止まった。


「本気で言ってるの?一生優斗って呼ばれるつもり?」


ユキの目が怖い。


「いつかは良くなるはずだから一生ではないと思うけど」


「記憶が戻っても元に戻れる保証なんかないんだよ?」


「分かってるけど今の状態でほっとけない」


「それは愛情なの?」


カシャンと皿の上にフォークが投げた。


「どう言う意味だよ」


「一度は自分の人生を生きるって決めたじゃないか。何してるんだよ!」


「あの時と事情が違うだろ?!」


「やめろって!」


睨み合う俺とユキの間に割って入った晃は、ため息をついて俺たちを眺めた。




ユキに言われなくてもちゃんと分かってる。

その時の俺はそう思ってたんだ。


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