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第3話 突然のヒート



街がすっかり夕闇に包まれる頃、俺は複雑な思いで晃の家を後にした。

そしてさらに重くなった足を引き摺りながら、どうにか実家まで辿り着く。


「ただいま」


久しぶりに馴染みのある玄関で靴を脱いでいると、驚いた顔をした母がキッチンから飛んで来た。


「どうしたの急に!まさか直人さんに愛想尽かされて追い出されたんじゃないわよね?!」


まあ……

あながち間違いではないけれど。


説明も面倒なのでそうだよと短く返事をして居間に入った。


「えっ?!どういう事なの?ちゃんと詳しく話しなさい!」


その騒ぎを聞いて、居間で晩酌をしていた父が驚きのあまりビールの入ったグラスを落とす。


……あーあ。

せっかく俺の結納金で買った輸入物のカーペットが台無しだ。


「そうなのか?やっぱり子供が出来なかったからだな?!匠!明日一緒に病院へ行こう!ちゃんと検査して人工授精でもなんでもしよう!」


一気に捲し立てる父にゲンナリして母の方を見ると



……泣いてる。


勘弁してほしい。

泣きたいのはこっちなんだよ。


「直人くんには父さんからちゃんと謝って説明するから。とりあえず部屋でゆっくり休みなさい」


「連絡はしないで」


「え?」


2人の邪魔はしたくない。


「大事な出張で1週間は連絡しないように言われてるから今は電話しないで」


「そうか、わかった。じゃあ週明けにな」


父の言葉には返事をせず、俺は階段を駆け上がり自分の部屋のドアを開ける。


けれど懐かしいその部屋は、ベッドや机まで俺が使っていたものは既になく、代わりに大量の荷物が保管されてすっかり倉庫としての様相を呈していた。


……何だよ!たった一年いなかっただけで!


わかっていた事だけど、両親が心配してるのは家同士の繋がりだけなんだ。

何があったのかさえ聞いてくれない二人に俺は改めて絶望した。




俺に居場所はあるんだろうか。







それからしばらく生活しにくい部屋を片付けて引きこもって過ごしていた。

あまり両親の顔は見たくなかったので、時間帯をずらし食事も自分で作ったりコンビニに行ったり。

何も考えなくていいようにひたすら面白くもないゲームをしている。


病院の不妊検査なんか死んでも受けないと言ったからか、あれからその話はない。

うっかり行って異常なしなんて言われたら、すぐに直人の元に戻れと大騒ぎするだろう。


……でも直人はきっと断る。

邪魔者がせっかく出て行ったのに、また引き取るなんてごめんだろう。


その証拠に直人からの連絡はない。


まだ優斗と一緒にいて離婚届を見てないのか。

それともこれ幸いとばかりに既に提出したのか。


「あーもうどうでもいい」


自分から家を出たくせに、寂しさとやるせなさでぐずぐずになりながら簡易ベッドの上でぬいぐるみを抱いて転がった。


その時携帯からメッセージの通知音が鳴る。


「もしかして!」


飛び上がって確認するけれど、それは待ち望んでいた人からのものではなかった。



【どうせ暇でしょ?晃の家に集合!】


相変わらず強引なそのメッセージ。


実家に戻ってから時間を作ってはマメに誘ってくれるユキからだ。


がっくりと肩を落としたけれど2人の気遣いにとても助けられている事は確かだ。


俺はスマホだけ持って家を出た。








「じゃあ改めて!たくみ!離婚おめでとー!」


無神経にも程がある。


案の定晃に睨まれてそっぽを向いたユキは手にしたグラスを1人で派手に煽った。


まあそれくらい言われた方が気は楽になるけど。


「直人さんから連絡は?」

「無いよ。」

「まだ帰ってないのかな?じゃあ離婚届見たらショックだろうね」


ショック?直人が?

そんなこと考えたこともなかった。


「俺がいない方が良いに決まってるから喜ぶよ」


これでなんの罪悪感もなく優斗と一緒になれるんだから。


「前に匠の家で直人さんに会った時に匠をどう思ってるのか聞いたことあるんだ」


「お前!いつの間に!」


油断も隙もない。


「直人さん言ってたよ」

そう言ってユキは俺の目を見た。


「契約結婚だから匠は私を好きではないだろうけど私にとっては可愛くてたまらない大切な人だよ。優斗とは違う形で愛してるよ、って。」


胸がぎゅっと掴まれ瞼が熱くなる。

「何だよユキ。別れさせたいのか戻したいのかどっちだよ。本当に相変わらずだな!」


そんな風に軽口を叩かなければ恋しさと寂しさが溢れて泣き出しそうだ。

俺は慌てて立ち上がり、キッチンに向かった。


「僕は匠に後悔ないようにちゃんと考えてほしいだけだよ」



そんなこと言ったって愛はひとつしかない。

少なくとも俺にとってはそうだ。

優斗とは違う形であればそれはもう俺の思う愛ではないんだ。


けれど……



今、胸がちぎれそうなほど直人に会いたい。









「匠おつまみ作る?手伝うよ」

「お前は本当に自由だよな」


俺がキッチンに来たのは泣き顔を見られたくないからであって

決しておつまみを作るためじゃない。


「……何作る?」 


仕方なく晃の家の冷蔵庫を2人で開けて、中を物色していた時、突然ユキがハッとしたように俺を見た。


「なに?」


「僕帰るね!」


「え?なに?急に。あ、じゃあ俺も帰ろっかな」


「だめ!匠はここにいて!絶対外に出ないで。何なら泊まって行って」


「は?」


お前は家主か?


「良いからいう通りにしてわかった?」


ユキが普段見せないような真剣な顔をするので気迫に負けてこくこくと頷く。


「晃には言っておくから。じゃあね!」


「ああ……」


そのままユキは晃にボソボソと何かを伝えると何事もなかったようにさっさと帰り支度をして家を出て行った。



そして晃はと言えば




淡々としたユキと対照的に赤くなったり青くなったり忙しく一人で何か考えこんでいる。


ユキに何を言われたんだ?


普段あまり表情を変えない晃の変化が面白くて様子を見ていたら、突然真面目な顔でこちらを向いてこう切り出した。


「匠、お前これからヒートが来るみたいだぞ」


「えっ?まだ先の予定だしなんの兆候もないけど?」


そう言った直後、俺の背中に電流のようなものが走り燃えるように身体が熱くなった。


「な……なにこれ」


こんな激しいヒート経験したことない!


俺は呼べるはずもない番に心の中で助けを求めた。


鋭利になっていく感覚とは裏腹に、霞がかかっていく意識を処理しきれず、俺は目の前の晃にすがりついて気を失った。




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