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最終話 神の思し召しのままに

 ターバンを巻いたカリフ国兵士が、背中から撃たれて次々に倒れていく。

 背後からの攻撃に気づいた兵士たちはぐるりと振りむき、奇襲に対応しようとするが、その多くは振りかえりざまに銃弾を浴びてたおれた。


「……イーアドか?」

 ふらつきながら、土方が言った。

 窪地になった洞窟のまわりを見下ろすようにして、イーアドらしき人影がAKを連射していた。

「百人力だぜい!」

 左之助がG3ライフルを乱射しながらさけんだ。


 奇襲を受けて挟み撃ちになったカリフ国兵士は、さっきまでの統制された行動が嘘のように崩れた。次々と銃弾を浴びて、踊るように倒れ伏した。

「あいつが……」

 形勢は逆転していた。

 それを見届けた土方は、大刀を地面に突き刺し、杖のようによりかかった。

 つう、と粘度の高い血が口から垂れた。


「だ、大丈夫ですか土方さん」

 目ざとく見つけた沖田がやってきて、土方に肩を貸した。

喀血かっけつは私の売りなのですから、勝手に喀血しないでください」

「……無茶言いやがる」

 かつては京都中の娘が、この病身の美形剣士に夢中だった。そのことをふざけて言った沖田に、土方は皮肉な笑みをうかべた。


 カリフ国兵士たちは、死んだ。

 辺りには硝煙のにおいが立ちこめている。

 土方は沖田の肩を借りながら、地面に散らばる薬莢を蹴とばして洞窟を出た。

 強い日差しが肌を灼いた。晴れわたった空の下、何十人もの兵士が倒れている。かれらにも家族はいるのだろうが、死者は何も語らない。

 かれらが何に殉じていたのかは知らないが、イスラム教本来のすがたを外れて、いびつに歪んだ教義に殉じたのだとしても、死者は悼むべきだろうと思い、土方は目を閉じた。


 わっ、と後ろから歓声があがった。

 振りむけば、二人のアメリカ人が手を取りあって、久しぶりの陽光を浴びてはしゃいでいる。

 ミューが駆け寄ってきて、

「土方さん、ごめんね、ごめん。私たちのために……」

 泣きそうな声で言った。

「すぐ近くの村に行って、医者を呼ばなきゃ」

 と肩を貸そうとするミューに、土方は言う。

「怪我なんざしてねえよ」

「いや、そこは認めましょうよ」

 ぼろぼろの土方を見て、沖田が苦笑して言った。


 ふと顔をあげれば、窪地を見下ろすようにして、小高くなった場所にイーアドが立っていた。AKを肩にかけ、倒れたカリフ国兵士たちをじっと見ている。

「ちょっと待ってな」

 土方は沖田の肩を離れ、ひとりあるいていく。

 その背中はふらふら揺れていたが、毅然とした決意に満ちていたので、ミューは追おうとして、やめた。


 土方はイーアドとむかいあった。

 ライフルを背負ったイーアドの腹に、血がにじんでいた。身を隠さずに戦ったのだろう。それが贖罪しょくざいのつもりなのかどうかは、かれ自身にしかわからない。

 硝煙のにおいのなかで、イーアドがなにかを言った

 だが、その言葉は翻訳されなかった。

 さっきの衝撃で、スマホが壊れたらしい。土方が腰のポシェットからスマホを取りだしてみると、見事にひしゃげていた。

 土方は、無造作に捨てた。かしゃり、と軽い音がした。


 もう言葉が通じないとわかっていながら、言う。

「有り難うな」

 イーアドは、砂にまみれて転がっているスマホを一瞥した。

 かれも、もう言葉が通じないとわかっていながら、言う。

『.أنت محارب، وأنا أيضا منذ زمن طويل وكان محارب. إن شاء الله(あなたは戦士であり、私もかつては戦士だった。神の思し召しのままに)』


 意味は、お互いになんとなく伝わった。

 土方の体がゆっくりと傾き、大の字になって転がった。

 イーアドが薄く笑って、同じように倒れた。

 隊士たちとミューが駆け寄ってくる。

 土方の見ている蒼い空が急速に黒くなってゆき、意識が途絶えた。




 ――誰かが呼んでいる。

 薄く目を開けた。

 ぼんやりとした視界のなか、お琴の顔が見えた。

 やがてそれは、瞳の焦点が合うにつれ、泣き腫らしたミューの顔になった。

 安堵したように、わらっている。

 血が足りないのかもしれない。土方は彼女を安心させるように口の端をあげてみせて、その意識はまた闇のなかに帰っていった。



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