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06 正面突破 二

『やっぱりお前ら馬鹿すぎるだろう』

 ジープの車体にもたれかかって、憮然とした表情でイーアドが言った。

「なんとでも言え」

 土方は軽くあしらった。G3ライフルの予備弾倉を腰のポシェットに詰めながら、

「人質の場所さえわかれば問題ない」

 と言い切った。


 山岳地帯の中腹部にあるカリフ国の隠れ家を叩くため、新選組はジープを降りて行軍することとなった。標高が高くなるにつれて樹林のすがたが見えてきて、とてもジープでは登れそうになかった。

 イーアドには手錠をかけておくという案も出たが、帰ってこられない可能性もあるため、とくに何もせずジープに置いていくことになった。


『おれがカリフ国に戻ったらどうするんだ?』

「どうもしない。そのときはまた戦うだけだ」

『お前たちがそんなことを始めても、何も変わらないぜ』

「少なくとも」

 と土方は、ライフルの装填ハンドルをひいて最初の弾丸を薬室に送りこんだ。

 乾いた金属音がひびいた。

「おれたちの士道を守ることができる。別れた隊士もいるし死んだ隊士もいるが、おれは誠の旗を降ろすつもりはない」

 イーアドはため息をついた。

『勝手にしろ』


「よっしゃ」

 RPG二本とライフルを背負った左之助が、槍の石突で地面を叩いた。

「討ち入りじゃい!」

 左之助の声に隊士たちから、応、という威勢のいい声があがった。

「行くぞ」

 土方の号令で、戦闘準備を終えた隊士たちが行軍をはじめた。


 傾斜のきつい、道なき道を進んでいく。

「池田屋を思い出しますね」

 土方のとなりで、銃口を上にむけてスナイパーライフルを構えた沖田が言った。

「そうだな」

 とめずらしく土方が素直に同意した。ミューのことが心配で、それどころではないのかもしれない。

「だいぶ、格好は変わっちゃいましたがね」

 と言って沖田は笑った。



 途中、斥候と思われる二人の兵士を倒した。

 沖田の、神がかった狙撃の腕がなければとても進めなかっただろう。

 カリフ国の隠れ家は、大きく窪んでいる山の中腹部にあった。炭坑のように木材で補強された洞窟が大きな口を広げていて、その近くを十人ほどの兵士がAKを構えて警戒している。

 ちょうど、すり鉢を斜めに倒したような窪みの中央部に洞窟があって、たしかにこれでは空からの偵察でも見つからないだろうと思われた。


「行くぜ」

 匍匐ほふく前進の体勢から、やおら左之助が立ち上がった。続けて隊士たちが一斉に銃を構えた。

「御用改めじゃあ!」

 ぼしゅう、と圧搾された空気が抜けるような砲声がひびき、左之助が両肩にかついだRPGから榴弾が発射された。


 一面の白煙。

 兵士たちが驚いてAKで撃ってくる。白煙のなか隊士たちも反撃する。

 互いの銃声が山中にひびいた。

「危ねっ」

 銃弾が肩をかすめた左之助が、あわてて伏せた。

 その一瞬後、二発の爆音がとどろき、土をまきあげて兵士たちを吹っ飛ばした。

 ざあ、とまきあげられた小石が隊士たちのところまで降ってきた。


「続け」

 土方がスモークグレネードの安全ピンを歯で引き抜き、洞窟の手前にむかって投げた。

 立ち上がりざまに抜刀。

 ぷっ、とピンを吐きすてて、地を這うように駆けた。


 煙のなか、先ほどの爆発で耳や目がやられて、うろたえているカリフ国兵士を次々に斬った。

 土方がひらいた血路に、新選組隊士たちが駆けた。接近されたカリフ国兵士は手も足も出ず、血煙が舞うなか、ただ刃に倒れた。

 もう誰も峰打ちはしなかった。アラビアの地で新選組は、壬生狼みぶろとよばれていた時代に戻ったかのような強さをみせた。一番後ろからついてきた山南も、ひさしぶりに刀を抜いた。

 カリフ国兵士が、ジャンナと呼ばれる天国に行ったかどうかは知らない。自分たちもいつか、かれらのように倒れるだろうという予感があった。


「神妙にしやがれ!」

 洞窟に入り、左之助が大声を張りあげた。

 LED電球が照らす薄暗い洞窟のなかは、落盤防止のための木材が組み合わさった広い坑道だった。左右から鉄製の扉を盾にしてカリフ国兵士が撃ってくるが、かれらは近接戦においては白刃に倒れ、遠くの兵士は沖田の狙撃に倒れた。


 やがて、両手を挙げて降伏する兵士たちが現れて、新選組はかれらの銃を取りあげて洞窟の外へと逃がした。

 さらに、奥へと進んでいく。

 落盤の危険があるためか、カリフ国兵士は銃だけで戦い、白刃に倒れ、降伏する者が続出した。


「ここか」

 最深部の扉の前で土方が言った。

 イーアドの言ったとおり、鉄格子のはまった窓があった。

「土方さん!?」

 窓からミューが顔を出した。やつれていたが、その表情は驚きと喜びに満ちていた。

「どうして!?」

「話はあとだ。下がっていろ」

 土方はG3ライフルの銃口を鍵にあてがって、撃った。洞窟のなかでろくな基礎工事もせず建てつけられた扉は、あっけなく開いた。


「うああ、土方さん土方さん!」

 橙色の服を着せられたミューが、土方の胸に飛びこんできた。

「はっ、でもあたしくちゃいかも! お風呂入ってないし!」

 ミューは、ぱっと後ずさった。

「それだけ元気なら世話ねえな」

 土方が皮肉っぽく笑った。

 ミューと一緒に捕らわれていたアメリカ人二人も、扉から出てきて、感激したように何ごとかを話した。


「何語だ!?」

 平助がうろたえて言った。

「英語英語! みんな、本当にありがとう!」

 ミューが鼻声で言った。

 新選組隊士たちは、透き通るような笑みで返した。

「軽いもんよ!」

 なぜか左之助が代表して言った。

 平助がスマホを取りだし、翻訳アプリを操作しはじめる。

「よっしゃ、英語にセットしたぜ、って待てよおい!」

 撤退する新選組とミューたちの背中に、平助が追いついて文句を言った。


「へっ、こんなしけた所いつまでもいられるか!」

 先頭の左之助が駆けながら言った。

 新選組は、ミューと二人のアメリカ人に気を配りながら、洞窟の出口まで駆けていった。倒れているカリフ国兵士たちを飛び越え、ようやく薄暗い洞窟に、日の光が見えてきた。

 もう一歩というところで、洞窟の外から銃声がひびき、ぴしぴしと土煙が舞って銃弾が降りそそいだ。



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