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03 手がかり

 この街は、もともとカリフ国の首都だっただけあって、監獄には事欠かない。

 ウルミスタン義勇軍とG9が運営する治安維持部隊は、監獄を捕虜収容所に改造し、捕らえたカリフ国士官や戦闘員を収容している。いずれ国際軍事裁判所ができれば、かれらは平和と人道に対する罪で裁かれることになるが、それはいまの土方たちには関係がない。


 新選組は捕虜収容所に急いだ。

 受付の兵士と一悶着あったが、イーアドを捕らえたのは新選組なので、その尋問手続きに疎漏そろうがあったと言って通してもらった。

 捕虜収容所は近代的な地下施設だった。鉄格子がなければ病院のように見える廊下がつづいていて、カリフ国兵士たちが収容されていた。

 隊士たちは、めあての監房を目指してこつこつとあるいてゆく。


 士官以上は個室なのか、イーアドが大物なのか。いずれにせよ、イーアドは蛍光灯に照らされた狭い監房に一人でいた。

『よう、トッシー』

「そのあだ名を即刻やめろ。斬るぞ」

 土方は、なかば本気で警告した。

『つれねえな。久しぶりの再会だっていうのによ』

 イーアドは嘆息し、敷いてあるマットから身を起こした。


「お前のところに来た理由はひとつだ」

 土方はきっぱりと言った。

「日本人フォトグラファーがカリフ国残党に誘拐された。あいつらの隠れ家を知らねえか?」

『隠れ家ねえ……』

 イーアドは耳に小指を突っこんでつぶやいた。

「頼む。教えてくれ」

 土方は鉄格子に近づき、めずらしく懇願するように言った。

『おれが知っていたとして、お前らに言うと思うのか?』

 イーアドは小指の先についた耳あかを、ふっ、と吹き飛ばした。

 しばらくの沈黙のあと、土方が口を開いた。

「……お前は、クルアーンを曲解するようなカリフ国に、忠誠を誓っているわけじゃねえだろう」

『まあな』

 とイーアドは素直に認めた。

「だったら教えてくれ。教えてくれたら、上層部とかけあってお前を出してやる」

『ふむ』

 イーアドは興味なさそうにうなった。

『おれは平和な世の中が嫌いだ。それに教えてどうするんだ? 助けにむかうのか?』

「当たり前だ」

『運良く助けることができても、また日本人が狙われる。そうしたらまた助けるのか?』

「無論だ」

『やめとけ』

 イーアドはまたごろりと、敷きっぱなしのマットに横になった。

『きりがない。そんなことをしている間に、お前は大切なものを失う。はじめから日本人が首を突っこむべきじゃなかったんだ』


「ふざけるな」

 とうとう、土方は鉄格子にしがみついて言った。

「カリフ国の非道を見逃すわけにはいかねえだろう。義を見てせざるは勇なき也、いま戦わなかったら、おれは武士じゃなくなっちまう」

『面倒なやつだ』

「大切なものを失ったのが、お前だけだと思うなよ」

『……またな』

 イーアドはとうとう、ごろりと背中をむけてしまった。粗末な囚人服を着た、意外に小さな背中だった。


「はい」

 と、沖田が明るい声を出した。手まで挙げている。

 土方とイーアドの間に割りこんで、発言したいと言っているのだろう。

「なんだ沖田?」

 仕方なく土方が訊いてやった。なんだかんだいって、かれは沖田に甘い。

「イーアドさんを出してあげて、トシさんと正々堂々、決闘すれば良いんじゃないでしょうか。まだ決着はついてませんでしたよね?」

「あのなあ……」

 土方があきれた口調で言った。


 だがイーアドは、

『面白い』

 と、首を沖田のほうにむけて言う。

『小僧、わかってるじゃないか』

「小僧じゃありません」

 沖田はちょっと唇を突き出して言った。



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