ビルの屋上から、煙のように悪意が立ちのぼっていた。
黒い自律型ドローンの群れが屋上から次々に飛び立ち、ふわふわと浮遊している。やがて狙いを定めたドローンは、標的に死を届けるべく一直線に飛来する。
「嫌になってくるなあ」
と沖田がぼやきながら、建物のかげから、飛来してきたドローンを一体また一体と撃ち抜いていく。空中で、手榴弾クラスの小規模な爆発が次々に起こった。
首都攻防戦は、さながら地獄のような光景となっていた。
装甲車を駆って要所要所で奇襲を繰りかえし、ダワイシュ国を追いつめていった新選組は、中隊長に呼び戻されて本隊と合流した。
ダワイシュ国は最後の砦として、ひとつのビルを選んだらしい。
その屋上から惜しみなくドローンを飛ばしている。
ビルを囲むように車を積みあげて道路を封鎖し、バリケードをつくったダワイシュ国の連中は、重機関銃や小銃で徹底抗戦の構えをみせている。
ほとんど崩壊した市街の、どこを見てもドローンが浮遊している。銃声と爆発音がひびくなか、撃ちきれなくなった兵士にドローンがとりついて爆発した。
バリケードの中も外も同じだった。
精度の悪いAIのおかげか、ドローンはダワイシュ国兵士にまでとりつき、爆発している。
「……とんでもない時代に来ちまったぜ」
戦車の後ろで、飛来してきたドローンを撃ち抜いた平助が、戦々恐々として言った。
「今さらですか」
となりにいた隊士が、苦笑した。
戦車の後ろには、山南と平助と七名の隊士がいて、ウルミスタン義勇軍兵士とともに戦車をドローンから守っている。
前方の半壊した建物のかげには、先行している沖田、そしてRPGを背負った土方がバリケードを突破するべく機会をうかがっている。そして反対側の建物のかげには、同じくRPGを背負った左之助がいる。
かれらは装甲車を降り、やっかいなバリケードを突破するために生身で先行していた。
轟っ、と戦車の105ミリ主砲が放たれ、バリケードにぶち当たった。
衝撃で、機関銃を構えていた敵兵士が吹っ飛んだ。
応射しようとバリケードから顔を出した敵兵士に、ドローンがまとわりついて爆発した。
『主砲でバリを崩す。機を見て突入しろ』
無線機から中隊長の声が聞こえてきた。
その声から隠しようもない苛立ちが伝わってくる。
彼女も、このような敵と戦うのは初めてなのだろう。追いつめられた人間は時に信じられないことをする。ウルミスタン義勇軍の兵士は全員、まるで異星人と戦っているような気味悪さを感じていた。
『山南、空爆要請のデータは集まっているか』
「芳しくありませんね」
装甲車の後ろでタブレットを操作していた山南が告げた。
「60パーセントといったところでしょうか。もっと近づいて映像を撮らないと承認されません」
『そうか』
中隊長は苦々しく言って通信を打ち切った。
誤爆を防ぐために、標的が純粋なテロリストであるというデータを集めなければ空爆要請は承認されない。戦争に参加してくれている非戦派の大国の機嫌をとるための措置だった。
轟っ、と主砲が火を噴いた。
炸裂して、車を積んでつくられたバリケードがさらに崩れた。
「先行する。撃つなよ」
土方が短く言って、飛び出した。
『っ。援護しろ』
中隊長の指示どおり、戦車の12ミリ副砲が援護射撃を行った。
沖田が、土方を狙う敵兵士とドローンを次々に狙撃していった。
土方は、バリケードをつくっている積まれた車に飛び乗って、抜刀した。
ぎらりと、中東の厳しい太陽光を刃が反射した。
かれは喧嘩の作法を心得ている。新選組の
そのわずかな隙をのがさず、うろたえて銃をかまえた近くの兵士に、飛び降りざまに強烈な面撃ちを食らわせた。そのまま二の太刀で次の兵士の胴を抜いた。
錯乱して銃を乱射する兵士たちをくぐり抜けるように、連続して、巧妙な太刀さばきで敵を無力化してゆく。
「てあっ!」
と、バリケードから飛びおりてきた左之助が、勇猛果敢に槍を振るった。
残りの兵士が次々に倒されていった。銃を照準した最後のひとりの首を、棒術のようにたたき伏せた。
「遅い」
土方が言った。
「へっ」
左之助が応える。
直後、雨のような掃射がやってきて、二人はそれぞれ反対側の建物のかげに転がりこんだ。
「行くぜ!」
左之助はそう言って、RPGをビルにむけて照準した。
「うりゃあ!」
ふざけたかけ声とともに、榴弾が放たれた。
続いて、土方も無言でRPGを撃った。
二発の弾頭が白煙を噴いてまっすぐ飛んでゆき、ドローンを放っているビルの一階部分に命中した。一発目が壁を破壊し、穴が空いたところに二発目の弾頭が入っていって内側から爆発した。
地鳴りがするほどの爆発が起きた。おそらく、なにかの弾薬が誘爆したのだろう。
円をえがくような衝撃波が来て、左之助の髪がばさばさと揺れた。
――黒煙がただようなか、ゆっくりと、ビルが傾いでゆく。
「おい、左之」
と土方が大刀を鞘におさめた。
「ああ」
左之助が、撃ちおえたRPGの砲身を、がらりと地面に捨てた。
目を丸くする二人に、ビルの影が迫ってきた。
あわてて踵をかえす。車を積みあげたバリケードを三段跳びに駆け上がる。
てっぺんまでたどり着いたところでものすごい衝撃が来て、くるくると二人の体が飛ばされた。
大きすぎてむしろ耳鳴りのように聞こえる轟音とともに、建材の破片が吹き荒れた。
土方は受け身をとろうとしたが、勢いが強すぎてぐるぐると回ってしまった。そのまま引きずられるようにして着地する。
「のわあああ!」
左之助はさけびながら、受け身も何もあったものではなく、べちゃっ、という感じで半壊している建物の壁にぶつかった。
こここん、とちいさな破片が左之助の背中をたたき、大きな破片が頭をかすめるように壁にめりこんだ。
『おい、サノ! 大丈夫か!?』
砂煙で何も見えない。無線機から、左之助を心配する中隊長の声がひびいてきた。
壁にもたれるような格好で、左之助が「たりめーよ」とかえした。
『あとトシも生きてるか!?』
遮蔽物がなにもない場所に転がってしまった土方を、沖田がずるずると引きずっていく。
「生きてますよ」
沖田に両肩を持たれて引きずられながら、土方が応答した。
「中隊長め。地が出やがった」
無線機はオフにしたまま、土方が皮肉っぽく言った。
沖田がくすくすと笑いながら、
「私はトシさんのことを心配してましたよ」
「そりゃありがてえな」
建物のかげに入り、土方はあおむけに寝転がった。体中あちこちが痛む。
「けがはありませんか?」
かたわらでスナイパーライフルを構えた沖田が訊いた。
「けがだらけだが、
「ふふ」
沖田が笑う。
「トシさんの口から、京ことばなんてひさしぶりに聞きましたよ」
「そうか」
土方は短く言った。
敵が一掃されたのだろう。戦車がぎゅるぎゅると進んでいく音が聞こえる。
土方の視界には、抜けるように蒼い空が広がっている。その蒼を背景に、ドローンが不穏に浮遊している。
――おれは、武士として戦えたのだろうか。
その視界に、にゅっと沖田の顔が突き出た。
「ほんとに大丈夫かなあ」
土方はうざったそうに沖田の頭を押しやり、「大丈夫だ」と言った。
砦を失ったダワイシュ国残党は、四方からの包囲戦で掃討され、首都は陥落した。
かつては貿易中継都市として栄えていた市街は、ほとんど壊滅状態といってよく、市民がもどってくるのにはずいぶんと時間がかかりそうだった。
戦勝記念の酒を飲んだ後は、お決まりの残務処理が待っていた。
治安部隊としてウルミスタン義勇軍の兵力が割かれ、新選組の所属する中隊もしばらくはこの地に残ることとなった。
西側の報道機関が戦勝を祝していた。
――もう、テロの恐怖に悩まされることはない。
みながそう信じていた。
信じ込もうとしていた。