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11 首都決戦 一週間前

 首都決戦が近づいてきていた。

 劣勢に立たされたカリフ国は戦力のほとんどを首都に集結させ、いわば籠城ろうじょうの構えをみせていた。

 G9が首都攻撃を承認し、新選組の所属する中隊は、カリフ国包囲網を完成させるため北への移動を命じられた。


 がたごとと装甲車が揺れている。

 山南の運転する装甲車は、ウルミスタン義勇軍の車列の先頭を走っていた。虎の子の戦車が車列の中央にいるため、スピードは遅い。中隊長自ら乗っている戦車は105ミリ低姿勢砲塔をそなえていて、キャタピラのかわりに市街戦に有利な計十六個のタイヤを駆動させている。


 新選組の駆る装甲車の室内では、ばりっ、と半固形戦闘用糧食のパッケージを破く音がひびいた。

「だからおめえ何個目だよ」

 となりの平助があきれたように言った。

「へっ」

 座席に腰かけた左之助が、もぐもぐしながら言った。

「ふぁらがへってはふぃくさはふぇひねえっていうあろ」

「汚ねえ!」「汚な!」「ほんっとやめろ!」

 食べかすが飛び散り、ただでさえ定員オーバー気味の座席から抗議の声があがった。

 あいつわざとやってるのかと、土方が渋い顔になった。土方は装甲車の上部ハッチを開けて上半身を出し、RPGを背負っている。ウルミスタン義勇軍の車列を守るために警戒しているのだった。


「む」

 助手席でスナイパーライフルを構えていた沖田が前方を指さして言った。

「山南さん、あれはなんでしょう」

 沖田が指さした先、荒れ地をつらぬく一本道のむこうに、かげろうにゆれる黒い雲のような固まりがあった。

「どれですか?」

 山南も身を乗りだす。

「ほら、むこうに黒いものが見えるでしょう」

「んー?」

「見えてます?」

「私、近眼ちかめなもので」

「ああ、そうでした」

 と、中隊長が聞いていたらカミナリが落ちるであろう悠長なやりとりの後、沖田はスナイパーライフルのスコープをのぞきこんだ。

 そこには、羽虫の群れのような黒いドローンのすがたがあった。こんなところでドローンを飛ばしている市民はいない。おそらくカリフ国の自律型ドローンで、中にはたっぷりの炸薬が詰まっているだろう。


 沖田は、耳にかけている無線機の発信ボタンを押した。

「緊急事態。前方にドローン、数およそ十五」

 車列が停まった。間を置かず、中隊長の声が無線機からひびいた。

『野良ドローンか。新選組、始末しろ』

「了解」

 沖田がこたえ、装甲車が走りだす。

 野良ドローンとは、追いつめられたカリフ国がさらに新開発した無人テロ兵器の俗称だった。かれらは長距離型の電源を積んだ自律型ドローンを、そこらじゅうに飛ばしている。ドローンは燃料電池とソーラーで駆動し、400キロもの距離を浮遊して敵に体当たりを仕掛けるのだが、民間人への誤爆が国際問題になっていた。


「私ひとりで大丈夫でしょう」

 スナイパーライフルを構えながら沖田が言った。

 ドローンが接近する装甲車の群れを探知して、むらがるようにこちらへむかってきた。

「おい、ほんとかよ」

 G3ライフルを構えた平助が、うたがわしそうに沖田に訊いた。

「ええ」

 沖田が平然と言う。

「私のM110には21発の弾が入りますからね」

 やがてドローンが射程範囲に入り、山南が装甲車を停めた。

 爆弾を積んだドローンが、獲物を狙うアシナガバチのように突進してくる。

 沖田は機械のような正確さで、次々に射撃していった。ドローンがまるで白昼の花火のように炸裂して、黒い煙の尾をひいて墜ちていった。


「たーまやー、ってな」

 左之助が装甲車のハッチを開けて、はやしたてた。

『サノ』

 無線から中隊長の声が聞こえてきた。

「あん?」

『調子に乗るな』

「なんでわかるんだよ!」

 隊士たちが失笑する。おそらく、車列をつくっているトラックやジープに乗った義勇軍兵士たちも失笑しているだろう。


 ちらほらと黒煙がたなびく道を、さらに進んでいく。

「しかし」

 と沖田がたなびく黒煙を見てつぶやいた。

「このドローンとやらは、カリフ国兵士と私たちを見分けられるんですかね」

「なにか、カリフ国兵士はIDタグのようなものを持っているのでしょう」

 山南がこたえる。

「まあAIの精度が低いのでしょっちゅう誤爆しているそうですが」

「ふうん。こいつにやられたカリフ国兵士は死に損だなあ」

「それだけ、なりふり構ってられなくなってきたのでしょう」

 装甲車を先頭に、ウルミスタン義勇軍中隊の車列は砂漠を進んでいく。

 日暮れ前には指定された地点で別働隊と合流しなければならなかった。


 ごとごとと、低速で牧歌的に進んでいくなか、突然無線から悲鳴のような声が聞こえた。

『RPG! 右!』

 みなが弾かれたように反応した。

 かげろうの立つ荒れ地を、白い煙の尾を引いて榴弾りゅうだんがむかってくる。車列中央の戦車を狙っている。戦車の回避行動は間に合わないだろう。

 沖田が助手席のハッチを開けてスナイパーライフルを構えようとした。

 それを察知した山南が装甲車を停める。

 撃った。弾丸が榴弾にあたり、空中で爆発が起きた。

 爆炎がおさまり風に流れ、小高くなった丘に敵とおぼしきトラックの列があらわれた。ドローンの花火が、おびきよせたのかもしれなかった。



「やべえええ!」

 G3ライフルをひっ掴んだ左之助の頭上を、ぴっと風を切って弾丸が飛んでいった。

『輸送車は待避しろ! 沖田はできる限り撃ちおとせ!』

 無線機から中隊長の指示がひびく。飛んでくる榴弾を撃ちおとすなど神業の領域だが、沖田には、できた。

 小高い丘のうえにあらわれた敵は三輌のトラックで、いずれも重機関銃を荷台に取り付けていた。それがいっせいに火を噴いた。ウルミスタン義勇軍の車列のまわりに、びしびしと土煙があがっている。さすがに戦車は弾をはじいていたが、ジープやトラックは逃げるしかない。


『武装車は散開しろ! は? いいからさっさと撃て!』

 げしっ、とおそらく戦車のなかで中隊長が砲手を足蹴にした音が聞こえてきた。

 轟っ、と105ミリ主砲が火を噴いた。

 砲弾はほぼまっすぐに飛んで、敵トラックのタイヤあたりに命中し、爆炎と砂煙をまきちらして炸裂した。

 残った二輌のトラックが散開するように動いた。重機関銃が射角をとれずに、銃撃がやんだ。

 荷台に乗った敵兵たちがRPGを構えて、装甲車めがけて撃ってくるのが見えた。

 同時に二発。

 白い煙の尾をひいてむかってくる。

 沖田がスナイパーライフルを構えた。冗談を言うひまもなかった。


 ぼしゅう、と音がして、装甲車のまわりが白い煙につつまれた。

「え?」

 沖田が真っ白になったスコープから顔をはずした。

 土方が、RPGを肩に乗せて撃ったのだ。

「見な」

 と土方は、沖田の文句を先んじて封じ、あごをしゃくった。

 土方の放った榴弾が白い煙を吐いて直進していく。敵の二発の榴弾と交差する瞬間、爆発した。誘爆して、さらに二度空中で爆発が起きた。

 フランス軍供給の最新RPGで、あらかじめ爆発する距離を入力しておいたらしい。

「いやだなあ」

 沖田は笑いながら言った。

「私も誘爆を狙ってたんですよ。トシさんにとられちゃった」

「そうか」

 土方はすこし黙ってから、早いもの勝ちだ、とつけ加えた。


 右と左にわかれた敵車両から、ふたたび重機関銃が火を噴いた。

 ウルミスタン義勇軍も小銃で反撃を加えているが、なかなか射撃手にあたらない。重機関銃の銃座には鉄板が盾のようにそなえつけられていて、鉄板のすきまから銃身が出ている構造になっている。その鉄板が、火力に劣る銃弾をみな弾いてしまう。

 がんっ、と装甲車に衝撃が走った。

 前面の装甲板がおおきくへこんでいた。


「うらあ!」

 ハッチから上半身を出した左之助が、両肩にRPGをかついだ。

 ハンドルを握る山南以外の隊士たちから、そんなのありかよ、という視線が集中する。

 圧搾された空気の抜けるような発射音が二度つづき、新選組の乗る装甲車は白い煙につつまれた。煙幕の代わりになるかもしれない。

 二発の榴弾は敵車両にむかってまっすぐ進んでいく。

 轟っ、と戦車の主砲がふたたび火を噴き、

 ――ほぼ同時に、左右両方の敵に命中した。


 炸裂し、爆炎が立ちのぼって、トラックがひっくり返った。そなえつけの重機関銃の銃身が折れ曲がる。

「へっ」

 煤だらけの左之助がRPGを車内に捨てた。

「これが江戸の花火ってえもんよ」

「おめえは江戸生まれじゃねえだろ」

 車内でひっくりかえった、江戸っ子の平助が冷静に言った。



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