「ちょっと新選組!」
ばさり、とテントの垂れをめくって、ミューが顔を出した。
久方ぶりである。
「あ、激写!」
忘れてた、とでも言うようにぱしゃりと写真を撮った。
「いよう」
と腹筋を鍛えていた左之助が、くるりとあぐらをかいて言った。
「ひさしぶりじゃねえか」
いいところに来やがった、とでも言いたげな表情である。イーアドを捕らえてからというもの、カリフ国が首都に戦力を集結していて、周辺地域での戦闘を避けるようになった。自然と待機任務が多くなり、隊士たちは嵐の前の静けさのような暇を抱えていた。
「ちょっとこれすごいじゃない!」
ミューは取材用とおぼしき肩掛けバッグから、タブレットを取りだした。
どやどやと集まってきた隊士たちに、翻訳された画面を見せる。
――サムライ傭兵、カリフ国地方司令官を捕獲!
――東洋の神秘! ニンジャは対カリフ国戦のカードとなるか!?
「もうすこしまともな記事があったはずですが……」
と唯一ニュースを読んでいるらしい山南が苦言を呈した。
「あっごめんね。デイリーワンペニーの記事がいちばん面白かったから」
ミューはゴシップ紙の記事を閉じて、比較的真面目な記事を表示した。
「もうあたしのところにも取材依頼がひっきりなしだよ」
「ふん」
土方はタブレットから目を離して、
「一対一の喧嘩をしたまでだ」
事実その通りなのだが、ミューは勘違いして、
「またまた
と、土方の肩をばしんばしんとたたいた。
「それにしても、ずいぶん前線まで来ましたね」
山南が気遣うように言った。
新選組がいるのは、カリフ国首都から百キロも離れていない前線基地で、ジャーナリストたちが避けたがる地域だった。
「まあね」
ミューは胸を張って、
「そこにシャッターチャンスがある限り、あたしゃどこにでも行くんだよ」
ぱしゃり、とまた写真を撮った。
「だったら左之助の腹も撮ってやれよ」
と平助がはしゃいで、左之助の肩に手を回した。
左之助の腹、とは若いころに「切腹の仕方も知らぬくせに」と罵られた左之助が、勢いで切ってしまった腹の傷のことである。腹を横切る見事な傷痕がのこっている。
「えっ撮らせてくれるの?」
すちゃっ、とミューがカメラを構えた。
「ばーか」
左之助が皮肉っぽく笑う。
「おれの腹は、見せもんにするほど安かねえええ!?」
左之助が
平助が、左之助の着ていたタンクトップをめくりあげたのだ。
「激写!」
ぱしゃり。
左之助は、目を丸くしてタンクトップをめくられている姿を撮られてしまった。
「わー真一文字」
画像を確認してよろこぶミューを尻目に、左之助と平助の追いかけっこがはじまる。
「平助てめえ!」
「うひゃあ!」
どたばたと
「ところで土方さん」
ミューは土方にカメラをむけた。
「ん?」
二人のうるささに閉口していた土方がミューを見た。
「よかったら、いちばん活躍してた土方さんも撮りたいなーって」
「まあ構わんが」
「……できたら二人きりで」
構えたカメラを盾にするようにして、ミューが恥ずかしそうに言った。カメラの奥に、ちらちらと赤面した顔が見えている。
絞め技をかけていた左之助が、絞め技をかけられていた平助が、ぴたりと動きを止めた。
「おおおお!」
と二人してさけび、土方をテントの外に押しやっていく。
「隅に置けねーな土方っつあん!」
左之助がはやしたてる。
「ちょまっ、あたしそういう意味で言ったんじゃないんだけど!」
ミューが必死で弁明するが、もう遅かった。
「トシ!」「トシ!」と、土方コールが起こった。山南をふくめた隊士全員が、みこしを担ぐように土方を持ち上げてテントの外に放り出した。土方を追うように、あわててミューも出ていった。
「な、なんかごめんね」
もじもじしながらミューが言った。
「いや、悪いのはあの馬鹿どものほうだ」
仏頂面で土方が言った。
二人は前線基地を横切って、近くのオリーブの木の木陰にたどりついた。
「じゃあ、この辺で」
逆光にならない位置に立って、ミューがカメラを構えた。
「うむ」
「笑って」
そう言われて、土方は薄く、引きつるような笑みを浮かべた。
「冗談だよ」
「馬鹿にしている」
さらにむすっ面になったところで、ぱしゃりとシャッターが切られた。
ミューが画像を確認する。どうやら満足のいく写真が撮れたようだった。
「やっぱり土方さんは不機嫌な顔がいちばんだよ」
「そうか」
褒められているのかどうかわからず、土方は短く言った。
「ねえ」
また、ミューがカメラを盾にするようにして土方に訊いた。
「土方さんは、戦争が終わったらどうするの?」
「そうだな」
土方は短くこたえた。
「傭兵にでもなるか」
「……あたしも土方さんの写真を撮り続けてゆきたい」
ミューはそう言って、しばらく沈黙して、「……戦場フォトグラファーとして」とつけ加えた。
「鹿児島に帰るんじゃなかったのか」
土方が訊く。あいかわらずミューの表情はわからない。
「あたしの居場所なんて、日本にはなかったから」
そのとき、カメラのむこうのミューの目と、土方の目が合った。
「そうか」
土方は短く言って、それきり黙った。
――どうやらおれは、この世界に居場所のない連中から慕われるらしいな。
そう思った。
誠の旗をかかげて王城守護の任についていた新選組時代から、そういったはみだし者がひっきりなしに入隊志願してきた。居場所のない連中が居場所をつくろうともがく時、新しいものが生まれるのかもしれない。それが新選組だったり、あるいは志士と呼ばれる攘夷浪士だったりするのかもしれない。
悪い方向に行ってしまったカリフ国の前身も、そうだったのかもしれないと土方は思った。
「お前さんも、新選組の一員かもな」
土方は、そっぽをむいて言った。
「いいの!?」
ミューがカメラを取り落とした。首からかけていたストラップのおかげで、がくん、とお腹あたりでカメラが止まった。
「そう思っておけ」
ぱあ、とミューの顔が明るくなった。
「やった! リアル風光る!」
はしゃぐようにミューが言った。
その言葉の意味がわからず、土方は首をかしげた。