「しっかし……」
平助がぼやいた。
「……野蛮だよな」
「おれたちが言えた義理じゃねえだろ」
となりで、土方のG3ライフルと大刀を持った左之助が言った。
「そりゃまあ、そうなんだけどよ」
野外に即席のリングがつくられていた。
四方から車のライトが照らされ、まわりを兵士たちと新選組の三人が囲っている。お互い敵同士なのだが、イーアドの指揮する部隊は根が馬鹿なのか、気にすることなく野次をとばしたりしている。
平助が居心地悪そうにしていると、となりの兵士が話しかけてきた。
『よう。元気だったか?』
「ま、まあな」
『そう怯えるな。捕虜なんか焼いて食うわけにもいかないから、お前らが持って行ってくれてよかったくらいだ。おれたちは殺し合いそのものを楽しめればいいんだ』
兵士は不穏なことを言って、視線を戻した。
囲いの中央には、特殊部隊の着用する黒ずくめの機能服を着た土方と、黄土色の軍服を着たイーアドが、お互いナイフを構えてにらみあっている。
「……心の底から京都に帰りたくなってきたぜ」
土方が自嘲するようにつぶやいた。この状況の馬鹿さ加減にうんざりしているのかもしれない。たしかに鬼の土方と恐れられていた新選組副長が、中東までやってきてテロリストと決闘している今の状況は、ある種の滑稽味を帯びているだろう。
『なんだって?』
「なんでもねえ」
「トシさん、ファイトです!」
順応性の高い沖田が可愛らしく手を振っている。
まぶしい光が交差する砂地のリングで、土方とイーアドはお互いに距離を詰めていった。イーアドのやや小柄なからだ全体に気迫が満ちている。その構えには隙がなく、相当の手練れであると土方は感じた。天然理心流の……ナイフがどれだけ通用するだろうか。
張りつめた空気のなか、イーアドの足が土方の間合いに入った。
と同時に、すくいあげるような、土方の手首を狙った斬撃がやってきた。
動脈を狙ったイーアドの斬撃を、危ういところで、土方は身をひいてかわした。
さらに追われた。
首、手首、大腿の順で連撃を加えられた。いずれも身をひいてかわしたが、じりじりとリングの端に追いやられていく。
『どうした、サムライ』
イーアドが挑発するように言った。
土方は、誘いには乗らず、さきほどの斬撃を頭の中で思い返していた。
いずれも、最短距離で動脈を狙っている。
敵の剣術には、合理性という根本が流れていると土方は考えた。
土方はナイフを逆手に持ちなおして、体をやや斜めに構えて右半身だけを相手にむけた。手首の動脈を守り、攻撃される面積をせまくとろうとした。合理性には合理性をもって応える、といったところだろうか。
『ふっ』
イーアドは小馬鹿にしたように笑い、刃と刃をぶつけるように斬りつけた。
ちいっ、と火花が飛んだ。
イーアドは瞬速で手首を返し、二の太刀で土方の腕の動脈を狙った。
間に合わないと思った土方は、とっさに腕をひねった。
血しぶきが、舞った。
肘の近くを斬りつけられた。動脈は避けられたが、血が軍服の袖を濡らしている。土方はナイフを左手に持ち替えた。
さらに斬撃が来た。
はじくように受け流し、土方は右手でイーアドのナイフを持った手首をつかみ、半身をひるがえしてイーアドの重心を下むきに投げた。
そのとき、倒れていくイーアドが不敵に笑うのを見た。
襟をつかまれて土方の体が浮いた。力と力の奔流がせめぎあって、ひとつの流れをつくった。イーアドの倒れた方向に土方も投げられた。倒れたイーアドを飛び越えるようにして受け身を取った。
土方はそのまま斬撃を加えようとしたが、倒れたイーアドが蹴りを放ってその勢いで回るように立ちあがった。砂煙が舞い、その真ん中にナイフを構えるイーアドのすがたがあった。
『実に楽しい』
イーアドが興奮を抑えるように言った。
「そうか」
土方が冷静に言った。
『ヒジカタ、お前もわかってるだろう。もはや、命と命のやりとりの間にしか、おれたちは存在できない』
「ほざくな」
聞きたくもない、という風に土方は間合いを詰めた。
仕掛けた。
イーアドの手首を狙う連撃は
はじきあげるようにナイフ同士を打ちつけ、右の貫手を肋骨の八番と九番のあいだを目がけて突こうとした。
急接近する貫手に気づいたイーアドが、ちょうど右手が真上にはじかれていたおかげで手ごろな位置にあった右肘を打ち降ろした。そのまま左膝と打ち合わせるように、土方の貫手を挟みこんだ。
ぐしゃり、と手がつぶされた。
同時に、足払いが見事なまでに成功し、イーアドの体が持ち直せないほど傾いた。もう、どのような軸足も通すことができない。
土方はイーアドを抱きこむようにして後ろにまわり、ナイフを持った左の腕を首に巻きつけ、頸動脈にナイフをあてがった。
そのまま、どさり、と一緒に倒れこんだ。
イーアドの首が傷つかなかったのは、おそらく運によるところが大きい。
「動くな」
みな、固唾をのんで動けなかった。
ひゅう、と、どこかの馬鹿が口笛を吹いた。
「新選組、来い」
土方が命じ、沖田、左之助、平助の三人が、凍りついたような空気のなかぎくしゃくと動きはじめる。
土方はイーアドにナイフをあてがったまま立ちあがり、投光器の役割をはたしていたジープの一台に近づいた。
察した左之助がジープのドアを開け、運転席でのんびり見物していた兵士をたたき出し、そのまま乗りこんだ。
土方と平助が、イーアドを脅したまま後部座席に乗りこむ。沖田は周囲を警戒しながら助手席に乗りこんだ。かれは見晴らしのいい助手席が好きだった。
「おい、早く出せ」
土方が呼ばわった。
兵士の幾人かが銃を構えている。イーアドがいるから撃ってこないだろうが、粗忽者の一人や二人は居そうであった。
「揺れるぜ」
左之助の言ったとおり、揺れた。
不慣れにがっこんがっこんとギアを変えながら、あっけにとられている兵士たちを尻目にジープを走らせる。
『ふふ』
イーアドが物狂いのように笑いだした。
『退屈しない時間は、ひさしぶりだった』
「そうか」
土方はナイフをあてがっている手をゆるめない。平助も支給された拳銃を構えていた。
助手席から身を乗りだした沖田が、びりびりとナイフで土方の袖を裂いていく。
ポシェットから応急パッケージを取りだして、滅菌ジェルに包まれた白い止血ポリマーを右腕の創傷に詰めていく。最後にぺたりとフィルムを貼った。
「手のほうは、基地に帰ってからですね」
出血はないが、おそらく複雑に骨がやられているだろう。
「うむ」
土方がうなずいた。
沖田はスナイパーライフルを持ってしばらく周囲を警戒していたが、やがてポシェットから菓子のような袋を取りだしてもぐもぐと食べ始めた。
「みなさんも食べます?」
半透明の袋には、大きい干し
「なんだそりゃ」
土方が訊いた。
「デーツですよ。干しナツメヤシ」
「それはわかるが」
「もらったんです」
どうやら、土方とイーアドの闘いを観戦中の兵士からもらったらしい。
土方はため息をついて、苦い顔をしたまま何も言わなかった。
「もーらいっと」
左之助が運転しながら手を伸ばした。
――途中で合流したティハーミを死ぬほど驚かせ、新選組はカリフ国司令官イーアドを捕虜にして、ウルミスタン義勇軍に帰っていった。
任務は失敗したが、カリフ国司令官を捕虜にした新選組の報告を聞いて、中隊長は微妙な顔をした。