さすがにジープで乗りつけるわけにはゆかず、カリフ国の占領する首都の手前で土方たちは歩くことになった。
『健闘を祈る』
と、ジープで待つことになったティハーミが励ましてくれた。
闇夜を、銃を背負った全身黒ずくめの四人があるいていく。
「
と左之助がぼやいたが、土方は無視してあるいていった。
やがて、ごく薄い月明かりに、古い街並みが見えてきた。
度重なる戦闘で、市街はほとんど廃墟となっていた。
銃座を取り付けたトラックや、兵員輸送用のトラックが路肩に停まっている。慎重にあるき、やがて目標地点へたどりついた。
トタン屋根の大きな建物だった。出入り口に二人の歩哨が立っていたが、忍び寄ってライフルの銃把でひと殴りして気絶させた。
土方が指向性燃焼爆薬を鍵穴にとりつけた。
ぷしゅう、と気の抜けた音がして煙が立ち、鍵が焼き切れた。
ライフルを構えて、そっとドアを開く。
土方たちは、そろりと侵入した。
暗闇のなか、何体ものドローンの影が作業台の上に並んでいた。安価な民生用ドローンを、技師たちが自律型ドローンに改造しているという話だった。
土方が爆薬を取りだそうとしたとき。
ぱっ、といきなり電気が点いた。
――!
囲むように壁をつくり、ずらりとAKを構えたカリフ国兵士たちのすがたがあった。
その中心では、イーアドが不敵な笑みをうかべて立っていた。
数十人はいるであろう兵士たちの目は血走って、いまにも撃ってきそうな勢いだった。
『ひさしぶりだな』
イーアドが顔をゆがめて、まるで
「うむ」
土方がうなずいて、構えていたG3ライフルから手を放した。ぶらりと、ライフルが肩からぶらさがった状態になる。
「どうしてわかった?」
土方が訊くと、イーアドは鷹揚にかぶりを振って、
『なんでも知ってるさ』
と言った。
「まさかここで会うとはな」
『お前らシンセングミのせいで、カリフ国は劣勢に立たされている。呼びつけられて、首都の重要な拠点はおれたちが警備しているのさ』
イーアドが話している間にも、兵士たちがAKを構えたまま、じわりと土方たちを囲んでいった。
「さあて、どうすっかな」
G3ライフルを構えた左之助が、緊張したような口調で言った。
数十人の兵士たちがこちらに銃口をむけている。左之助は背中に槍を背負い、ほかの三人は腰に刀を帯びているが、いかに近接戦が得意な新選組でも、これだけの人数を相手にできるかどうかは疑問だった。土方たちを囲んでいる兵士は、刀の間合いには入ってこようとしなかった。
「ちくしょー、なんでわかったんだよ」
平助が口惜しそうに毒づいた。
『馬鹿かお前ら』
イーアドがあざけるように言う。
『こんな夜更けに見慣れないジープがむかってくるなんて、敵に決まっているだろう』
どうやら、パトロール中のカリフ国兵士から連絡を受けていたようだった。
「イーアドよ」
土方は、そんなことはどうでもいいとでもいうような口調で問うた。
「お前は、どうしてカリフ国なんかに手を貸しているんだ?」
『ヒジカタ』
イーアドは、発音しにくそうに土方の名前を呼んだ。
『お前もカリフ国に入ったほうがいい』
一瞬の沈黙のあと、
「入るわけねーだろ!」
と左之助が代わりにさけんだ。
だがイーアドは意に介せず、土方を見据えている。
「どういうことだ?」
眉根をよせて土方が訊きかえした。
イーアドは、なんの敵意も持っていなさそうな口調で語りはじめた。
『おれたちは戦いのなかでしか生きられない存在だ。戦いが終われば生きていく場所はない。みな、手のひらを返したように差別しはじめる。おれたちが誰のために戦ったのかということさえ、忘れてな』
イーアドは軽く首を振って、言い切った。
『必ずそうなる』
「哀れな野郎だ」
土方も言い切った。
「だから人の道に外れたことも平気でするってえのか? 戦いつづけるためならガキでも殺すのか?」
『カリフ国兵士にするだけだ。真のイスラム国家でこそ、人は人になる』
「……大切な人を、亡くしたからか?」
そう土方に問われて、
『ずいぶんおしゃべりな脱走者がいたようだな』
と、イーアドは皮肉っぽく口をゆがめてみせた。
『そうとも。おれの家族は市民に殺された。兵士じゃない。自国民を殺すための国軍の爆撃があったとき、幼子をかかえた妻を助けてくれる人間など誰もいなかった』
耳を傾けていた土方は、一言、断じた。
「逆恨みか」
『おれにとっての真実だ』
「武士は義に死ぬが定めだ。イーアド、お前、死に損なったな」
『ふふ』
イーアドはさもおかしそうに笑った。
『まったく、お前はおれが見込んだ男だけあるよ。昔のおれに似ている』
「馬鹿をいうな」
顔をゆがめた土方は、不快そうに、べっ、と唾を吐いた。
「似ていてたまるものか。吐き気がすらあ」
『そうか』
イーアドは、腰に吊っていた大振りのナイフを抜いた。
『ところで、お前たちにおれたちは撃てないだろう。ここにはたっぷり炸薬の詰まったドローンがあるからな』
そう言ってアゴをしゃくった。
壁一面に、改造を終えたであろうドローンが並べられている。
『そしておれたちも同じだ』
イーアドは、ナイフを土方の足もとに投げた。
甲高い金属音が鳴って、くるくるとナイフが転がった。
『死に損ないどうし、ナイフで殺し合うとするか』
土方は、その刀身が黒く塗られた無骨なナイフを一瞥して言った。
「気が合うじゃねえか」