斎藤がいなくなってからも、新選組は機動部隊として、神出鬼没にカリフ国を攻撃して潰滅させていった。
新選組のゆく先には必ず血の雨が降り、カリフ国の兵士たちは〈
戦闘が小康状態となったある日、新選組は中隊長に呼ばれて臨時軍営に入った。
「潜入!?」
左之助が素っ頓狂な声をあげた。
『馬鹿。声がおおきい』
中隊長がひとにらみした。
無線機や弾薬が運びこまれた臨時軍営のテントには、機密を守るためだろうか、中隊長とヘルメットを目深にかぶった兵士ひとりだけしかいなかった。新選組がはいってくるなり、中隊長はカリフ国首都への潜入計画を語りはじめた。
『こいつを見ろ』
中隊長がタブレットを操作すると、壁ぎわに立てられたアクリル製のプロジェクターに地図が映った。
『赤く表示された部分が、カリフ国支配地域だ』
地図に、絵の具をこぼしたような赤い部分があった。それを取り囲むように、ウルミスタン義勇軍の部隊や、カリフ国に敵対する友軍、カリフ国にもウルミスタン義勇軍にも敵対する敵軍のアイコンが表示されている。
『首都陥落は近い。だが、カリフ国の開発した自律型ドローンには、正直手を焼いている。そこで首都決戦に先立って、お前たちにドローン製造工場を爆破してもらいたい』
モニターに、製造工場と思われる建物の衛星画像が表示された。
「潜入ねえ」
左之助が首をひねって、
「おれたちは忍者じゃないぜ」
『心配するな。ニンジャほど派手なことはしない』
「いや、そもそも忍者は派手じゃないだろ」
『?』という表情の中隊長。
「?」という表情の左之助。
『ええい』
うっとうしい、とばかりに中隊長が手を振った。
『とにかくお前たちは潜入して爆薬を仕掛けてくればいい。土方、わかったな』
中隊長はふりかえって土方を見た。
左之助は、うちの大将そういうの嫌いだからなー、とでも言わんばかりに横目で土方を見た。
「ふん」と土方が鼻で笑った。
左之助が、やっぱりな、という顔をした。
「いいだろう」と土方が言った。
左之助が、あれっ、という顔をした。
「いいのかよ土方っつあん」
と、思わず訊いてしまった。
「おれも、ドローンには腹に据えかねている」
と土方は短く言った。
『では作戦の詳細を話すまえに、協力者を紹介する』
と言って、中隊長はかたわらにいた兵士に、ヘルメットを取るようにうながした。
『ひさしぶりだな』
ヘルメットを取った兵士が言った。
隊士たちが、見覚えのある顔を見て驚いた。
そいつは、砂漠をさまよっていた新選組を助けてくれたカリフ国兵士のひとりだった。
「……おうい、ひさしぶりじゃねえか」
一瞬の沈黙のあと、左之助が兵士の肩をばんばんとたたいた。
「やっぱりカリフ国が嫌んなって出てきたのか?」
『そんなところだ』
と兵士は皮肉っぽい笑みを見せた。
『こいつはもう敵じゃない』
ぽかんとしている隊士たちにむかって、中隊長が説明する。
『お前たちが捕虜を救出したあと、ひとりで脱出して義勇軍に投降した兵士だ』
ティハーミと名乗った兵士は、気恥ずかしそうに言う。
『あれから、イマームの話を聞いたり、ハディースを読んだりしてわかったんだ。カリフ国での生き方は、ムハンマドさまが説いておられたイスラムの道に反するって。もう、おれは救われないかもしれないが、よかったら協力させてほしい』
イマームとは、モスクにいる宗教的な
また、ハディースとは、預言者ムハンマドが語った言葉や行ったことを、後世に伝えるため証言という形でまとめた記録である。
「よくぞ申した」
土方は、手を差しだした。
ティハーミは、それを握った。
隊士たちから、「ともに戦いましょう」「よく言ってくれた」「感謝する」「お前も武士だ」といった歓迎の声があがった。
『神は慈悲深くあられると聞く。改心すれば、救われるだろう』
中隊長はそう言って、私は無神論者だがな、とつけ加えた。
「ぶひゃひゃ!」
平助が、左之助を指さして下品に笑った。
「そりゃねーよ! タヌキか!」
左之助が顔に塗っているのは、暗中行動用の黒いフェイスペイントだ。闇夜にまぎれて行動するためのもので、目出し帽をかぶるときは目のまわりだけに塗る。目のまわりだけ黒いものだから、傍目にはタヌキのように見える。
「うるっせーな!」
左之助がフェイスペイントのチューブを手にとった。
「てめえにも塗ってやらあ!」
「ちょまっ! まだワセリン塗ってねーだろ!」
「知るか!」
通常、洗い落としやすくするために、フェイスペイントを塗るときは下地にワセリンを使うのだが、平助はそのまま塗られてしまった。たぶん三日ぐらい落ちない。
「うるせえやつらだ」
となりで土方がぼやいた。
土方と沖田はすでに準備を終えていた。
目出し帽をかぶった沖田が、サイレンサーつきM110スナイパーライフルを構えて、
「私もテロリストに見えますかね」
と訊いてきたので、土方は、
「まあな」
と無愛想に言った。
「トシさんはいつも、討ち入り前になると無口になるなあ」
「何を言いやがる。おれはもとからこんなだ」
「いやあ、池田屋のときだって――」
「総司」
と土方は、総司の話をさえぎって問うた。
「お前は人を斬るとき、なにを考えて斬っている?」
「べつに、何も考えちゃいませんよ」
「そうか。おれはな、武士道や忠義、そんな思想が嘘みてえに消えちまった砂漠の土地で、いよいよ剣が鈍ってきたようだ」
「らしくないなあ」
「だが事実だ」
「そんなこと言ってると、日本に帰った隊士に笑われますよ」
「うむ」
土方がぽつりと言った。
「中東の地で、おれ自身の剣を見つめ直さにゃならん」
沖田がくすりと笑って、
「トシさんは真面目なんだから」
と言った。
そのとき、テントの垂れをめくって中隊長とティハーミが入ってきた。
道中に使用するジープの用意ができたのだ。
『奮闘を期待する』
と中隊長が四人を見まわして言った。
新選組十二人は多すぎるということで、潜入任務を遂行するのは、土方、沖田、左之助、平助の四人と決まっていた。それに運転役のティハーミが入る。
『危険な任務だが、死ぬなよ』
めずらしく中隊長はそう言って、かれらを送りだした。