装甲車のなかは、狭苦しくて暑苦しい。
兵員輸送用の装甲車だが、新選組隊士十三名が乗ればさすがに定員オーバーである。二列にむかいあった座席に、狭苦しそうに隊士たちが座っている。そんな状況下で、左之助は顔を上にむけてプレイボーイ紙をかぶせて、ぐーすかと寝ていた。
どうん、と近くで迫撃砲か榴弾が着弾したらしい音がひびいた。
左之助のいびきは、途切れることなく続いている。
「こいつよく寝れるよなあ……」
となりの平助があきれたように言った。
中隊長直属の機動部隊となった新選組は、戦闘地区のまっただ中で、現在待機任務中であった。
あまり効いていないクーラーの風が、無骨な車内の空気をかき混ぜている。
機動部隊、とは戦場を駆けめぐり、神出鬼没に敵の要衝を攻撃する兵種である。京都で神出鬼没にあらわれては不逞浪士を斬った新選組にうってつけの兵種であるとも言えた。
ぴ、と通信が入った。運転席の山南が受けこたえする。
「はい新選組」
『出番だ。侵入経路と目標地点を送る』
中隊長の涼やかな声がひびいた。
『潰せ』
山南が装甲車のギアを入れた。大馬力のエンジンが
左之助の顔からプレイボーイ紙が落ちた。
じゅるり、とよだれをすすって、
「うおお、出番か!?」
運転席の山南が振りかえりもせずこたえる。
「司令官と思われる人間の位置が判明したそうです」
がたごと揺れる運転席のとなりで、土方がモニターを見つめている。おそらく、突入計画を練っているのだろう。機動部隊の隊長となって以来、土方はその悪魔的な指揮能力を発揮し、カリフ国戦闘部隊を着実に倒していった。
土方のとなりでは、装甲車の上部ハッチを開けた沖田が、ライフルで敵をつぎつぎに倒している。
前方の廃墟のようなビル群から、装甲車に気づいた戦闘員があわててAKやRPGを撃ってくる。
沖田の正確無比な狙撃は、敵兵士を倒し榴弾を爆発させ、誰が操作しているのかわからない自爆ドローンを撃ち落とした。
砂煙をあげて、目標地点に到着した。
比較的崩れていない三階建てのビルだった。もとは商店のような施設だったらしく、一階部分が広く開け放たれている。窓ガラスはすべて無くなって、バリケードが築かれていた。
「突入しろ」
土方の指示で、装甲車はバリケードをなぎ倒して建物内に突入した。
粉塵の舞うなかで、敵がAKを撃つ光が連続してまたたいた。防弾ガラスと装甲に衝撃が走る。
「焚け」
土方が言った。スモークを焚け、という意味である。
沖田が上部ハッチから、スモークグレネードをぽぽいと投げた。周囲に白煙が充満していく。
「一番隊続け! 二番隊は周囲を索敵しろ!」
装甲車から、土方と斎藤、それに二人の隊士が飛び降りた。
かれら四人からなる一番隊は、飛び降りると同時に疾走した。
白煙のなかで、つぎつぎと、敵兵士の影がくずおれていった。
とくに、斎藤の剣には迷いがなかった。新選組一、二をあらそう剣客だった斎藤の振るう剣は、神速をもって敵兵士を制圧していった。
「左之!」
土方が、左之助の名を呼んだ。
二番隊隊長である左之助は、肩にかついだRPGを、階段からのぞき見える二階へ躊躇なくぶっ放した。
轟音がひびき、はらはらと建材が剥がれて落ちた。
「一番隊二番隊続け!」
剣先を二階にむけて、土方が号令した。
新選組隊士八人が、京都時代に戻ったかのように、いきおいよく駆けていった。
二階にいた敵兵士たちを難なく制圧し、司令官がいると思われる三階に駆け上がろうとしたとき、隊士たちは妙な音を聞いた。
きいん、という独特のローター音。
大量の自爆ドローンが、群れをなして三階へとつづく階段から飛んできた。
四つのローターを持ち、手当たり次第に飛びついて自爆する、カリフ国が開発したドローン兵器である。
「来やがったぜ!」
左之助が、槍を銃に持ち替えてさけんだ。
隊士たちも刀をおさめ、G3ライフルでドローンを撃った。
銃弾がドローン基部を穿ち、大量のドローンがたてつづけに爆発した。
数は、多い。
今までに戦ってきた自爆ドローンは、せいぜい二、三機程度のもので、今回のように数十機がいっせいに襲ってくることはなかった。
建物内に黒煙が充満しはじめて、照準が困難になってきた。
ドローンは縦横無尽に飛び回り、隙あらば隊士に取りつこうと急降下してくる。
「沖田!」
土方は無線機で、三番隊隊長の沖田の名を呼んだ。
「今すぐ来い!」
了解ですトシさん、とレシーバーから能天気な声が返ってくる。
土方は、腰に吊った手榴弾を手にとり、歯でピンを抜きざまに壁にむかって捨てるように投げた。
数瞬の後、爆風が髪をなぶっていった。
壁にぽっかりと空いた穴から、戦闘区域の市街が見える。砂漠が運んでくる砂の色に染まった、崩れおちた街並みである。そこら中から、黒い煙があがっている。
風通しがよくなって視界はやや回復したが、湧き出るようにあらわれる自爆ドローンに新選組は苦戦を強いられていた。
「ちくしょー、いつ終わんだよ!」
煤で顔を真っ黒にした平助が、G3ライフルを撃ちながらさけんだ。
突然、飛び回っていたドローンが一斉に、左から順に爆発した。
「なんだ」
狙撃を終えたらしい沖田が、階段から顔を出していた。
「ずいぶん苦戦してるようですね」
その言い草に、土方は「ふん」と鼻を鳴らした。
「助かったぜ!」
左之助が、ぐっと親指をたてた。
爆発で充満した黒煙に、けんけんっ、と沖田が咳きこむ。結核は治癒したが、肺が弱いのは相変わらずだった。
そのとき、きいん、というローター音が聞こえた。
一機のドローンが、壁に空いた穴から驚異的な速さで飛びこんできた。
沖田が、隊士たちが、銃を構えようとした。
しかし遅かった。ドローンは一直線に土方にむかって飛んでいった。
剣が、ドローンの胴体から生えた。
斎藤の剣がその神速の突きをもって、ドローンを貫いていた。
容赦のない爆発が、起こった。
斎藤のからだは吹き飛び、跳ねて床に転がった。
「――斎藤!!」
土方と隊士たちが駆けよった。
斎藤の右半身が、やけどのようにただれている。端正な顔が、血と煤にまみれて苦痛にゆがんでいる。
「気を張れ!」
さけんで、土方は斉藤をおぶった。
「……副長」
斎藤がちいさな声で土方に言った。副長とは、京都時代の呼び方だった。
「しゃべるな」
「……これでいいんです。……おれは、待たせすぎた。むこうで……」
そう言って斎藤は、こと切れた。首と腕が、だらりと下がった。
土方は、ゆっくりと斎藤のからだを床に降ろした。
誰も言葉を発せなかった。
待たせすぎた、とは斎藤の大切な人のことだろうと思われた。
普段から無口で、自分のことは何一つ話さない斎藤だったが、将来を誓いあった女性がいると、風のうわさで聞いていた。
誰も、放心したようにその場を動けなかった。
レシーバーから、山南の声が聞こえてきた。
「早く司令官を……自律型ドローンは、数十機単位で運用できます。まだ上にいるかも――」
土方は、耳にかけていたレシーバーを床にたたきつけた。
すらりと刀を抜き、
「続け!!」
大声で、隊士たちに命じた。
低いエンジン音をひびかせて、低速で装甲車が走っている。
隊士たちは無言だった。
片方の座席には、遺体袋につつまれた斎藤のからだが横たわっている。
戦闘地域のカリフ国司令官は、土方に斬られた。
指揮系統が混乱し、狼狽したカリフ国兵士たちは押しに押され、とうとう占領区域を捨てて退却した。
しかし戦勝を祝うでもなく、重い空気のなか、新選組は臨時軍営に戻ろうとしていた。
「……自律ドローンとは、なんだ?」
土方が沈黙をやぶった。
「……人工知能を搭載したドローンのことですよ」
運転している山南が、となりの土方をちらりと見た。土方の表情は暗く沈んでいる。
「つまり、自分で考えて攻撃するロボットです。操縦する必要がないので、一人で何機でも運用できます」
「……そうか」
土方はそれきり、黙った。
誰も言葉を発する隊士はいなかった。