「あーあ。ようやく終わったぜ」
左之助はそう言って、ポケットから
チョコレート味のそいつに、はむっと食らいつき、うまそうに食べはじめる。
あちこちから黒煙がたちのぼり、ほぼ半壊した建物には銃弾の
「ふぉういえばよう」
左之助が食べながら話しはじめる。
「うわっ汚ったねーな!」
「かんべんしてくださいよもう!」
左之助の座っている土嚢のしたで、平助と隊士のひとりから苦情があがった。食べかすが盛大に飛んできたのだ。
「――そういえばよう、イーアドたちの基地ってこっから近いよな」
左之助の言うとおり、たしかに近い。
政治上の思惑が絡みあって休止していたカリフ国
いま、新選組の所属する中隊は、カリフ国第二の首都と呼ばれる都市ハディナまで進軍していて、カリフ国首都やイーアドのいた支配地域が近くに迫っている。
「だからどうした」
大刀の
「一丁、殴りこみに行くか!」
左之助が、片手で膝をぱしんとたたいた。
「ふん」
土方は冷静に言う。
「新選組はウルミスタン義勇軍の中隊付きだ。そんな勝手ができるか」
「そりゃま、そうだけどよ。今なら負ける気がしねえぜ」
「まあな」
実際、空爆が厳しく制限され、市街戦を主とする歩兵同士の戦闘ばかりになった戦場で、新選組はウルミスタン義勇軍のなかでも精鋭ぞろいの小隊になっていた。
さっきから、たまに連行されていく敵の負傷兵が前を通るが、かれらは新選組のすがたを見るなり、一様におびえて距離を取ろうとした。
「土方さんも変わっちまったなあ」
左之助がからかうように言った。
「おれがか」
「そうさ。昔のあんたなら、ちょっとでも怪しい浪士がいたら、斬り込みに斬り込んでたじゃねえか」
「考えている」
「何をだよ」
と左之助は訊いたが、土方はこたえず、荒廃した街並みをながめている。
やがて、ぽつりと、
「――主君のない武士道とは、存在するものか」
とつぶやいた。
矛盾している。武士道とは主君があってはじめて成立する思想であり、主君のない武士道という言葉自体が矛盾をはらんでいる。
江戸期の武士であれば一笑に付すであろう考えだが、百姓育ちのこの男は、武士になったあとも武士に人間としての理想像を求めつづけてきた。その分だけ、いわば現在的なものの見方をしているとも言えるかもしれない。
果たして、そのような白い
誰もこたえられずにいるなか、
「なんだ」
沖田が軽い口調で言った。
「私はてっきり、ミューさんのことを考えているのかと思ってしまいました」
いま、ミューは戦地に赴いた新選組とは別れ、後方部隊でフォトグラファーの仕事をしている。
「な、なにを言いやがる」
土方はあわてたように、話題がそれることを防ごうとして、
「なあ
と国学好きの隊士の名を呼んだ。黒煙の上がる街並みをながめていた相馬が振りかえった。
「はい」
「お前はどう思う。主君のない武士道があるかどうか」
「むずかしいところですね」
と相馬は前置きして、
「主と臣の関係のなかにこそ武士道は存在します。言いかえれば片一方のみの武士道はありえないことになります。しかし
すらすらと淀みなく言った。この地でかれもまた、武士道を問うていたのかもしれない。
隻手の公案とは「両手をたたくと音が出るが、片手だけではどんな音が出るか」というこたえのない禅問答のひとつである。
土方は、また禅僧じみてきやがった、という風な渋い顔をしてうなずいた。
「ふむ」
「もしくは戦国時代なら、主君のない武士道も存在したでしょう」
「戦国時代なあ……」
土方は考えこむようにそうつぶやいた。戦国時代といえば裏切りや下克上といったイメージが強い。
「公共に殉ずる士道というものはどうでしょうか」
と、山南が話に入ってきた。
「ほら、屯所に見学に来た
以前、
「あいつか」
土方は思い出したように、
「そりゃまあ、公共のためってなあ一理あるがな」
そう言って、それきり黙ってしまった。
べりっ、と左之助がのんきな音をたてて戦闘糧食のパッケージを破いた。
「おめえ、それ何個目だよ」
と平助がからかった。
「腹が減っては戦はできぬっていうだろ」
「もう終わってらあ。太るぞ」
平助が忠告した。
実際、戦闘糧食は兵士が効率よくエネルギーを摂取できるようにつくられているため、総じて高カロリーである。そう何個も食べるものではない。
『それは困るな』
いきなり中隊長の声が聞こえた。
土嚢の裏側から回りこんできたらしい。今日は動きやすいツナギのような戦車服を着て、ベレー帽を斜めにかぶっている。
新選組隊士たちがあわてて起立する。
中隊長は隊士をながめ回し、
『ご苦労だった。話がある。臨時軍営まで来てもらおう』
と言って踵を返した。
左之助がその後ろをついていく。
隊士たちもそれに続き、沖田が楽しそうに、「左之助さんは、徳川にかわる新しい主君をみつけたようですね」と土方に言った。