「新選組集合だって」
訓練のはけた夕方、テントの垂れをめくって顔を出したミューが声をかけた。
「集合?」
近くで長靴をみがいていた平助が訊きかえした。
「そ。中隊長んとこ」
軽い口調で言ったミューは室内を見まわして、
「沖田さんは横のテントにいるの?」
「たぶんな」と平助。
「呼んできて」
「なんでおれが」
「だって、あたしが行くと沖田さんを独占したみたいに思われるでしょ」
とミューが気を遣っているように、この頃の沖田の人気は大そうなものだった。だが本人は飄々としたもので、特定の相手と深い関係になることはなく、いわばアイドルのように女性兵士から慕われている。
「へいへい」
仕方ない、といった風に平助が出ていく。
「どういう用むきだ」
と土方が訊いた。
「お客。日本人だって」
そう言ってミューはいわくありげに微笑んだ。
「いやいや、まさか……」
男は、眼鏡の奥の柔和そうな目を丸くして言う。
「そんなことも、あるもんですかなあ」
中隊本部のテントで、日本大使館職員と名乗った日本人が、土方たちの話を聞いては神妙そうにうなずいていた。
かれは、日本人が傭兵になっているという噂を聞いた日本大使館が派遣した職員だった。もっとも、周辺国の大使館機能は、比較的安全なトルコの大使館の一室に移転されてしまったので、かれはトルコから三日かけてやってきたという。
「ねえ、あたしが言うのもなんだけど、土方さんたちの話信じてる?」
ミューが横やりを入れた。
「ええまあ。このご時世、何が起こるかわからないものですから」
と職員は裏表のない口調で言った。
どうやら本当に、土方たちが新選組だと信じている様子だった。もはや正義と悪という概念さえかすんでしまったこの地で大使館職員をしていると、何が起こっても不思議ではないという考え方になるのかもしれない。
「で、あなたが沖田総司さん」
沖田を見て職員が言った。
どうして名前がわかるのかと不思議そうな顔で、沖田がうなずいた。
「まあそんなわけでよ」
左之助が話を締めた。
「せっかく来てもらったのに悪りぃが、日本人の保護っていわれても、おれらはここに
「左之助がいちばん馴染んでるからなあ」
平助が混ぜっかえした。
「あ?」
黙れとばかりに左之助がにらみつける。
中隊長は、我関せずといった様子で、いつもの机に座りタブレットを操作している。
「いやはや」
と職員が額の汗をぬぐいながら、
「とはいっても、これだけ人数がいらっしゃったら、日本に帰りたいという方もおられるのではないですか?」
「ふむ。たしかにそうかもしれん」
土方が同意して、
「帰りたい者がいれば帰らせよう。その際は世話になるが、よろしく頼む」
「おい土方さん。脱隊は士道不覚悟じゃなかったのかよ」
と茶化す左之助を、土方はにらみつけた。
「もう局中法度はねえし、そんなこといったら、いの一番にばくち打ちのお前が切腹だ」
話し合いの末、隊士の三人が日本に帰ることになった。
「本当に申し訳もない」
ひとりの隊士がしきりに謝った。
「もう日本の地を踏めないかと思うと、いてもたってもいられず……」
「気にするこたあねえ」
土方が、めずらしく笑って言った。
「突き詰めれば、武士は、いかに潔く生きるかだと思っている。仕えるべき主君がなくなった今、潔く帰るのも武士だ」
それを聞いて、もうひとりの隊士が涙をこぼし、あわてて袖でぬぐった。
「……申し訳ない」
さいごに年若い隊士が口を開いた。かれも帰国組のひとりだった。
「私には、どうしてもこの地で〝誠〟を実現できる気がしないのです」
「そうか」
土方はうなずいて、年若い隊士の肩をたたいた。かれは、入隊試験で土方が手合わせした隊士だった。竹刀の剣先に力があり、面の奥の瞳に強い意志を感じたため採用した。
「お前はなにも間違っちゃいねえよ。お前の信じる誠の道をゆきな」
はい、と年若い隊士は力強く言った。
三人は、ひとまず職員に連れられてトルコ大使館に行き、煩雑な事務手続きを経たのちに日本へ強制送還ということになった。
残留する隊士たちと別れの挨拶をすませた三人が、大使館職員に連れられてテントを出ていく。
去り際に、念を押すように職員が訊いた。
「土方さんたちは、本当に帰らなくてもいいのですか?」
「俺はな」
土方が言う。
「あのイーアドってやつの頬げたを、思いきり殴ってやらないと気が済まないのさ」
そのもの言いに、残った隊士たちが吹きだした。
中隊長が、かれら十三人の後ろでにやりと笑った。
――過激派連中が、〈