目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
09 悪を為すもの

 歩哨の任務がおわると、土方は昼食もとらずに中隊基地のテントの群れを突っ切った。

 鬼気迫った、表情である。

 幾人かの知り合いが「トシ」などと声をかけたが、聞こえないふりをした。

 怒りでまともな精神状態ではないと自分でもわかっているのだろう。あれから相方が説明したところによると、カリフ国は捕虜に爆弾を巻いて攻撃させるのだという。先日まで普通に話していた戦友の、むごい爆殺死体は、こちらの兵士の士気を下げるにはもってこいの方法であるらしい。


 やがて基地の外れにある日干し煉瓦づくりの建物にたどりついた。

 窓もない、納屋のような建物である。

 土方は粗末な木製の扉を押し開けようとしたが、鍵がかかっていたので、G3ライフルの銃把で鍵の枠ごと破壊した。

 なかは薄暗い。

 天井にちいさくあいた穴から日が差している。

 一目で牢屋とわかる鉄格子が目に入り、次いで、そのなかにいた軍服姿の男がおびえたように声をあげた。


『誰かと思えば、サムライか』

 カリフ国を脱出するときに、ひとり連れてきてしまった兵士である。

 土方は兵士をにらみつけ、こっちへ来るように手招きした。

 兵士は土方の顔色をうかがい、次いで肩にかけているライフルを見て、しぶしぶといった体で鉄格子のそばにやってきた。

 いきなり、襟をつかんだ。

「こたえろ」

 鉄格子に吸い寄せられるような体勢となった兵士は、

『な、なんだ!?』

 と狼狽した。

「ムハンマドは公正な男ではなかったのか。なぜ捕虜に爆弾を巻いて自爆させるような真似をする」


『へっ』

 兵士はあざわらうように言った。

『お前らが先に攻撃してきやがったんだ。ムハンマドも報復攻撃は認めている』

「爆弾を巻かれた男は降伏していたはずだ」

『衝撃と恐怖作戦だ。お前らと同じことをしているだけさ』

「……どういうことだ」

 そこで兵士は、やや落ち着きを取りもどした顔で言う。

『変わらねえよ。残酷な殺しを見せつけて、敵に衝撃と恐怖をあたえる戦法は、昔からお前らがやってきたことだろ』


 土方は驚いて兵士の顔を凝視した。

 新選組の名を上げるため、必要以上に人目をひくやり方で、土方は京にひそむ不逞浪士を斬殺したことがある。

 この兵士は新選組のことを知っているのか、という疑念がわいた。

『なんだよ。女も子どもも関係なく殺す空爆と、爆弾を埋めこんで自爆させるテロは、基本的に同じだろ』

 しかし兵士は、新選組のことを言っているのではなかった。

「……たしかに昔っからそうだな」

 土方は、皮肉げに片頬をあげた。

「だがな、新選組とお前たちでは、決定的に違うことがある」

『へっ、シンセングミってなんだよ』

 土方が兵士の襟をつかむ腕に力をこめたとき。

『やめろ』

 凛とした声がひびいた。


 見れば、開け放しの扉から入ってきた中隊長のすがたがあった。土方と兵士を眼光鋭くにらんでいる。彼女は、冷たい口調で命令した。

『軍規を乱すな』

 同じようなセリフを、副長時代に何度も何度も言ってきた土方は、ぱっと手を放した。兵士がげほげほと咳きこんだ。

「……隊長」

 土方が、めずらしく決まり悪そうに言った。

「こいつらは一体、どうしてあんなことができるんですか?」

『ふん』

 中隊長は見下ろすように、捕虜の兵士を一瞥した。

『カリフ国は、猿の集まりだ』

 土方は、黙っていた。

『悪は悪人が為すのではない。思考停止した人間が為す』

 中隊長はそう言って、腰に吊ったホルスターからルガーを抜いた。

 鉄色の銃身がうすく油を塗ったように、ぬらめいている。中隊長がその拳銃を構えると、百年ものあいだ人を殺してきた歴史が、銃身からにおいたつように感じられた。


『っ!』

 拳銃をむけられた兵士が息をのんだ。

『……フランスで、私の家族はこいつらに殺された』

 中隊長は、語る言葉とは裏腹に無表情で言った。

 沈黙が流れ、やがて中隊長はゆっくりとホルスターにルガーをおさめた。

 土方が、苦々しい口調で言う。

「だからお前さんは、軍に身を投じたのか」

『ふん』

 中隊長はその言葉を鼻で笑い、

『なぜと問うな。ただ殺せばいい』

 と言って、開けっぱなしの扉から出ていった。


 土方は、怪訝な顔をして中隊長の後ろすがたを見送った。

 矛盾を感じた。

 思考停止した人間が悪を為すならば、ただ殺せばいい、という言葉は悪ではないだろうか。それとも、彼女は自らを悪と定義しているのだろうか。

 中隊長は去りぎわに振りかえって、

『鍵の交換代は、トシの給与から引いておく』

 と言い捨てた。

 取り残された土方は、ため息をついた。

禅僧ぜんそうじみてらあ」

 そう言って、兵士のほうを見もせずに、頭をかきながら牢がわりの建物を出ていった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?