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08 現代の戦争

「浮気だと?」

 中隊長と左之助の恋は、思いもよらぬ方向に進んでいたらしい。

『ああ。サノが他の女に手を出しかけて、冷静に怒った中隊長が、ずどんよ』

 ウルミスタン義勇軍の歩哨は6時間ごとの交代制である。簡素な日よけの下で、ずっと見張っていなければならないので、比較的退屈な任務だった。

 だから寡黙な土方も、つい引きこまれるように話を聞いていた。


「まさか、撃たれたのか?」

『らしいぜ。中隊長愛用のルガーP08で、こめかみをかすめるように撃たれたんだと』

「聞いたことねえ銃だな」

『そりゃあんたらは知らないだろうさ。百年前の拳銃だからな』

 それを聞いて土方はぷっと吹きだして、

「骨董品じゃねえか」

『だから、運が悪けりゃ死んでたかもな』

「悪運の強い野郎だ」


 ちなみに左之助は昔、もののはずみで切腹しかけたことがある。仲間がかけつけて運良く命はとりとめたが、それからは「おれの腹は刃物の味を知ってるんだぜ」と言って自慢している。その自慢に今度は鉛玉の味が加わったわけである。

 そういえば、と土方は思う。

 確かに左之助は二、三日前から、頭に鉢金を巻いていた。

 寝るときも外さないので理由をたずねると、「常在戦場。いかなるときも戦場と心得よって言うだろ」とうそぶいていたが、なるほど左之助は男女の道という戦場に出ていたらしい。

 ――もっとも、そのふるまいは誠の道からはだいぶ外れているようだが。

 と、土方は苦笑した。


『トシさんはどうなんだ?』

 見張りの相方から話題をふられて、土方は軽く流すことにした。

「なにもないさ」

『本当かよ』

「無論だ」

 とりつく島もない土方に、相方はあきらめたように、

『まあ、あんたは何があっても言わないからな』

 と言った。

 土方は、本心では、幕末と呼ばれる時代に残してきたお琴のことが気がかりだろう。

 だが言わない。言わないことでこの男は自らを律してきたし、隊士たちの前で弱音を吐くわけにもいかなかった。

 ただひとり、歴史好きのミューはお琴のことを知っているはずだったが、彼女も何も言ってこない。土方はそれでいいと思っている。

 百五十年もの時が流れた今、彼女にしてやれることなど何もないのだから。


 太陽が昇ってきた。起伏に富んだ岩砂漠のむこうには、熱さのあまりかげろうが立っている。ゆらゆらと揺れている。琴の音など絶対に聞こえてこないこの地で、G3ライフルを肩にかけた土方は、真昼の暴君と呼ばれる日光のまぶしさに目をほそめた。


 誰かが、いる。

「おい」

 土方は、折りたたみ椅子に座ってぼんやりしていた相方に声をかけた。

 ベルトに吊した双眼鏡をとって、のぞきこんでピントを調整する。

『なんだありゃあ』

 相方も、怪訝そうに言った。

 誰かがラクダに乗っている。一直線に近づいてくる。かげろうに揺れる双眼鏡の視界のなかで、ラクダに乗った人間は橙色の服を着ていた。

『異常発生。繰り返す。異常発生』

 腰に吊った携帯無線を取りだし、相方が中隊に報告する。

『正体不明の人間ひとりがラクダに乗ってむかってきます。やつは……オレンジの服を着ています』


 しばらくの後、携帯無線のスピーカーから下士官の声が聞こえてくる。

『ウルミスタン義勇軍国際免責条項第十一条三項のA該当の攻撃を許可する。近づけるな』

 相方は携帯無線を持った手で、はじかれたようにG3ライフルの装填ハンドルを引いた。つづいて土方も同じ動作を行った。

 乾いた金属音がひびき、銃弾がライフルの薬室に送りこまれた。

 ちかづいてくる。もうすでに肉眼でもはっきりと見える。橙色の服を着た男は、ふらふらと不安定に揺られながらラクダに乗っている。


『止まれ! 止まれ!』

 銃を構えた相方がさけんだ。

 聞こえていないのか、なにか思惑があるのか、男は止まらない。

「おい」

 銃を構えながら土方が訊いた。

「あいつは、捕虜じゃないのか」

 橙色の服は、イーアドたちが捕虜に着せていた服と同じように見えた。

『だから危ないんだよ。絶対に近づくなよ』

 相方はそう言って、もう一度止まれとさけんだ。

 だが止まらない。もう、表情まではっきり見えるくらいに近づいている。日よけの布をかぶった、あごひげの長い男は、ラクダに揺られながらどこか虚ろな表情をしていた。


『……助けてくれ』

 口の端に泡をためて、よだれも垂れているように見える。その口から漏れるように助けをもとめる声が聞こえてきた。

「おい、病気か?」

 銃口を上にむけて、土方が歩み寄っていった。どう見ても敵ではないように思えたのかもしれない。

『おい、戻れ!』

 相方が焦った声でさけぶ。

『クソっ!』

 ぱぱぱん、と三連続で銃声がひびいた。相方が空にむけて威嚇射撃を行ったのだ。


 驚いたラクダが嘶いて、唾を飛ばしながら首を振った。

 乗っていた男がバランスをくずし、前に伏せるように転落した。

 地面にたたきつけられた瞬間。

 爆発した。

 炎が轟音とともに巻きあがり、男のからだが四散した。爆風で、ラクダが驚くほど遠くに飛ばされた。

 一瞬の後、細かい血の雨が降り、それを覆うように黒煙がたちこめた。

 土方は爆圧でよろめきながらも、一部始終を見た。


『……おい、大丈夫か!?』

 相方に肩をつかまれ、土方は「ああ」とうなずいた。

 そして理解した。

 ――新しい時代に来たのだ。



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