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04 朝食

 自分は、乱世に生まれた。

 だから、乱世に生きつづける。


 というような意味のことを、朝食を食べながら、土方はぽつぽつと話した。

 隊士たちがやってきたのは、野外に幕で屋根をつくっただけの簡単な食堂だった。

 そこでは軍服を着たグループや、ターバンを巻いて民族衣装のようなチョッキを着たグループなど、多様な人種が楽しそうに食事をとっていた。

 どうやら、この地に駐屯する軍隊は混成部隊で構成されているらしい。

 隊士たちはミューと一緒に、端のほうのテーブルについていた。


 そのなかで沖田は、土方の話を聞きながら、ひょっとしてこのひとは乱世に死にたいのではないかと考えていた。

 だが、言わない。

 言わないかわりに話の腰を折ろうとして、

「トシさん、マヨネーズとかいう調味、かけすぎじゃないですか」

 土方の皿を見ておもしろそうに言った。


「うるせえ」

 土方はマヨネーズの容器を置いて、

「武士が食べ物の好悪を言うべきじゃねえが、おれは塩っからいものを食べねえと力が出ないんだよ」

「おれもそうだぜ」

 平助が容器をうばいとって、自分の皿のサラダにかけながら、

「土方さんほどじゃないけどな。まったく、西の食い物は薄味でいけねえ」

「いや、西過ぎじゃないですか」

 隊士たちから笑い声があがった。


 かれらが食べているのは、バターのついたパンに、スクランブルエッグという玉子焼きを崩したような卵料理、そして瓜を薄く切ってナツメヤシの実を添えたサラダだった。

 パンは稠密ちゅうみつな噛みごたえがあって、胡椒こしょうのきいたスクランブルエッグをはさんで食べると、疲れた体に活力がわいてくるようだった。

 ほかには薄いパンに羊肉を挟んだ料理もあったが、調理場から好きな皿をとって食べる形式なので、左之助以外の全員が取らなかった。

 羊肉をほおばる左之助の両隣には、隊士がやや距離を置いて座っている。


「山南さん、徹夜で操車して疲れただろ。肉食え肉」

「いや、せっかくですが四本足はちょっと……」

 左之助の正面に座る山南は、のけぞるようにして言った。

 当節、不浄であるとされているので基本的に牛肉や豚肉などを食べる習慣はない。もっとも、「あまり気にしない人」は食べている。


「そういえば」

 山南は辺りを見まわして言った。

「アミルという子、かれは大丈夫なのでしょうか」

 連れてきた捕虜たちも着替えて朝食を食べているが、アミルのすがたは見えなかった。

「ん、ああ」

 ミューは生返事して、

「身体検査が終わって、お母さんのいる家に戻ったんじゃないかな」

「身体検査?」

 山南は首をひねった。

 一人連れてきてしまったカリフ国の兵士ならともかく、アミルにそのようなことをする必要があるだろうかと言いたげだった。


 ミューは言いにくそうに、

「まあ、あいつらは、少年兵に爆弾を巻いて自爆させたりするからね。アミルみたいに不審なところがなければ安心だけど、念のため、ね」

 と説明した。


 隊士たち全員が、ぽかんとしていた。

「感心しない冗談だ」

 苦々しげに土方が言った。

「いやいや冗談じゃないって!」

 ミューがあわてて手を振った。

「あれっ、なんであたしが残虐な人間みたいになってんの! ちょっとそこスペース空けるのやめてよね!」

 羊肉食いもかくや、というくらい距離を置かれたミューが、さらに抗弁しようとしたとき。

『おいおい、サムライは肉も食べないのか』

 テーブルに置いてあったスマホから翻訳された日本語が流れた。


 声の主は、隊士たちに近づいてきたさっきの下士官だった。ぱりっとした軍服の仲間を連れている。

『軍に志願したいって聞いたが、そんなので戦えるのか』

 テーブルに両手をついて、するどい瞳で挑発するように隊士たちをめまわした。

「んだてめえ」

 フォークを置いて左之助がにらみかえした。

『剣も折れてしまったようだし、本当に役立つのかな』

 左之助が顔を近づける。

「おい、馬鹿にするとひでえ目にあうぜ」

『なんだ』

「んだよ」


 にらみあう二人を見かねて、土方が立ち上がりかけたところで、

『勝負だ!』

 ぱあん、と手を打って、えらく陽気に下士官がさけんだ。

 部下らしき軍服が、いそいそとテーブルを持ってきた。下士官はテーブルに右手をのせて不敵な笑みを浮かべる。

 ――腕相撲か。

 やや拍子抜けした左之助は、それでも「やったらあ!」とさけんで右手をのせた。


 たちまちのうちに人だかりができた。その場にいた半数ぐらいの人間が、テーブルをかこんで野次を飛ばしたり、勝手なことを言いあっている。あ、紙幣を出すやつがいる。おそらく賭けているのだろう。

 軍服の一人が異国語でかけ声をかけた。

『用意、始め!』

 と翻訳が遅れて聞こえてきたため、左之助はピンチにおちいった。

「翻訳、遅えよ!」

 左之助の手の甲は、あと一寸ちょっとでテーブルに付いてしまう。


『どうしたサムライ!』

 こめかみに青筋を浮かせて下士官が言った。

「んなろー!」

 上をむいて、首筋を太く盛りあがらせた左之助が渾身の力をこめた。

宝蔵院流ほうぞういんりゅう槍術そうじゅつをー!」

 ぐぐっ、と組まれた二人の手が持ち上がった。

「なめんじゃねー!」

 ばたーん、と下士官の手の甲がテーブルに押し付けられた。

 周りから歓声があがった。


 そこから先は大騒ぎで、左之助と軍服が一緒になってさけんでいる。隊士たちも飛び出て、左之助の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「さっすが左之助さん!」「やったぜ!」「見たか聞いたか新選組の実力」「なんでお前がえらそうなんだよ」「えっ、次おれの番なの?」

 ついていけずに座っている山南に、ミューが一言、

「翻訳すると、仲良くなりたいんだってあいつら」

 騒ぎを冷ややかに見ながら言った。



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