「ちょ、あんなこと言っちゃってよかったの?」
中隊長のいる本営のテントを辞したあと、ミューがあわてたように訊いた。
「刀に未練はねえよ」
土方はさっぱりと言い切った。
「己の士道こそが刀だ」
「いや、そっちじゃなくてさ。ここの軍隊に入るって話」
「ああ、そうか」
土方はちょっと気恥ずかしそうにそっぽをむきながら、「そのつもりだ」とこたえた。
あの後、中隊長は「銃を与えるなら軍に入隊してもらう」と言い、土方は一も二もなく承諾してしまっていた。
朝の涼しい風が吹きわたるなか、土方はくるりと新選組隊士たちにむき直った。
「だが、こいつはおれの意志さ。大公儀が消滅した以上、新選組も
すこし、寂しげに言った。
大公儀、とは徳川幕府の別名であるが
「へっ」
左之助が笑い飛ばすように、
「いまさら帰ったって物笑いの種になるだけだろ。それよりは、戦国みたいなこっちのほうが性に合ってらあ」
そう言うと、隊士たちから、ちらほらと賛同の声があがった。
「左之は単純だな」
土方の言葉に、左之助が怒ったように笑って、
「どういうことだよ」
「礼を言ったまでさ」
土方の表情は、皮肉めいているがやけに明るかった。
新選組隊士たちのすがたを朝のやわらかい日差しが照らしている。
ミューはかれらを見て、現代に生きる人間としてすこしの疎外感を感じた。
「はいはい」
ぱん、とミューが手をたたいた。
「じゃあ約束どおり、新選組がどうなったのか教えたげる」
隊士たちはさっきのテントにもどり、ミューから新選組のたどった詳しい歴史を学ぶことになった。中隊長からも、ひとまず現代の知識を教えてやってくれと言われている。
ミューはノートパソコンをひらいて、幕末史のページを表示した。
「えー、
「うぉい!」
左之助が
「んだよこの書き方。おれたちが逃げたみたいじゃねえか」
「んー、歴史家の見解では、必ずしもそういうことにはなってないみたいだよ」
ミューはノートパソコンのキーをたたき、
「ほら。幕末史上最大の謎とされた消失事件は、池田屋事件の意趣返しによる長州藩の暗殺説が有力となっている、だって」
「池田屋ではたくさん斬りましたからねえ」
沖田がなんでもないことのように、のほほんと言った。
ミューは、かわいい顔して怖っ、と思いながら、
「それでまあ、新選組は戦力を欠いたまま、さっき言った明治維新へむかってゆくわけなのです」
つとめて淡々と、ページをスクロールさせていった。
そこには、途中で入隊してきた伊東甲子太郎たちのことや、
「……近藤、お前……」
土方の口からそんなつぶやきが漏れた。
ふと気づくと、隊士たち全員が悲しげな表情になって画面を注視していた。
普段から無口無表情で、何を聞いても単語で返事をする斎藤一が、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
かれらの大切なひとたちは、もういない。
「まあ、なんだ」
これはいかんと思ったのか、土方は取り繕うように言った。
「残る桜も散る桜だ。天命など早いか遅いかのちがいに過ぎん」
その言い方に、沖田がふっと噴きだして、
「土方さんがしんみりさせたんじゃないですか」
「なにを言いやがる。武士なら常に死を覚悟していたはずだ」
土方がむすっとしてそう言ったとき。
かんかん、と鍋をたたくような音が聞こえてきた。
「なんだ?」
左之助の問いに、ミューは簡潔に、
「朝ごはん」
と言った。
開けっぱなしのテントの出入り口から、ひょっこりと男の顔がのぞいた。
『朝食。あんたたちも食っていきなよ』
「かたじけない」
土方が代表でこたえた。
隊士たちにむき直り、
「まあ、なんだ。人は死ぬし腹は減る。飯にすべえ」
と、めずらしく、生まれ故郷の武州多摩の言葉まじりで言った。