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03 かれらのいない歴史

「ちょ、あんなこと言っちゃってよかったの?」

 中隊長のいる本営のテントを辞したあと、ミューがあわてたように訊いた。

「刀に未練はねえよ」

 土方はさっぱりと言い切った。

「己の士道こそが刀だ」

「いや、そっちじゃなくてさ。ここの軍隊に入るって話」

「ああ、そうか」

 土方はちょっと気恥ずかしそうにそっぽをむきながら、「そのつもりだ」とこたえた。


 あの後、中隊長は「銃を与えるなら軍に入隊してもらう」と言い、土方は一も二もなく承諾してしまっていた。

 朝の涼しい風が吹きわたるなか、土方はくるりと新選組隊士たちにむき直った。

「だが、こいつはおれの意志さ。大公儀が消滅した以上、新選組も局中きょくちゅう法度はっともなくなった。日本に帰りたいやつは帰ればいい」

 すこし、寂しげに言った。

 大公儀、とは徳川幕府の別名であるがおおやけという意味も込められている。非常警察組織である新選組のじゅんずる公がなくなったことを、強調して言ったのだろう。


「へっ」

 左之助が笑い飛ばすように、

「いまさら帰ったって物笑いの種になるだけだろ。それよりは、戦国みたいなこっちのほうが性に合ってらあ」

 そう言うと、隊士たちから、ちらほらと賛同の声があがった。

「左之は単純だな」

 土方の言葉に、左之助が怒ったように笑って、

「どういうことだよ」

「礼を言ったまでさ」

 土方の表情は、皮肉めいているがやけに明るかった。

 新選組隊士たちのすがたを朝のやわらかい日差しが照らしている。

 ミューはかれらを見て、現代に生きる人間としてすこしの疎外感を感じた。


「はいはい」

 ぱん、とミューが手をたたいた。

「じゃあ約束どおり、新選組がどうなったのか教えたげる」

 隊士たちはさっきのテントにもどり、ミューから新選組のたどった詳しい歴史を学ぶことになった。中隊長からも、ひとまず現代の知識を教えてやってくれと言われている。


 ミューはノートパソコンをひらいて、幕末史のページを表示した。

「えー、元治げんじ元年6月15日。土方歳三ひきいる新選組隊士十六名は、市中巡察中に忽然こつぜんとすがたを消しました」


「うぉい!」

 左之助が頓狂とんきょうな声をあげた。ノートパソコンの画面にかぶりつくようにして、

「んだよこの書き方。おれたちが逃げたみたいじゃねえか」

「んー、歴史家の見解では、必ずしもそういうことにはなってないみたいだよ」

 ミューはノートパソコンのキーをたたき、

「ほら。幕末史上最大の謎とされた消失事件は、池田屋事件の意趣返しによる長州藩の暗殺説が有力となっている、だって」

「池田屋ではたくさん斬りましたからねえ」

 沖田がなんでもないことのように、のほほんと言った。

 ミューは、かわいい顔して怖っ、と思いながら、

「それでまあ、新選組は戦力を欠いたまま、さっき言った明治維新へむかってゆくわけなのです」

 つとめて淡々と、ページをスクロールさせていった。

 そこには、途中で入隊してきた伊東甲子太郎たちのことや、近藤こんどういさみ井上いのうえ源三郎げんざぶろう永倉ながくら新八しんぱちなどなど隊士たちのたどった最期が書かれていた。


「……近藤、お前……」

 土方の口からそんなつぶやきが漏れた。

 ふと気づくと、隊士たち全員が悲しげな表情になって画面を注視していた。

 普段から無口無表情で、何を聞いても単語で返事をする斎藤一が、ぽろぽろと涙をこぼしていた。

 かれらの大切なひとたちは、もういない。


「まあ、なんだ」

 これはいかんと思ったのか、土方は取り繕うように言った。

「残る桜も散る桜だ。天命など早いか遅いかのちがいに過ぎん」

 その言い方に、沖田がふっと噴きだして、

「土方さんがしんみりさせたんじゃないですか」

「なにを言いやがる。武士なら常に死を覚悟していたはずだ」

 土方がむすっとしてそう言ったとき。

 かんかん、と鍋をたたくような音が聞こえてきた。


「なんだ?」

 左之助の問いに、ミューは簡潔に、

「朝ごはん」

 と言った。

 開けっぱなしのテントの出入り口から、ひょっこりと男の顔がのぞいた。

『朝食。あんたたちも食っていきなよ』

「かたじけない」

 土方が代表でこたえた。

 隊士たちにむき直り、

「まあ、なんだ。人は死ぬし腹は減る。飯にすべえ」

 と、めずらしく、生まれ故郷の武州多摩の言葉まじりで言った。



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