『サムライ?』
スマホから聞こえてくる翻訳された日本語まで、あきらかに戸惑っていた。
意外なことに中隊長は女性だった。黄土色の軍服に身をつつみ、首まである髪を後ろでくくっている。するどい目つきで隊士たちを見据えるその顔は、京都にはあまりいないタイプの美形だったが、目の下の真っ黒い
『サムライがうちの兵士たちを助けたっていうのか?』
中隊長の横には下士官とおぼしき兵士が立っていて、さらにその横に捕虜たちが整列している。さっきのアミルと呼ばれた子供は、テントに備えつけの椅子に座って足をぶらぶらさせていた。
『なぜここにいるのかはわかりませんが、かれらは日本では有名なサムライです』
ミューがそう言うと、中隊長は処置に困ったように頬杖をついた。
『中隊長』
ひげ面の捕虜が前に出て言った。
『かれらは俺たちが殺されるのを見ていられなくて、カリフ国を裏切って助けてくれたんだ』
『裏切って?』
中隊長が言葉尻をつかまえて言う。
『じゃあこいつらはもともとカリフ国の兵士だったのか?』
その場にいる全員に、緊張が走った。カリフ国とはイーアドたちのいた軍隊のことを指しているのだと思われた。
土方はうなずいて、堂々と言った。
「おれたちは徳川家に忠誠を誓っている。あいつらの私兵じゃねえ。だが、新選組は節義を旨としている。放浪していたおれたちを拾ってくれたあいつらへの礼がわりに、用心棒をしてたのさ」
ぴ、という音がして、スマホから異言語が発せられる。こんどは日本語から異言語に翻訳されたのだ。
一瞬の沈黙のあと、ひげ面があわてたように言う。
『悪いひとたちじゃない』
『悪いやつらばっかりだよ』
中隊長は、隊士たちの帯びている刀を見てため息をついた。
『で、トクガワというのはどこの軍隊なんだ?』
『えっと、それはですね、およそ百五十年前の将軍なんですけど――』
口を開きかけた土方を制して、ミューが話しだした。
歴史知識のある人間が説明したほうがいいと思ったのだろう。
百五十年前、と聞いて怒りだすかもしれないと思ったが、中隊長は意外にもミューの話に耳をかたむけてくれた。
「――ねえ土方さん」
「なんだ」
「新選組の肩書きってなんだっけ」
「京都守護職
ぴー、とスマホから音がして、画面をのぞきこむと、「翻訳できませんでした」と表示されていた。
「時勢か……」
と土方は寂しげにつぶやいた。
ミューからひとしきり説明を受けたあと、
『――にわかには信じられんな』
中隊長は疑わしげな表情をくずさずに言った。
『そりゃあ、わたしもいまだに信じられませんけど、まさかコスプレじゃあるまいし……』
ミューは頭をかきかき、困った様子だった。
『おれ、知ってますよ』
横でなりゆきを見守っていた下士官らしき兵士が言った。
『サムライXだ。動画で見たことがある』
『はあ?』
中隊長は眉根をよせて下士官をにらみつけた。
だが下士官はさらに続けて、
『明治維新てやつでしょう。旧い政府である幕府は倒されたけど、サムライたちは生き残ってるんだ。かれらはサムライの生き残りなんですよ。ニンジャと一緒なんだ』
なにか激しく勘違いをしている下士官に、土方は苦笑して、
「おれたちは幕府の臣下だけどな」
『わかってる。幕府のサムライの生き残りだろう』
「そういうこった。しかし驚きだな、未来には忍者も生き残っているのか」
「いや、生き残ってねーし」
ミューが思わずぞんざいな口調で言った。
中隊長のこめかみがぴくついている。これはカミナリが落ちるな、と思ったミューが話を戻そうとして、
「ま、まあ証明しろと言われたら難しいんですけど」
『おれ、知ってますよ』
空気を読めない下士官がさらにそう言って、いきなりテントから出ていった。
古今東西、どこの軍隊にも
しばらくして戻ってきた下士官は、ひと抱えほどもある大きな岩を両手に持っていた。
『サムライならこいつを斬れるはずだろう』
目を輝かせて、岩を丸椅子のうえに置いた。
『ふむ』
と、中隊長も興が乗ってきたのか、土方に問いかける。
『斬れるか?』
土方は無言で大刀を抜いた。そのまま、漬け物石よりひとまわり大きな岩にむかってやや上段に構える。
ざっ、と隊士や兵士たちが退いた。
二尺八寸の刀身が鈍く光っている。野性的な刃紋と、土方の涼しげな二重まぶたがあいまって、かれが刀を構えるすがたは、どこか猫科の猛獣を思わせた。
――ッ!
一閃。
がっ、と丸椅子ごと岩が真っ二つに割れ、
同時に、きいん、という音とともに、刀が手もとから一尺ほど残して折れた。
刃が、丈夫そうなテントの布地に突き刺さった。
みな、静まりかえっている。
「ふん」
土方は折れた刀を一瞥し、言う。
「おれは銃をとる。できれば、教えてもらいたい」
『ほう。軍に志願するか?』
中隊長が、