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01 ミュー

 新選組隊士十六人が雁首がんくびをならべて、ノートパソコンという機械の画面を注視している。

 暑い。

 隊士たちが入れてもらったテントは、掘っ立て小屋くらいの大きさがあるものの、隊士十六人が入ればとても窮屈きゅうくつだった。

 肝付きもつき美羽みう、と名乗った女は男くさいにおいに閉口したように、布でつくられた窓をあけた。


「肝付殿」

 土方が顔をあげた。

「あー、ミューでいいよ。あいつらもそう呼ぶしさ」

 気さくにそう言われて、土方は改めて、

「ミュー殿」

 と呼んだ。

「将軍家がついえた、というのは本当なのか」

 隊士たち全員が、それが命よりも大切な事柄であるかのように真剣な表情をしている。


「まあ、潰えたっちゅーか」

 ミューは丸椅子に座って、机の上のノートパソコンを横から操作しはじめた。

「武士階級そのものがなくなっちゃったんだよね。将軍家どころか、大名なんかどこを探しても一人もいないよ」

 ノートパソコンには、大政奉還から鳥羽伏見の戦い、そして明治維新へつづく歴史の流れが表示されていた。


「信じられん」

 土方がぽつりと、虚脱きょだつしたように言った。

「いや、あたしにいわせれば、あなたたちが新選組ってのが信じられないよ」

「おい、おミューさんよ」

 左之助が口をはさんだ。

 心ここにあらずといった土方を押しのけて、

「おれたちは泣く子も黙る新選組だぜ。偽物あつかいしようってのか」

「いや、そうは言ってないけど」

 そこに山南が顔をあげて割ってはいった。

「ここが未来だということは納得できました。ミューさん、おそらく、あなたから見れば私たちは狂人のように見えるでしょう」


 ミューはあわてて手を振って、

「いやいや、そこまで言ってないけど」

 そこですこし考えこんで、突然、沖田を指さして言った。

「沖田総司!」

 名を当てられた沖田は、めずらしく戸惑って、

「あ、はい。あれ? 私、名前言いましたっけ」

「やっぱりイケメンだったんだね」

「いけめん?」

 不思議そうに小首をかしげる沖田。


 ミューはかまわず、次は左之助を指さした。

芹沢せりざわかも!」

「あいつはもう死んでらあ」

 左之助が失笑してこたえた。おそらく体が大きいことで間違えられたのだろう。

「むー」

 ミューはうなって、隊士たちをじろじろ眺めた。どうやら奔放な性格をしているらしい。

 彼女は山南に目をつけて、言った。

伊東いとう甲子太郎かしたろう!」

「誰だよ」「誰」「誰ですか」「おいしそうな名前ですな」

 隊士たちから、軽い笑い声と一緒に、そんな声があがった。

「ありゃ」

 ミューは山南をさしていた指を、そのままくるくる回して、

「そっか。あなたたちが消えたのって伊東甲子太郎の入隊前だっけ」


「消えた?」

 土方が我にかえったように、ミューに訊ねた。

「おれたちはいったい、歴史のなかでどうなっているんだ?」

「あー、それはねえ……」

 ミューがさらにパソコンを操作しようとしたとき。

 誰かの呼び声が聞こえた。


 見れば、開けたままのテントの出入り口から、さっきの兵士がなにか呼ばわっている。

 ミューはそれに異国語でこたえ、隊士たちにむきなおった。

「行かなきゃ」

「おい、おれたちはどうなったんだ」

「時間があるときにまとめて教えたげる。あなたたちも来るんだよ。ここの駐屯地を仕切ってる中隊長が呼んでる」

「中隊長?」

 ミューはかまわず、ポケットから例の印籠を取りだして、なにか操作してから土方に突きつけた。

「これで言葉、わかるから」


 土方は理解できない、といった体で印籠を受けとった。

 ミューが、異国語を二三言つぶやいた。

 すると印籠から、ぴ、という音がして、

『翻訳機能。すごいでしょう』

 隊士たちが一気にざわめいた。山南は眼鏡の奥の目を丸くして印籠を注視している。


「スマホっていうんだけど、まあいいや、これでみんなの話もわかるから」

 土方は、手に持っている機械を怪訝な目でながめた。

須磨すま? 源氏物語と関係があるのですか」

 国学こくがく好きの隊士が訊いた。

「うん。まったく関係ないから」

 そう言って、ミューは隊士たちをテントから追い出した。



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