「やるじゃねえか」
土方がぽつりと言った。
「見様見真似ですけどね」
山南は前を見ながら、不慣れな手つきでかちゃかちゃと、運転席の機器類を操作した。
ぴゅーっと前方から水が噴き出て、
「ま、いまさら何が起こっても驚かねえよ」
「べつに貴方を驚かせようとしたわけじゃありませんけどね」
山南がさらに操作をつづけていると、ぱっと、前方に強力な灯りが点いた。
「こいつは見やすくていいな」
「でしょう。さあ、そろそろ捕虜の人に道案内をしてもらいましょう」
山南が気楽な調子で言ったそのとき。
「おい!」
平助が、運転席の後ろにある小窓にへばりついて言った。
「灯り消せ! すげえ団体さん!」
山南がすぐに灯りを消した。
ほぼ同時に、銃声が連続して聞こえてきた。車体に命中し、金属質な音がひびいた。
「おい、伏せろ!」
小窓から荷台にむかって土方がさけんだ。
左之助が銃口をむけている先、道路の後方から砂煙の列がこちらにむかってきていた。
連続で撃ってきている。鉄馬車の装甲に銃弾があたりはじめて、ふたたび火花が飛んだ。
「そう簡単に見逃してはくれねえか」
左之助は伏せたまま、迫りくる砂煙にむかって小銃を乱射した。
熱を帯びた薬莢がつぎつぎに排出され、なんの因果か、伏せている平助の襟にすっぽりと入ってしまった。
「あちあちあち!」
平助が転がって、おなじく伏せている近くの捕虜に迷惑そうな顔をされた。
「悪りぃ!」
小銃を撃ちながら、左之助が大声で言った。
「ほかに武器はないのかよ!」
「あったとしてもお前撃てねえだろ!」
左之助と平助が言い争いをはじめたとき。
ぼしゅう、と後方から奇妙な音が聞こえ、なにかがこちらにむかって飛んできた。
爆発物とおぼしきそれは、白い炎を推進力にして一直線に鉄馬車にむかってくる。
「アールピージー!!」
捕虜の一人が、運転席にむけて大声でさけんだ。
「あーるぴぃじぃ!? なんですかそれは!」
山南が振りかえって叫びかえした。
迫りくるそれを見た山南の顔色が変わった。
禍々しい光の尾をひいてむかってくるそれを、山南はぎりぎりまで引きつけてから右に舵を切った。ぐゎらりと車体が
爆発物は鉄馬車の腹をすれすれに飛んでゆき、前方の道路に着弾して炸裂。業火と煙のなかを、鉄馬車が突っ切った。
荷台のなかで、左之助と一緒に転がった小銃を、捕虜の一人が手にとった。
「……なにを」
ひげ面の捕虜は、左之助の言葉になにもこたえず、銃身を荷台後部に置いて照準した。
ぱぱぱんと甲高い銃声が三回連続でひびき、破裂するような命中音がしたかと思うと、敵の鉄馬車が火花を吹いた。
どうやら車輪を狙ったらしい。
速度を落とした敵を追い抜いて、さらに鉄馬車がやってきたが、ひげ面の男は三回の射撃で正確に車輪を射抜いてしまった。制御がきかなくなった敵の鉄馬車どうしがぶつかり、派手な音をたてた。
隊士と捕虜たちを乗せた鉄馬車は、速度を上げて逃げていく。やがて、敵のすがたは闇にのまれて見えなくなった。
「助かったぜ!」
左之助はそう言って、愉快げにひげ面の男の背中をばんばんとたたいた。
ひげ面はすこしだけ口角を上げて、左之助に小銃を突っ返した。その手の人差し指は第一関節から先が無く、先日の戦闘で沖田が鎮圧した兵士だとわかった。
「……悪かったな」
左之助はつぶやくようにそう言って、小銃をもらいうけた。
ひげ面は軽く首をふって、視線をはずした。
空には、いつのまにか雲間から月が出ていた。左之助は弓のように細い月を見ながら、京で見た月とかわらねえなと思い、また、おれたちは何やってんだろうと思った。