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12 闇夜

「やるじゃねえか」

 土方がぽつりと言った。

「見様見真似ですけどね」

 山南は前を見ながら、不慣れな手つきでかちゃかちゃと、運転席の機器類を操作した。

 ぴゅーっと前方から水が噴き出て、硝子がらすにあたり、黒い棒が動いて水を拭きとった。

「ま、いまさら何が起こっても驚かねえよ」

「べつに貴方を驚かせようとしたわけじゃありませんけどね」

 山南がさらに操作をつづけていると、ぱっと、前方に強力な灯りが点いた。

「こいつは見やすくていいな」

「でしょう。さあ、そろそろ捕虜の人に道案内をしてもらいましょう」

 山南が気楽な調子で言ったそのとき。


「おい!」

 平助が、運転席の後ろにある小窓にへばりついて言った。

「灯り消せ! すげえ団体さん!」

 山南がすぐに灯りを消した。

 ほぼ同時に、銃声が連続して聞こえてきた。車体に命中し、金属質な音がひびいた。


「おい、伏せろ!」

 小窓から荷台にむかって土方がさけんだ。

 左之助が銃口をむけている先、道路の後方から砂煙の列がこちらにむかってきていた。

 連続で撃ってきている。鉄馬車の装甲に銃弾があたりはじめて、ふたたび火花が飛んだ。

「そう簡単に見逃してはくれねえか」

 左之助は伏せたまま、迫りくる砂煙にむかって小銃を乱射した。

 熱を帯びた薬莢がつぎつぎに排出され、なんの因果か、伏せている平助の襟にすっぽりと入ってしまった。


「あちあちあち!」

 平助が転がって、おなじく伏せている近くの捕虜に迷惑そうな顔をされた。

「悪りぃ!」

 小銃を撃ちながら、左之助が大声で言った。

「ほかに武器はないのかよ!」

「あったとしてもお前撃てねえだろ!」

 左之助と平助が言い争いをはじめたとき。


 ぼしゅう、と後方から奇妙な音が聞こえ、なにかがこちらにむかって飛んできた。

 爆発物とおぼしきそれは、白い炎を推進力にして一直線に鉄馬車にむかってくる。

「アールピージー!!」

 捕虜の一人が、運転席にむけて大声でさけんだ。

「あーるぴぃじぃ!? なんですかそれは!」

 山南が振りかえって叫びかえした。

 迫りくるそれを見た山南の顔色が変わった。


 禍々しい光の尾をひいてむかってくるそれを、山南はぎりぎりまで引きつけてから右に舵を切った。ぐゎらりと車体がかしぎ、荷台の隊士と捕虜たちが転がった。

 爆発物は鉄馬車の腹をすれすれに飛んでゆき、前方の道路に着弾して炸裂。業火と煙のなかを、鉄馬車が突っ切った。


 荷台のなかで、左之助と一緒に転がった小銃を、捕虜の一人が手にとった。

「……なにを」

 ひげ面の捕虜は、左之助の言葉になにもこたえず、銃身を荷台後部に置いて照準した。

 ぱぱぱんと甲高い銃声が三回連続でひびき、破裂するような命中音がしたかと思うと、敵の鉄馬車が火花を吹いた。

 どうやら車輪を狙ったらしい。

 速度を落とした敵を追い抜いて、さらに鉄馬車がやってきたが、ひげ面の男は三回の射撃で正確に車輪を射抜いてしまった。制御がきかなくなった敵の鉄馬車どうしがぶつかり、派手な音をたてた。


 隊士と捕虜たちを乗せた鉄馬車は、速度を上げて逃げていく。やがて、敵のすがたは闇にのまれて見えなくなった。

「助かったぜ!」

 左之助はそう言って、愉快げにひげ面の男の背中をばんばんとたたいた。

 ひげ面はすこしだけ口角を上げて、左之助に小銃を突っ返した。その手の人差し指は第一関節から先が無く、先日の戦闘で沖田が鎮圧した兵士だとわかった。


「……悪かったな」

 左之助はつぶやくようにそう言って、小銃をもらいうけた。

 ひげ面は軽く首をふって、視線をはずした。

 空には、いつのまにか雲間から月が出ていた。左之助は弓のように細い月を見ながら、京で見た月とかわらねえなと思い、また、おれたちは何やってんだろうと思った。



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