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10 誠の道

「ここに、刀がある」

 夜もふけた新選組居室。

 隊士たちを前にして土方は、鞘ごと和泉守兼定をごとりと置いた。

 いったい何ごとかと、隊士たちは、蝋色ろいろの鞘にくるまれた無骨な刀を注視した。

「刀は敵を斬る道具でもあり、また己を斬る道具でもある」

 みな、座して土方の話を聞いている。


「どうしたんですかトシさん。変なものでも食べたんですか?」

 沖田が茶化すように言った。

 この若者は、鬼の副長を茶化すのは自分の役目だと心得ているようなふしがある。

「総司! 人の話を食うな」

 土方の一喝にも、沖田はひるまず、

「すみません。で、刀がどうしたんですか」


 土方も馬鹿馬鹿しくなったのか、素の口調にもどって、

「つまり、腹さ」

「腹」と沖田がくりかえす。

「どんなときも腹を切る覚悟がなけりゃ、武士とはいえねえ。敵に捕まってべらべらといらんことをしゃべるくれえなら、潔く死ぬべきだ」

 隊士たちの表情に動揺がはしった。

 ひょっとしてこの副長は、京都の治安を護るという新選組の任務が果たせないなら、腹を切ると言うつもりなのではないか――。

 しかし、土方の口から出てきたのは意外な言葉だった。

「――だが、子供はちがう」


 そして土方と平助は、捕らわれている捕虜たちのことを隊士たちに話しはじめた。

「とにかくやばいんだって」

 平助が、おおげさな身ぶり手ぶりで説明した。

「八人の捕虜んなかにガキも混じってて、このままじゃ絶対殺されるぜあいつ」

 隊士たちの表情に、また別の種類の動揺がはしった。


「副長は、その子を助けるおつもりですか?」

 ひとりの隊士の問いに、土方がうなずき、

「うむ。武士は主君のために死ぬべきだが、ガキはちがう。家を手伝ったりガキどうしで遊んだりするのが仕事さ。殺される筋合いは一片もねえよ」

 そう言って土方は、ぐるりと隊士たちを見まわした。

「だが、これは新選組副長としての意見じゃねえ。おれの意見さ。だから無理についてきてくれとは言わん」


 すこしばかりの沈黙のあと、山南が口を開いた。

「副長、いえ土方さんのおっしゃることは正しい。考えてみれば、私たちはかれらがどんな集団と戦争しているか、その善悪も判断せずにここまで来てしまったような気がします」

「へっ」

 だが土方はその意見を鼻で笑い、

「善悪なんざ立場によって変わるもんだ。おれたちは、攘夷金御用とか言って強盗するような不逞浪士を斬ってきたつもりだが、なかには立派なやつもいた」

「たしかに池田屋にいた連中は、肝の据わった人ばかりでしたね」

 沖田が京をなつかしむように言った。


「武士は義によって動くべきだ。だが、筋ちがいのことがあれば正す。それがおれの考える誠の道だ」

 そこでこの男は、いつになく多弁に語ったことを恥じるように、腕をくんで黙った。

 そこから先はお前らが決めろ、とでも言うように。


「あのさあ」

 さっきから黙って話を聞いていた左之助が口を開いた。

「ガキが殺されそうになってるのに、助けねえやつがいるかよ。お前らもそう思うだろ」

 隊士たちは、おう、と気迫のこもった声でこたえた。

 見損なうな、と言わんばかりに士気だけは高かった。



 捕虜たちが捕らえられている牢の鍵は、イーアドの腰にぶらさがっている。

 計画が立案された。

 最近では、イーアドは新選組隊士たちを信頼しきっている。イーアドが一人になったところを捕まえて鍵を奪い、捕虜を解放する。そのあと宿舎の入り口を見張っている兵士をおどして、緑色の鉄馬車を運転させて脱出する。

 子供もろとも捕虜を国へ帰して、一件落着である。


「楽勝だな」

 左之助が既に目標を達成したかのような口調で言った。

「それから後はどうしましょうか」

 山南が訊くと、土方は難しい顔で、

「鉄馬車の乗りかたを教わり、そいつに乗って京に帰る。いざとなれば刀を売ってでも帰ってやるさ」

 と言い切った。計画が現実味を帯びはじめ、日本に帰ることができるという希望に隊士たちは沸きたった。


「副長」

 と、山南が膝を進みよせて訊いた。

「この計画とは関係ありませんが、もし主君から子供を斬れと命じられたなら、武士はどうすればいいのでしょう」

 山南は、論理的でないものを好まない。

 さっきの話のなかで納得できないところがあったのだろう。

「ふん」

 土方は面倒くさそうに、

禅僧ぜんそうみたいな議論は好かねえが、おれなら自分の腹を切る」



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