地獄、としか言い様のない光景がひろがっていた。
ボスとともに宿舎から出た隊士たちは、無残に破壊された街のすがたを見た。
爆発はすでに止んでいるが、石造りの建物は崩れ落ち、そこら中で火の手があがっている。夜空にうかぶ雲が地上の炎にあぶられ、ぬらぬらと臓物のように照り返している。逃げまどう住民たちの悲鳴や
ボスは、てきぱきと異国語で部下に指示を飛ばしている。
兵士たちは住民と協力して消火にあたり、崩壊した建物から瓦礫を取り除く作業にとりかかった。
「……新選組、加勢するぞ!」
土方が号令をかけた。
「よっしゃあ!」
左之助が、
「力仕事ならまかせときな!」
「言葉が通じねえから、誤解のないようにあいつらを手伝え!」
隊士たちは土方の命令どおり、兵士たちの作業を手伝った。
崩壊した建物から瓦礫を取り除き、一カ所に集め、ケガ人を見つけては止血して兵士を呼んだ。兵士は担架をつかってケガ人を宿舎に運んでいった。
隊士たちはたちまち、汗と煤にまみれていった。
かれらは火の粉が飛ぶなかを、ボスや兵士と一緒になって働いた。
「へっ、火消しの血が騒ぐぜ」
平助がそう言って、宿舎から消火道具を持ってきた。兵士たちが消火に使っている鉄製の樽である。
「どこをどうすんだ?」
消火道具をいじっている平助を見かねて、斎藤一がやってきた。
「なにをしている?」
「いやおかしいんだよ。みんなぶしゅーって消してんのにどうやったら……」
ぶしゅー!
と消火道具から白い粉が勢いよく放出され、斎藤の上半身が白く染まった。
「あ……す、すまねえ斎藤さん」
「こらあ!」
土方の拳固が、平助の頭に落ちた。
「巫山戯てんじゃねえぞ! 斎藤も武士なら避けやがれ!」
土方に首根っこをつかまれた平助が、ずるずると引きずられていく。
斎藤は目の周りの粉をぬぐってつぶやいた。
「……解せん」
やがて東の空が明るくなりはじめて、消火活動によって家を焼く炎も弱まり、消えた。
「……いやあ」
隊士のひとりが嘆息した。
「どうしてこんなことに、なってるんですかね」
「ひどいものだ」
土方がうなずいた。
朝焼けが新選組隊士たちのすがたを照らしている。ここの気候は寒暖の差がはげしく、涼しくて心地よい風が吹いている。すこし肌寒いほどである。
救助活動を手伝った新選組は、いまは宿舎の前で見張りをしている。ケガ人の運びこまれた宿舎で外科の治療も手伝おうとしたが、言葉が通じないので追い出されてしまったのだ。
もともと崩壊寸前だった街が、さらに破壊されていた。
どこを見ても瓦礫の山である。兵士たちのいる宿舎も、三階部分が消し飛んでいた。
すこし離れた場所には天幕が張られ、死者が一列に横たわっている。焼くのか埋めるのか、隊士たちは知らない。
「……応仁の乱のころから、人のやることは変わらねえさ」
どこか寂しそうに、土方が言った。
「用心棒の件、引き受けるつもりですか」
山南が訊いた。血でよごれた手を洗いたいらしく、しきりに手をこすっている。
ケガ人の救助が一段落したころ、沖田の働きに感激したボスが、用心棒になってくれと申し出たのだった。
ボスは、イーアドと名乗った。
この国の地方司令官だという。
平助が「
土方は、隊士たちと相談して決めるということを、なんとか身振り手振りで伝えたのだった。
「――そうだな、引き受けてもいいかもな。京に帰るにしたって、路銀もなけりゃ話にならねえだろ」
「土方さん」
左之助が口の端を上げて、
「あいつを奪って帰るってのはどうだ」
左之助の指さした先には、緑色の鉄馬車があった。後部に幌のついた荷台があり、隊士十六人がなんとか乗りこめそうだった。
「やめておけ。見たところ蒸気で走る馬車のようだが、動かしかたがわからねえし、だいいちイーアドに義理が立たん」
「一宿一飯の恩ってか。まったくうちの大将は……」
「何だ」
土方がにらみつける。
「いや、なんでも」
そこに山南が割って入って、
「まあまあ。それにあの鉄馬車の動力は、たぶん蒸気ではありませんよ。なにかとてつもない技術で走っているんだと思います」
「ふむ。あいつが一台あれば巡察もはかどるだろうな」
「またまた」
沖田がおかしそうに笑った。
「あんなのが京にいたらたまりませんよ。まったく風流じゃないんだから」
「馬鹿いえ。不逞浪士どもを一掃するには、あいつを持って帰るくらいの気合いが必要だろう」
そして土方は、しばらく朝焼けを眺めてから、
「一句できた」
と、唐突に言った。
風流じゃない、と言われたことが心に残っていたのかもしれない。
「ああ、聞きたくないなあ」
沖田が楽しそうにまぜっかえす。