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05 轟音

 大小の刀と左之助の槍は、ひとまず覆面たちの一味が預かることになった。

 土方たちは不承不承といった態度であったが、わりと素直に差しだした。

 刀は武士の魂であるという考え方が、当節の武士階級のあいだで広まっていたが、新選組においてそういう意識はひどく薄い。

 当然かもしれない。

 人を、斬っている。

 二、三人も斬れば、刀身に人間の脂肪がまとわりついて、とたんに切れあじが悪くなる。

 真剣どうしで二、三合も打ちあえば、よほどの大業物でないかぎり刃こぼれをおこす。

 新選組にとって刀は消耗品にちかいものだった。


 ――そして夕餉のあと、隊士たちは宿舎の一室をあたえられた。

 扉の外れかけている大部屋であるが、野宿よりはずっと快適だった。

「飯もうめぇし、いいところじゃねえか」

 左之助は、ここの食べ物が気に入った様子だった。

 夕餉ではめったに食べることのない麺麭パンがふるまわれた。西方の地では、かための麺麭を塩気のきいた汁につけて食うらしい。半透明の汁は色とりどりの野菜がたっぷり入っていて、鶏ガラで十分に出汁をとってあった。口に入れると、つんと胡椒の香りが鼻をついて食欲を増進させた。

「うまかったですね」「なんか長崎風だよな」「おめぇ長崎行ったことあるのかよ」「なんかここに住みたいかも」「それは言わないほうがいい」

 隊士たちも、つぎつぎに同意した。


「ふん」

 土方は、おもしろくない。

「京では人手が足りていないだろう。京に戻ることを考えろ」

 ここには、沖田、斎藤、左之助、平助と腕のたつ幹部ばかり連れてきてしまった。京に残された近藤こんどういさみも頭が痛いだろう。

「そうですねえ」

 沖田が、かれらにもらった毛布という夜具にくるまって、のほほんと言った。

「近藤さんは、士道不覚悟だって怒ってるかもしれませんね」

 ――お前らがいちばん士道不覚悟だ。

 苦い表情をした土方は、毛布をひっかぶり寝てしまうことにした。


「……トシさん、もう寝ました?」

 沖田が話しかけてきたが、無視した。



 轟音がとどろき、隊士たちは跳ね起きた。

「何事だっ!」

 土方は毛布を蹴とばし、大声でさけんだ。

 火薬の爆発する音が、連続してとどろいている。

 爆発音に混じって、甲高い銃声も聞こえてくる。


 窓から断続的な赤い光がはいってきて、隊士たちの顔を照らした。みな、討ち入りのときのような真剣な顔つきをしている。

 左之助は歯がみして窓の外をにらんでいる。砲撃とおもわれる爆発が、街のあちこちで起こっていた。


「トシさん、刀です」

 沖田が、静かに言った。

 隊士たちは宿舎の三階の一室をあてがわれていた。

 ボスのいた執務室は二階である。道中、多くの崩壊した建物を見た土方は、二階がいちばん安全なのだろうと推測した。

 そして執務室で刀剣類を連中に預けたので、運が良ければまだそこにあるだろう。


 土方は轟音のなか、外れかけている部屋の扉を押した。

 廊下では異言語で怒声がひびいている。

 どたどたと鉄砲を手にとった兵士たちが走っている。

 土方は手をあげて隊士たちを抑えた。三階にいてもなお、爆炎の光とともに、おおきな地響きが伝わってくる。しばらくして兵士たちの足音が聞こえなくなったとき、号令をかけた。


「つづけ! 刀を取りもどす!」

 土方につづいて、隊士たちがいっせいに廊下に出たとき、出遅れた兵士とはち合わせした。黄土色の服を着て頭に布を巻きつけた兵士は、土方たちを見て驚愕の声をあげた。

 兵士は背負っていた鉄砲を土方たちにむけた。

 異言語でなにかわめいているが、わからない。


「神妙にしろ!」

 土方が、さけんだ。

「一宿一飯の恩義により助太刀いたす!」

 その気迫に押されたのか、またはなんとなく意味が伝わったのか、兵士は壁ぎわに飛びさがって道をあけた。


 階段を降り、執務室をめざす。

 ぴしり、と前方の窓硝子に穴があいた。

 流れ弾である。

「身を伏せろ!」

 連続する爆炎に横顔を照らされた隊士たちが、身をかがめて疾走する。隊士十六名のほとんどが、実戦を経験している。ひるむことなく走り抜けた。


 執務室が見えた。扉は開けっぱなしである。

 隊士たちがなだれ込むと、そこにはボスと二名の兵士がいて、鉄砲をかまえていた。兵士の一人は、隊士たちと印籠でやりとりしていた長髪の男だった。

「御用改めだ!」

 左之助が、調子に乗った。

「馬鹿野郎」

 土方が左之助をにらみつけた。

 ボスと兵士は、この珍妙な東洋人の登場にとまどっている様子だった。


「ぼすとやら」

 土方が噛んでふくめるように言った。

「言葉はわからんだろうが、義によって助太刀いたす」

 ボスが目でうなずいた。

 言葉の意味はわからなくても、土方の態度で、意図するところは通じたのかもしれない。


「めっけ」

 と、平助が指さした先。

 部屋のすみの樽型の容器に、刀槍類が無造作につっこまれている。

「傘じゃねえぞこら」

 左之助が槍を引き抜き、ほかの隊士たちにも刀をぽんぽんと投げてやる。

 沖田が愛用している加洲清光かしゅうきよみつを見つけ、手わたしてやった。


「すみません、左之助さん」

「へっ」

 左之助が笑う。

 沖田が刀を抜くとどうなるか――。

 槍術、剣術、柔術などあらゆる武芸に秀でた左之助には、それがいちばんよくわかっていたからこそ、笑ったのかもしれない。

 沖田が、刀をすらりと抜いた。

 二尺四寸。桜の花びらほどもある尖った刃紋が美しい刀だった。不逞浪士との戦闘中に刃こぼれをおこし、研ぎに出して帰ってきたばかりの名刀加洲清光である。

 隊士たちも各々の刀で武装した。抜刀して構える者、大小を腰に差して鯉口を切る者など、さまざまに戦闘態勢をとった。


「みな、この仁を護るぞ」

 土方が号令すると、応、と声が上がった。

 だがボスと兵士二人は、そんな新選組隊士を横目で見て、なにごとか言い合った。

 ――刀剣でなにができるものか。

 あきれたような声から察するに、そのような意味のことを言ったのだろう。


 しばらくすると、きこえてくる銃声に、こもったような破裂音が混じるようになった。

 室内で、発砲している。

 誰かの怒号と悲鳴が聞こえてくる。

 ボスと二人の兵士は、机に身を隠すようにしながら鉄砲を開けっぱなしの扉にむけた。

 隊士たちは二手にわかれて両翼をかためた。

 足音がちかづいてくる。


「へっ、来やがるぜ」

 左之助が、槍の柄をしごきながら舌なめずりをした。

 開けっぱなしの扉から、敵の手が見えた。

 かと思うと、ごろりと、部屋のなかに何かが転がってきた。

 丸みを帯びた暗緑色の物体である。

 長髪の兵士が、それを見るなり机から飛び出し、鬼気迫る表情で、そいつに滑りこむように覆いかぶさった。


 ――刹那せつな、強烈な轟音と衝撃が、部屋にいる全員を吹きとばした。


 暗い室内で、灰神楽はいかぐらが立ったような、もうもうとした煙と粉塵が部屋中に満ちている。

 兵士のからだは爆散して、四方に散っている。

 おそらくは、焼玉のような爆発物を投げこまれたのだろう。紙の貼り子のなかに焔硝をつめた焼玉には、隊士たちも何度か遭遇したことがある。それでも、これほどすさまじい爆発は見たことがなかった。

 兵士の一人が、身を賭して護ってくれなければどうなっていたか――。

 もちろん、かれはボスを護ったのだろうが、命を助けられたことに変わりはない。

 耳鳴りのするなか、起き上がった隊士たちは、かれの四散したからだを見つめた。


 沖田が動いた。

 敵の銃口が見えたのだ。

 飛びこみざまに発砲しようとした敵兵士の鉄砲に、刃をあわせる。そのまますり上げるようにして銃口をずらした。


 甲高い発砲音がひびく。

 がら空きになった、というより、もとから空いていた頭に強烈な面を見舞った。

 脳天から両断されるかにみえた敵の兵士は、しかし昏倒してその場にくずおれた。

 峰打ちだった。

 沖田総司はその生涯において数えきれないほどの人を斬ってきたが、さすがに京都からとおく離れた地で人を斬る気にはならなかったのかもしれない。


「分隊、つづけ!」

 土方が号令した。

 左翼をかためていた土方の分隊が、沖田とともに廊下へ飛び出した。


 廊下には敵らしき兵士が壁に身を寄せてあつまっていた。五名全員が、黄土色の服を着て鉄砲を構えている。いかにも戦い慣れた兵士といった風貌だったが、その目は驚きに見開かれている。

 かれらの視線の先。

 窓から入ってくる爆炎の光が、稲妻のように明滅しながら沖田たちの姿を照らしている。

 見慣れない和装に抜き身の刀をかまえた新選組のすがたは、さながら悪鬼のように、敵の兵士たちの目にうつったのかもしれない。

 刀をやや右にかしげて構える沖田の、その動作のすみずみに、猛獣が獲物を捕らえるときのような凄みがあった。


 われにかえったかのように、兵士たちが銃口をむけた。

 沖田が踏みこんだ。

 と同時に、宙に人差し指が舞っている。

 俗に親指切りとよばれる剣術の技がある。沖田はそれを、鉄砲の引き鉄をひく人差し指に使ったらしい。

 三本、舞った。


 血しぶきのなかを、さらに踏みこんだ。

 恐慌をきたした二人の兵士が両側から鉄砲をむける。沖田は体を沈みこませると、左の兵士の胴を逆袈裟ぎゃくげさに打ち、太刀筋を返して右の兵士の首を打った。

 いずれも峰打ち。

 左は吹っ飛んで血反吐を吐き、右は白目をむいてくずおれた。

 沖田は気迫をみなぎらせながらゆっくりと刀を下げ、一呼吸置いた後、一歩下がって肩の力を抜いた。


 背後では、土方たち七名の隊士が、兵士たちを取り押さえて止血をほどこしている。

「……鬼神きしんか」

 平助がぽつりと言った。

「いやだなあ平助さん」

 くるりとむき直った沖田は、いつもの微笑にもどっている。

「鬼でもなんでもありませんよ」


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