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03 黒い覆面との遭遇

 土方の大喝だいかつで、覆面すがたの三人はひるんだ様子をみせた。

 三人とも、妙に間延びした異言語で話しあっている。話の内容はわからない。

 その黒い覆面から忍びの者かと思われたが、ちかづいてみると、忍者ではないことは誰の目にも明らかになった。

 見たことのない鉄砲をもっている。三人とも背が高く、隊内随一の大兵だいひょうである原田左之助に匹敵する。おまけに、目のまわりの彫りがふかく瞳の色がうすかった。

 ――夷人。


「……てめぇら!」

 原田左之助が、和紙でつくられた槍の鞘をいきおいよく取った。

「天子様のおわす王城の地に、なにしにきやがった!」

 ぎらりと、構えた槍の穂がにぶい光をはなった。


 覆面たちは動揺し、銃口を左之助にむけた。

 轟音。

 火縄よりもひときわ甲高い銃声が、ひびきわたった。

 覆面のひとりが、空にむけて発砲したのだ。

「神妙にしろ!」

 左之助が、狙いをさだめるように槍の穂先をゆっくりと下げた。

 双方に、敵意あらわな緊張がはしる。


「やめろ」

 土方が右手で左之助を制した。

 空色の羽織の袖がゆれた。

「そもそもここは京じゃねえだろ」

 土方は、威嚇されてだまっている性格ではない。覆面たちの持つ奇妙な銃に、えたいの知れない不気味さを感じたのかもしれない。

「だけどよ、土方さん……」

 左之助が納得いかないとでも言いたげに、しぶしぶ槍の穂を上げた。


 覆面の三人は新選組を見すえたまま、異言語で話しあっている。

 サムライ、という単語が覆面のひとりから発せられた。

「なんだ」

 ひょいと、沖田が進み出た。

「わかってるじゃないですか」

 かるい口調で言う。染みいるような微笑が、双方の緊張をやわらげた。


「おい総司」

 土方の呼びとめに総司は、

「土方さん。この人たち、私たちが侍だってわかってるみたいですよ。まあ歴とした主持ちではないですがね」

 新選組と覆面たちのあいだできょろきょろしながら言った。

 気が削がれたのか、覆面たちも銃口を上げて、沖田に異言語で話しかけた。

 しかし、わからない。

 沖田は微笑をうかべたまま小首をかしげた。

 覆面のひとりが胸を押さえた。

 なにやら、沖田のしぐさに心動かされたらしい。

 その覆面は鉄砲を肩にかけると、懐から薄っぺらい印籠いんろうのようなものを取りだして、指で表面をなぞりはじめた。


「なんだあいつは……」と土方。

「さあ」と沖田。

 覆面がおそるおそる、印籠を沖田に見せた。

 そこには、薄い文字でひらがな混じりの文章が書いてあった。

『あなたは日本人ですか?』

 ひどく読みにくい。文字は妙に角ばっているし、なによりも文章が左から右にむかって書かれているため、いっそうわかりにくい。


「日本人……?」

 沖田はそうつぶやいた。

 攘夷浪士たちのあいだで流行している言葉である。昔からあった言葉らしいが、黒船来港いらい、日本に住む民を総称して日本人と呼ぶことがふえてきている。

「まあ日本人といえばそうなりますかね」

 沖田がうなずいてやると、覆面のひとりは喜んだそぶりをみせた。


「おれにも見せろよ」

 藤堂平助が横からしゃしゃり出てきた。

「うわ、これすっげーな! 文字が動いてやがる」

 平助は印籠を指でなぞって興奮している。

 ひどく薄っぺらい印籠は、どうやらなにかの機械であるらしかった。つるつるした表面に文字が書かれている。そのなかに、翻訳、という言葉があった。


 土方は苦々しい表情で、覆面たちに問いかけた。

「お前さんがたは夷人か。藩の庇護をうけているなら、藩名を言いたまえ」

 そう言われて覆面のひとりは平助から印籠をとりかえし、ひとしきりいじってから、土方にそれを見せた。

『ここでなにをしていますか?』


 ――こっちが訊きたかった。

 土方はさらに苦みばしった顔で、きょろきょろと辺りを見まわす仕草をした。

 どうやら道に迷っている、と伝えたいらしい。

「ふふ。トシさんが歌舞伎役者をなさっている」

 拳固げんこが飛んだ。

「おお、痛い」

 小突いた程度だったが、沖田はおおげさに痛がってみせた。

 その様子を見ていた覆面たちの目もとがやわらいだ。どうやら敵ではないと判断したらしい。左之助の槍に警戒しつつ、全員が鉄砲を肩にかけた。

 覆面たちはしばらく異言語で話しあったあと、

『ついてきてください』

 という文章を見せてきた。


 土方は閉口した。

 しかし、もとより攘夷うんぬんというよりは、将軍家への忠誠で動いているような男である。京へ帰れるなら細かいことはいわないほうがよいと思ったのか、結局その申し出を承諾した。

「土方さん、そいつら信用できんのかよ」

 かつぐように槍を持った左之助が訊いた。

「ふん、敵だとわかれば斬るまでだ」

 土方は吐きすてるように言った。


 新選組の十六人は、うながされるまま覆面たちのあとについていった。

 隊士たちの了承もとらずに独断したが、めずらしいことではない。屯所ならいざ知らず、巡察中にかしらが右往左往して周りに意見をもとめていては、京の治安を護ることなどできなかった。

 岩と砂ばかりの荒れ地を、さらにあるいてゆく。

「副長」

 山南が土方の脇にちかづき、助言した。

「かれらはおそらく新式銃で武装しています。火縄やゲベールとちがい、なんと連続して撃つことができるようです。抜刀の際はご注意を」


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