土方の
三人とも、妙に間延びした異言語で話しあっている。話の内容はわからない。
その黒い覆面から忍びの者かと思われたが、ちかづいてみると、忍者ではないことは誰の目にも明らかになった。
見たことのない鉄砲をもっている。三人とも背が高く、隊内随一の
――夷人。
「……てめぇら!」
原田左之助が、和紙でつくられた槍の鞘をいきおいよく取った。
「天子様のおわす王城の地に、なにしにきやがった!」
ぎらりと、構えた槍の穂がにぶい光をはなった。
覆面たちは動揺し、銃口を左之助にむけた。
轟音。
火縄よりもひときわ甲高い銃声が、ひびきわたった。
覆面のひとりが、空にむけて発砲したのだ。
「神妙にしろ!」
左之助が、狙いをさだめるように槍の穂先をゆっくりと下げた。
双方に、敵意あらわな緊張がはしる。
「やめろ」
土方が右手で左之助を制した。
空色の羽織の袖がゆれた。
「そもそもここは京じゃねえだろ」
土方は、威嚇されてだまっている性格ではない。覆面たちの持つ奇妙な銃に、えたいの知れない不気味さを感じたのかもしれない。
「だけどよ、土方さん……」
左之助が納得いかないとでも言いたげに、しぶしぶ槍の穂を上げた。
覆面の三人は新選組を見すえたまま、異言語で話しあっている。
サムライ、という単語が覆面のひとりから発せられた。
「なんだ」
ひょいと、沖田が進み出た。
「わかってるじゃないですか」
かるい口調で言う。染みいるような微笑が、双方の緊張をやわらげた。
「おい総司」
土方の呼びとめに総司は、
「土方さん。この人たち、私たちが侍だってわかってるみたいですよ。まあ歴とした主持ちではないですがね」
新選組と覆面たちのあいだできょろきょろしながら言った。
気が削がれたのか、覆面たちも銃口を上げて、沖田に異言語で話しかけた。
しかし、わからない。
沖田は微笑をうかべたまま小首をかしげた。
覆面のひとりが胸を押さえた。
なにやら、沖田のしぐさに心動かされたらしい。
その覆面は鉄砲を肩にかけると、懐から薄っぺらい
「なんだあいつは……」と土方。
「さあ」と沖田。
覆面がおそるおそる、印籠を沖田に見せた。
そこには、薄い文字でひらがな混じりの文章が書いてあった。
『あなたは日本人ですか?』
ひどく読みにくい。文字は妙に角ばっているし、なによりも文章が左から右にむかって書かれているため、いっそうわかりにくい。
「日本人……?」
沖田はそうつぶやいた。
攘夷浪士たちのあいだで流行している言葉である。昔からあった言葉らしいが、黒船来港いらい、日本に住む民を総称して日本人と呼ぶことがふえてきている。
「まあ日本人といえばそうなりますかね」
沖田がうなずいてやると、覆面のひとりは喜んだそぶりをみせた。
「おれにも見せろよ」
藤堂平助が横からしゃしゃり出てきた。
「うわ、これすっげーな! 文字が動いてやがる」
平助は印籠を指でなぞって興奮している。
ひどく薄っぺらい印籠は、どうやらなにかの機械であるらしかった。つるつるした表面に文字が書かれている。そのなかに、翻訳、という言葉があった。
土方は苦々しい表情で、覆面たちに問いかけた。
「お前さんがたは夷人か。藩の庇護をうけているなら、藩名を言いたまえ」
そう言われて覆面のひとりは平助から印籠をとりかえし、ひとしきりいじってから、土方にそれを見せた。
『ここでなにをしていますか?』
――こっちが訊きたかった。
土方はさらに苦みばしった顔で、きょろきょろと辺りを見まわす仕草をした。
どうやら道に迷っている、と伝えたいらしい。
「ふふ。トシさんが歌舞伎役者をなさっている」
「おお、痛い」
小突いた程度だったが、沖田はおおげさに痛がってみせた。
その様子を見ていた覆面たちの目もとがやわらいだ。どうやら敵ではないと判断したらしい。左之助の槍に警戒しつつ、全員が鉄砲を肩にかけた。
覆面たちはしばらく異言語で話しあったあと、
『ついてきてください』
という文章を見せてきた。
土方は閉口した。
しかし、もとより攘夷うんぬんというよりは、将軍家への忠誠で動いているような男である。京へ帰れるなら細かいことはいわないほうがよいと思ったのか、結局その申し出を承諾した。
「土方さん、そいつら信用できんのかよ」
かつぐように槍を持った左之助が訊いた。
「ふん、敵だとわかれば斬るまでだ」
土方は吐きすてるように言った。
新選組の十六人は、うながされるまま覆面たちのあとについていった。
隊士たちの了承もとらずに独断したが、めずらしいことではない。屯所ならいざ知らず、巡察中に
岩と砂ばかりの荒れ地を、さらにあるいてゆく。
「副長」
山南が土方の脇にちかづき、助言した。
「かれらはおそらく新式銃で武装しています。火縄やゲベールとちがい、なんと連続して撃つことができるようです。抜刀の際はご注意を」