その日、市中にはめずらしく
町人たちが雨に濡れまいと小走りに行き交う五条通りを、威風堂々たる集団があるいてくる。空色のだんだら羽織が、濡れてなおあざやかに古都の街なみに映えている。
京都守護職御預、新選組――。
土方は口を真一文字にむすんで、
沖田は土方の顔を見て、またぞろ下手な俳句でもひねっているんじゃないかと思っている。晴天の雨は古来より天の思し召しであるとして、漢詩などで詠まれてきた題材である。
そのあとには、
そうそうたる面々である。
無理もない。
元治元年七月。このころ、攘夷浪士たちのあいだで挙兵論が沸きたっている。長州藩が挙兵するだろうという予測は、ほぼ確実視されている。
王城守護を任務とする新選組は、休むひまもなく市中の警護にあたっている。新選組の主だった剣客を引き連れた市中巡察は、京都に住むひとびとに幕府の権威をしめすという目的もあった。
雨が、あがった。
五条大橋に虹がかかっている。
「見事な虹だなあ」
沖田は、すこし少年っぽさがのこる声で感嘆した。
「ふん」
土方はおもしろくもなさそうに、
「総司よ、そばには
「またまた。トシさんこそ一句ひねってるんじゃないですか」
「馬鹿いうな」
空色の羽織を着た集団が、虹のかかった橋をわたってゆく。
そのとき、七色の光が新選組をつつんだ。
ふわり、と隊士たちの体が浮いた。いかなる力が働いたものか、隊士たちは天地がさかさまになるような感覚をおぼえた。
誰かのさけび声が聞こえる。平衡感覚がうしなわれて、意識がなくなってゆく。
隊士たちの意識が途絶える寸前、異国の言葉が聞こえた。
聞いたこともない言語だったが、隊士たちはなぜかその言葉が、「戦え」という意味であると理解できた。
そして、じりじりと肌を刺す日差しに目をさました。
新選組の面々が気づいたとき、かれらはどことも知れない荒れ地にほうりだされていた。
――蒼天の空のした、見わたすかぎり岩と砂地がつづいている。
まれに背のひくい立木が生えているだけの、一面の荒野だった。
十名の隊士たちは騒然としたが、修羅場をくぐってきた新選組幹部たちはさすがに落ちついていた。
「毒を、呑まされたのでしょう」
隊内きっての頭脳派、山南敬助が言った。
そう考えれば合点がいく。巡察中は飲み食いしていないから、
「さっすが山南さん。眼鏡をかけてるだけのことはあるぜ」
と、年少幹部の藤堂平助が、的はずれな感想を言った。
「しかし」
土方は腕ぐみをして、隊士たちを落ち着かせるような口調で、
「おれたちは京に帰らにゃならん。隊務があるし、みな心配しているだろう」
ここはどこか、という議論がはじまった。
真夏のような日差しであることから、ずっと南方の地であると山南は主張した。異国の地かもしれないとまで言ったが、みなに一笑に付された。
「聞いたことがある」
土方があごに手をあてて、
「鳥取藩のおさめる
「それだ!」
槍術つかいの原田左之助が、憤慨したように槍で地面をたたく。
「鳥取藩のやろうは長州びいきだぜ。そうにちげえねえ」
十人の隊士たちからも、その説に賛同する声があがった。
「なんと卑怯な」「長州のやつら武士じゃねえんだ」「それにしても暑いですな」「羽織を日よけにすっか」「やめたほうがいいと思うぜ」
普段から無口な斎藤一は、ただこくりとうなずいた。
沖田はひとり、足もとの石など蹴っている。
「おい総司、お前はどう思うんだよ」
土方が訊いた。しかし沖田は飄々とした声で、
「私は論じあうのは好きませんからね。尊皇佐幕の議論には飽きちゃった」
「そういう話でもねえと思うが」
喧々諤々《けんけんがくがく》とした議論の結果、新選組の十六人は、因幡国の砂地に連れてこられたのだろうという線で決着がついた。
ならば、東である。
京へ帰る。
毒を呑ませた犯人の思惑はわからないが、殺すつもりならばとっくにやられているだろうと推測し、
行軍である。
しかし、暑い。先だっての日和雨で濡れそぼった羽織が、またたく間にかわいていった。
「ぜってぇ初夏の日差しじゃないよなあ」
羽織の袖を天にかざして、藤堂平助が愚痴を言った。
湿気がすくなく、からりとした天候なのでそれほど不快ではないが、真夏のような日差しが首や腕の肌を焼いている。
「おかしいですね」
山南が誰にともなく言った。
「因幡国の砂丘は、こんな岩地ではないはずなのですが」
「別の場所なんじゃねえか?」
藤堂平助がだるそうな声でこたえた。平助は身の丈四尺二寸ほどの小兵なので歩幅がせまく、足をちょこまかと動かさなくてはならない。
「そうかもしれません。たとえば異国とか」
「腹の減りぐあいからして、異国に連れられるほど時間は経ってねえよ」
山南はくすりと笑い、
「平助の腹時計は正確ですからね」
「応よ」
行軍で隊士たちも疲労の色が濃くなってきた。
そのなかで沖田だけが、汗ひとつかかずに平気の平左であるいている。先頭をゆく土方にちょっかいをかけては、叱られて嬉しそうにしている。
「あいつは化け物かよ……」
肺を病んでいるといううわさが隊内で立っていたが、そんなそぶりは一切みせなかった。
さらに進んだとき、土方が隊のあゆみを止めた。
前方の丘に、黒い覆面すがたの人間があらわれた――。