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新選組イスラム血風録
msk
歴史・時代日本歴史
2024年09月23日
公開日
91,981文字
完結
※本作品はすべてフィクションです。
※作中にカリフ国という架空の団体名が登場しますが、イスラム法学者の先生が提唱するような本来的なカリフ国家建設について否定・批難する意図は全くありません。

01 プロローグ

 空色のだんだら羽織が、砂塵にまみれていた。



「トシさん、その鉢金はちがね熱くないですか?」

 砂漠を行軍する奇妙な集団のなかの、目鼻だちの整った青年が、前をゆく背中にむかって訊いた。

「だまってあるけ」

 振りかえりもせず、トシとよばれた男がこたえた。

 無骨でぶっきらぼうなもの言いが、まるで背中の「誠」の一文字がしゃべっているように思えて、青年はからかうようにつづける。

「だってお天道様の熱をふくんで、半端もなく熱いですよこれ。隊士はほとんど脱いでますって」


 トシとよばれた男は、青年の無駄口を黙殺した。

 たしかに熱い。

 はちまきに鉄を縫いつけた鉢金は、京都では考えられないほどのきびしい直射日光をあびて、耐えがたいほどの熱をもっている。

 だが鉢金はカブトの一種であり、市中巡察のさなかにはずすなど、かれにとってはありえないことなのだろう。


 しかし、と青年は思う。

 ――しかし、自分たちはどこまで巡察にきてしまったのだろう。

 ずっと砂地をあるいていた。わらじは砂まみれで、羽織や袴も砂ぼこりにさらされてくすんでいる。

 砂と岩ばかりの荒れ地は勾配がきつくて見とおしが悪い。この先になにがあるのか見当もつかない不安は、隊士たちの疲れを倍増させていった。

 先頭をゆくトシと呼ばれた男は、半刻はんときほどまえから、ややゆっくりとした速度であるいている。それは疲れている隊士たちや、肺を病んでいる青年への気づかいであることは明らかだった。

 あいかわらず仏頂面で、無駄口ひとつきかないけれど。

 青年は武州多摩で剣術修行をしていたころから、このひとのこういう優しさが、やがて命とりになるんじゃないかと危惧している。


「とまれ」

 トシと呼ばれた男が命じた。

 小高くなっている前方の丘に、人影が見えた。

 陽光のもと、ゆらゆらとかげろうのように揺れている人影は、どうやら三名の忍びの者であるらしかった。黒い覆面をかぶり、異国語のような符丁を声高にさけんでいる。

 総勢十六名の隊士たちが、いつでも抜刀できるよう腰を沈めた。


 覆面たちが砂地を降りてくる。かれらは鉄砲のようなものを隊士たちにむけていた。あいかわらず、言葉はわからない。

 しかし鉄砲を隊士にむけたとなれば、京都では斬り捨てされても文句は言えない。

 トシと呼ばれた男が、一歩進みでて、眼光鋭くにらみつけた。

「――新選組副長!! 土方ひじかた歳三としぞうと知ってのことか!!」



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