第45話☆エピローグ
二年後。
巧は現実世界で医大に入学して教養課程にいた。
「やがて君たちは専門分野に分かれて、それぞれの道を行く。それぞれの志す医師となりて社会に貢献してくれたまえ」
講義中、教授がそう言った。
「松永君。君は何の専門課程に進むつもり?」
「僕?内科と精神科かな」
「へえ」
「身近な人の手助けがしたいんだ。高校の時の同級生の娘とか、友達のお父さんとか」
「ビジョンは見えているんだね」
「まあ、そうかもね」
いいことばかりじゃない今、未来。空回りしても僕は行くだろう。決めたんだ。
由美子はジュエリーデザイナーの勉強をしているし、テツは薬学部に進学して、いずれどこかの病院で巧が医師として働いたら同じ職場で薬剤師になるって言っている。
それにしても、おりねちゃん。連絡先を教えてくれない。もうだいぶ時が経ってしまった。
ほんの一、二年でさえ貴重な時間なのに。
20年の年の差を気にしているんだろうか?
ふっと、仮想世界のことが頭をよぎった。
おりねちゃんはきっとあそこにいる。そんな確信。
今夜、行ってみよう。
仮想世界へダイブするのはかなり久しぶりだった。
「わーなつかしい。高校の時の制服だ」
両手を光にかざしてみて、若い肌を感じた。アバターの保存状態がいいらしい。
もう、あのころへはもどれないかと思っていた。しかし、仮想世界の魔法で、時を巻き戻せている気がした。
森の中の湖のほとりを散策する。ここではいろんなことがあった。
湖面はきらきらと光を反射している。
「だーれだ」
後ろから目隠しされた。
「おりねちゃん!」
「あたりー」
セーラー服姿の織音がそこに当たり前のように立っていた。
「ひどいよ連絡取れなくしてさ」
「おばちゃんに何の用?」
「やっぱり、年のこと気にしてたんだ」
「当たり前でしょ」
そう言われると、ぐっとなった。
「一緒にギルドに婚姻届け出しにいこうよ」ひるまず、巧はそう言った。
「なんで?」
「結婚しよう」
「んー。考えさせて」
「おりねちゃーん」
木陰に織音は座った。
「あ!また、前みたいに膝枕してよ」
「えー」
「ダメ?」
「……いいよ」
「やったー」
巧は織音の顔を見上げて、両手で織音の頬を包んだ。
「あったかい手をしてるのね」
織音はなんともいえない表情で巧の顔を見下ろした。
「あれから、おりねちゃんの夢はかなったの?」
「今」
「?」
「今この瞬間、私の夢がかなっているわ」
「おりねちゃん……」
「さあ、ちょっとお眠りなさいな。また現実世界で頑張りすぎて疲れているでしょ?」
「なんでもお見通しなんだね?」
「ええ」
「おりねちゃん。大好きだよ」
「私も大好きよ」
「おりねちゃん……」
巧は不覚にも眠りに落ちた。
幸せそうな寝顔を、織音はじっとみつめた。落ち葉が巧の髪にからまったのでそっと取り除く。
「ずっと、このまま時が止まればいいのに」
織音はそうつぶやいた。
そよ風がいつかのように二人を包み込んだ。
「巧君と結婚してあげてもいいかな?」
織音はくすっと笑った。
ずっと、ずっとこの幸せが続きますように。