第44話☆湖の底
四人はダンジョン攻略の際の装備を解いていた。
「テツと由美子は上で待っていて」と巧が言うと、
「ああ。気を付けろよ、巧」とテツ。
ディックと織音と巧は湖に入った。
湖の水は水ではない、なにかでできていて、息ができた。
「私、前にここに落ちたことがある」
織音がふるえながら言った。
「ここにアバターの半身が置かれてるんだね?」
「はい」
ディックの問いに巧は応えた。
「私の半身?」
人ならぬ人が大勢わらわらと集まってきた。
「私はディック。国の統括本部から来た。イーサンは20年鏡の間に軟禁することになった。
ざわざわ。
「吉川織音さんのアバターを返してほしい。この仮想世界の大元に彼女のデータを利用してきたことはわかっているが、一度彼女を現実世界に帰す時が来たとおもってくれたまえ」
「彼女はまたここへ戻ってきますか?」
「必ずもどります」と織音が懸命に言った。
「ならば」
人ならぬ人たちは、織音の半身を運んで来た。
織音は吸い寄せられるようにアバターと結合した。
「おりねちゃん?大丈夫」
「ええ」
いままでどこか、はかなげな印象のあった織音。輪郭がくっきりとなり、巧たちと同じ仕様になった。
「現実世界で病院を退院しなくちゃ。お母さんたちにすごい迷惑かけちゃったし」
「そうだね。それがいいよ」と巧。
「その前に、今K県の仮想世界にいる人たちに今織音が思っている言葉を伝えよう」
ディックが湖底のステージに織音を連れて行った。
「さあ、みんなに言いたいことを話して」
ステージには無数の伝達用魔法がかけられていた。
「みなさん。宝探しはそろそろタイムリミットが近づいてきました。形あるもの、形ないもの、家族や友人、夢。あなたの宝物は無事にみつかったでしょうか?私は私の願い(マイデザイア)がなにかみつけることができました。この仮想世界の願い(ワールド・デザイア)も、もうすぐかないます。ディック、きて」
ディックが同じステージに立った。
「彼は国の統括している各県の仮想世界の代表です。彼がここへ来たからには、この県の仮想世界も他の仮想世界と連動してより大きく、素晴らしい世界になることが約束されたも同然なのです。もちろん、いままでの良い部分も残してもらえると思います」
ディックは大きくうなずいた。
「私はこの仮想世界が大好きです。そしてそれは、自分自身が大好きだということにつながります。成長してゆく過程で、出会ったたくさんのもの。私はこの世界に生まれてこれて良かった。現実世界と仮想世界の融合するところに可能性がたくさんつまっています。これまでも、これからも。私はこの世界に生まれてこの世界で生きてゆく。それは確かに絶望などの負の感情も含んではいたけれど、今は幸せな気持ちでいっぱいです」
織音の視線が巧の視線とかち合った。
「私は一人で生まれて一人で死んでゆくのだと思っていた。けれど、たくさんの出会いの中で、確かに私を理解して愛してくれる人もいることを知った。これは大きな収穫です」
織音は微笑んだ。
「私は20年ぶりに現実世界に戻ります。それと同時に、この仮想世界の基礎は解き放たれるでしょう。私はまたここへ絶対戻ってきます。でも、その時、この仮想世界はより一層大きく成長していることと思います」
「宝探しの行事はいったん、終わりになります。でも、みんな、忘れないで。人生は宝探しの延長だということを」
どこかから拍手が聞こえてきた。だんだん大きな音になり、しばらく続いた。
「さあ、織音。ログアウトだ」
「おりねちゃん!忘れないで。僕は君が君である限り大好きだってことを」
巧が心の底から叫んだ。
「巧君!私、必ずあなたとまた会うわ」
そして、織音はログアウトした。
「僕もやらなくちゃならないことがある。それをやったら、きっと迎えに行こう」
巧は固く誓った。
湖から上がると、テツと由美子が待っていた。
「リーダー、さすがだよね」と由美子が言った。
「もちろん」巧が胸を張って言った。
「ここから始まるんだね」とテツが言った。