第43話☆鏡のダンジョン
「いよいよ上級者向けダンジョンだ」
四人は決意に満ちた表情でダンジョンの入り口に立った。
「ひゃ」
ダンジョンに入るや否や、人影に、由美子が思わず声を上げた。
「なんだ、鏡か」
自分の姿にギョッとしたのだ。
合わせ鏡のところでは、何重にも自分たちの姿が映し出された。
「これじゃ、モンスターが現れても、気付くのに遅れそうだ」
テツがひやひやしながら言った。
キイン。
ガラスの反響のような音がした。
「みんな!敵だ」
四方を取り囲む鏡に、いつぞや倒したはずの頭部が真っ二つに割れて口になった男が映っている。
「くるぞ」
四人は背中合わせにくっついて、鏡の中から出てくる男と対峙した。
「きりがない。どれだけ出てくるんだよ!」
「きっと、どれかが本物で、そいつを倒さなきゃ終わらないんだ」
「んなわけないだろ!」
巧は、男が鏡から出てくる寸前のところへ切り込み、鏡をバリン、と割った。
がしゃあああああん。
合わせ鏡が一斉に粉々に砕けた。
「助かったあ」
由美子が息をはいた。
確か、今のモンスターは、イーサンが取り込んでいたはずだ。巧は嫌な予感がした。
「おりねちゃん、イーサンが取り込んだモンスター、他にいなかったっけ?」
「どうして?」織音はきょとんとして聞いた。
「サキュバスを取り込んでたよ」
由美子が言った。
「じゃあ、この先で出てくるかも」
「ちょっと待って!それじゃ、今のもこの先もイーサンが仕向けているみたいじゃない」
「そうだよ」
「そんな」
「おりねちゃんは、どうしてイーサンを信用してるの?」
「どうしてって……」
織音は自分でも理由がわからなかった。
次の間にテーブルとスツールが置かれていた。
「なにするの、巧君?」
巧は勇者の剣をテーブルの上に乗せて、ダガーを抜くと、青い飾り石をめった刺しにし始めた。
「やめて!イーサンが死んじゃう」織音が叫んだ。
「おりねちゃん。君の中でイーサンは若い時の筒井先生の姿をしてるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「イーサンは擬態してるんだよ。本当の姿はきっと違う」
「たーくーみーぃ」
イーサンが姿を現した。もう、青い石は粉々になって、イーサンは戻れなくなった。
イーサンは悪鬼のような姿だった。
巧は、まともに戦って勝てる気がしなかった。
どうする?じりじりと間合いが詰まって行く。
イーサンの放った光線を、巧が間一髪剣で受け流した。この剣があって本当に良かったと巧は思った。
「そこまで」
凛とした声がして、一人の青年が現れた。
「誰?」
「国の統括本部から派遣されたN県の仮想世界の意志です。名はディックという」
「ええっ?」
「イーサンと話をしに来たんだが、お取込み中かな?」
「こいつは、おりねちゃんを20年だまして仮想世界に軟禁してたんだ」と、巧。
「ええい、余計なことを」とイーサンが腹立たし気に言った。そして、
「ディック!良く来てくれた。世界の意志について語り合おう」と、イーサンは熱っぽく言った。
「巧君。さっきの話は本当かい?」とディックは巧の方を見て言った。
「はい。それに、各地のギルドに務めていたお姉さんたちもひどい目にあわされたんです」
「私は、この世界の意志として必要なことをやったまでのこと。さらに飛躍して、世界を成長させたい」と、イーサン。
「巧君。イーサンをどうしたい?」とディック。
「同じ目に遭わせたい。みんなどんなに苦しかったか思い知らせたい」
「そうだね。イーサンを20年軟禁しよう」
「なんだって」
ぎょっとするイーサン。
「私にはその権限がある」とディック。
たちまち鏡の一つを指さして、イーサンをそこへ閉じ込めてしまった。
「ありがとう、ディック」
「どういたしまして」
「この仮想世界は、彼女の心を模倣して形作られているそうです」
巧は織音を前に連れてきた。
「そうか。でも、だいぶ成長しているみたいだね」
ディックの言葉に、織音はびっくりした顔で、「本当?」と聞いた。
「ああ。確かに。思い当たる節は?」
「きっと、巧君の存在が影響してるんです」
「なるほどね。お互い高めて行ける、いい関係みたいだね」
「「はい」」
織音と巧が同時に応えた。
巧は湖のことを思い出そうとして、もう前みたいに頭痛がしないのに気付いた。
「僕が足にひどい怪我をして、イーサンが湖の底の工場みたいなところへ僕を運んだ時、確かにおりねちゃんのアバターが横たえてあった」
「「「ええ?」」」
みんなびっくりした。
「その湖まで案内してもらえるかな?」とディック。
「イーサンがいないと湖の中に入れるかどうか」
「大丈夫。私がいる」
「そう。そうですね」
巧はやっと安心してため息をついた。
「おりねちゃんのアバターとここにいるおりねちゃんが融合したら、彼女は現実世界へ戻れるでしょうか?」
「大丈夫。保証する」ディックは確かにそう言った。
「私、現実世界へ戻れるの?」
「おりねちゃん」
巧は織音を抱きしめた。織音はぽろぽろ涙をこぼした。
「イーサンは味方みたいな顔をして、実は君を縛り付けていたんだよ」
「ああ」余計になきじゃくる織音。
「これからいい方向に向かうから。だから泣かなくていい」
「巧君」
織音は巧に抱き着いた。